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その偽り。

魔術師達の命と誇りをかけた召喚によって国の中心である王城の中に降り立ったのは、求めて止まなかった『聖女』、そして意も知ていなかった二人の青年だった。


齢にすれば15になるかならないかの、顔立ちに幼い様子も見つけることが出来てしまう容姿が、召喚に立ち会った王を始めとする全員の目を引いた。大丈夫なのだろうか、という声さえ持ち上がったが、そんな心配の声も『聖女』は早々に払拭してのけた。元居た世界では平民に値する生ま育ちであるのだと口にするが、その立ち振る舞いは落ち着きを払い、それ相応の教育を施されている同年の令嬢達などよりもしっかりとしていた。『聖女』として何から何まで、まるで始めからそうであったかのように相応しい。『聖女』として敬っていた侍女や侍従達、『聖女』に接することの多い皇族や高位の貴族達の中には、彼女自身に心酔する者が段々と増えていった。


ミサキ・モリモト。


それが今代の『聖女』の御名だった。

紐解かれた文献に記されていた歴代の『聖女』達と比べても遜色のない、『聖女』という名に相応し過ぎる少女に、救いを求めていた人々は熱狂したのだ。


一つだけ、『聖女』の召喚について後世に記すにあたって、筆が鈍ることがあった。

それは、『聖女』と共に二人の無関係の青年達が召喚されてしまったという、不測の事態が起こってしまったということだ。

シキ・ハヤカワ。

リュージ・ミズシマ。

ミサキよりも年上の、それでもまだ大人とは成りきれていない年頃の青年達は、ミサキの傍に居たせいで巻き込まれ、この世界に。

シキは無愛想ながら、騎士達と互角に戦闘を繰り広げるだけの力量を見せた。

リュージは説明を聞き、実践を目にしただけ、彼等の世界には存在しないという魔術を完璧に理解してのけた。

巻き込まれてしまった彼等について国王達が頭を悩ませている間に、彼等は自身の実力をもって王城の中で居場所を見つけ出していた。


ミサキ、シキ、リュージ。

偶然居合わせた為に、共に召喚された彼等は、忙しい日々を送る中でも同郷という懐かしさから高い頻度の交流を持っている。だが、流石に一人だけの女性であり『聖女』という立場故に、ミサキはあまり彼等と関わる機会を自由に持つということはいい顔をされない。

後宮の一角に部屋を設けられたミサキの下に、二人の青年達が訪ねるということもままならない。

結果、ミサキがシキとリュージと顔を合わせ、話に花を咲かせることが出来るのは、侍女を始めとする多くの目と耳がある場所でのみだった。


だから、侍女も退室した夜も更け始めた時刻の、後宮の中に存在するミサキの自室に、シキとリュージが顔を見せたのは本当だったのなら有り得ないことだった。




っぷっふぁぁ


「あぁ~生き返るわぁ~」

先程までとはうって変わった生き生きとした声を放って見せたミサキの口から、真っ白な煙が勢いよく吐き出された。

「あぁあ。素を出しても大丈夫って言ったのは俺だけど、そこまで開けっ広げにしなくても。しかも、そんなスパスパ吸っちゃって…」

その様子を半眼で呆れた様子をありありと示したリュージ。


「頭痛に、気鬱な状態、疲労感。典型的な、ヤニ切れの症状」


スパスパと美味しそうに顔を綻ばせてキセルを咥えるミサキを横目に、シキはぱくぱくと籠の中の甘いお菓子を口に運んでいく。


「はぁ?こちとら、とっくの昔に二十歳過ぎてるんだから。タバコや酒くらいに、ぎゃーぎゃー言わないでよ」

「いや、ミサキ姉の量は、年齢とか関係なく注意したくなるから」


一日三箱とか、時代に逆行しまくってるからね?

リュージは何度も、それこそ元の世界に居る頃から口五月蝿く注意していることなのだが、ミサキは一向に聞き入れることはなかった。

この世界に落とされて唯一、リュージが良かったと安堵したことは、ミサキが強制的に禁煙する、ということだった。だというのに、ミサキのあまりに気落ちした様子にシキが、こちらの世界でのタバコを調達してきてしまった。この三人の中でしっかりと成人しているように見られているシキには、タバコの一つや二つ簡単に騎士仲間から得ることが出来てしまった。


「…この世界のタバコ、あんまり好みの味じゃないから量は減らしていくわよ。それでいいでしょ、リュージ」


「そうしてくれると、幼馴染として安心出来るよ。まったく、こんなミサキ姉が『聖女』とか、何の冗談なんだか」


リュージが肩を竦める。

そんな彼を、ミサキは目を鋭く細め睨みつけた。


「そういうことを私に言われたって、ね。人の事、ガキだって勝手に思い込むわ。お菓子はお好きでしょう、とか。本当、弟より年下に思われるなんて、冗談じゃないわよ!」

「それを言うなら、勝手な思い込みで他人扱いされたのも、感に触る」


ミサキが声を荒げ、それに同調するように食べるのを一時止めたシキが口を挟んだ。


「いや、それは二人の容姿では仕方無いとは思いけど。まぁ、名前が違うから他人だろう、っていうのはアホかとは思ったけどね?」


この世界の人って話聞かないよね。

柔らかな長い茶色の髪をふわふわと遊ばせている、西洋の人形を思わせる可愛らしいと表現する容姿の、きっと外国の血が混じっているだろうと見た人に思わせるミサキ。

黒髪と目。きっと剣道を嗜んでいるんだ、と勝手な印象をもたれることの多い硬派な容姿で、落ち着いた物腰が17歳という年齢よりも大人びて見させるシキ。

共通する点が一切見い出せない姉弟を見比べ、これなら仕方無いと言いながらも、リュージは頭に思い浮かべて人々に嘲笑を浮かべた。



偽ろう、などと最初は三人の誰も、思ってはいなかった。

それだけは声を高々に宣言出来る。


突然の召喚、目の前に現れた自分達の知識には無い光景に驚き、戸惑っている間に勝手に進められてしまった話のせいで、三人は自分達を偽らざる得なかっただけなのだ。

ミサキは15歳なんかじゃないし、中身も彼等が想像して望んだものではない。

元の世界の中で見ても年よりも幼く見えてしまう人種である東洋人の、その中でさらに幼い日本人。その上、その中でも童顔のミサキをそう見ても仕方無いとは三人も思う。

でも、だからと言って、それは違うというミサキの主張に耳を貸そうともせずに、そうだと決め付けたのはどうかと思う。

しかも、ミサキの実弟であるシキを、ただ名前に同じ音が無いという理由だけで他人と決め付け、こちらの話も聞こうとせずに、『聖女』と不運な青年達という枠組みに分けてしまった。

何例もある『聖女』の文献から、『聖女』達が住んでいる世界での習慣や文化などを彼等は知っていた。それに当て嵌めてそう考えたらしいが、ミサキとシキの両親が離婚して各々に引き取られたというだけだ。そんな馬鹿げた勘違いで、姉弟は他人ということにされてしまった。


「それより、リュージ。あれ、持ってきてくれた?」

「うん、ちゃんと持ってきたよ」


くいくい、とミサキが指先を動かす。それに頷いてみせたリュージは、持ってきた荷物の中から一つの瓶をテーブルに乗せた。

ドンッ。

重さを感じさせる音を立てて、瓶はテーブルの上で存在を主張し始めた。

そして、ミサキはそれに目の色を変え、喜びの悲鳴を上げて飛びついた。


「あっ、やっぱりリュージは気が効くわ。冷えてる」

輝く目をうっとりとさせ、瓶を持ち上げたミサキは、その手に触れる冷たさに一層の喜びを露にした。

「エールはキンキンに冷えてた方がいいんでしょ?ちゃんと冷やしておいたよ、魔術で」

未成年な俺達には分からないけど。

さてコップを、とリュージが部屋の中に目を走らせたが、その気遣いはすぐに不要のものだと判明した。


ぶはぁ~。


「生き返るわぁ~」

コップを探そうとするリュージを横目に、ミサキはさっさと瓶の口を咥え、ごくごくと喉を鳴らしたのだ。

「…見た目美少女が酒をラッパ飲みする姿。そんなんだから、彼氏が最長三日しか持たないんだよ」

ギャップが…。

「うっさいわね!ギャップって言ったら、シキだってそうじゃない」

喉を潤す悦びに浸っているミサキは、顎でシキを指す。

そこでは、ミサキやリュージの話に一切加わることなく、もくもくと表情を綻ばせて甘い菓子を食べつくそうとしているシキの姿があった。


ミサキを通して、元の世界の御菓子を作らせたのは、このシキだった。

その見た目と物腰から、どちらの世界でも甘い菓子など食べないと思い込まれているシキは、実は大の甘党だった。そのカロリーは何処に消えるのか、と妙齢な女性である姉をイラつかせる程の甘味をシキは日頃食べていた。

本当に何もかもが正反対な姉弟だ、と長年の付き合いであるリュージも呆れ果てる。


某「猫の喫茶」で一番のパフェを一人で食べつくす程の甘党なシキとは正反対に、ミサキは甘さが大の苦手だった。

今回作らせた中にあるチョコや、魔法の粉がかかったクッキーなど、傍にあるだけで吐き気を催す程だ。

それでも、弟の願いを叶える為に、好きなのだと偽り作らせ、そして不審に思わせないように食べてもみせた。込み上げる吐き気をよく我慢出来たと、ミサキは自分を全力で褒めたい。


「ミサキ姉。ポッキーを食べるよりは…」

「ジャーキーが食べたいわ」

「じゃあ、これ…」

「小あじの干物持ってきなさい」

ポッキーよりもジャーキーがいい。クッキーよりも小あじを醤油味で干したつまみを。柿の種にさきいか。

贅沢は言わないから、枝豆が食べたい。

口先を尖らせる姿は、おねだりをしている少女のようで可愛らしいのだが、その内容はどうも違う。

「何とか探してみるよ」

リュージはそう言って宥めるしか出来なかった。




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