05_俺自身の為に
一通り騒いで疲れて冷静になってきた。と思う。
そんな俺に追い討ちのように「あ・追伸もあります。」とアレクさんの声。
「追伸。私は隣国の王子と婚約しております。
貴方様が城にお戻りになると私と隣国の王子との婚約が破棄されます。
頑張ってお逃げ下さいませ。」
「ジーザス!!」
何だよこれ。
踏んだり蹴ったりを通り越して、踏んだり蹴ったり踏み潰したり埋めたり沈めたりって感じじゃないか!
今にも頭を抱えて転げ回りそうな俺を落ち着かせようとするヴァネッサさん。
どうどう。って俺は牛とか馬じゃないよ!
『マサト、どうしたの?』
覆いかぶさる様に音も無く降りてきたミドリちゃんに俺は泣きついた。
困惑するミドリちゃんに俺はさっきアレクさんに読んでもらった手紙の内容を話した。
『そっか。マサト、どうするの?』
「どうするの・・・って・・・。」
どうしよう。
本当に、どうしようと言う言葉しか頭の中から出てこない。
そんな俺にミドリちゃんは右前足を出して腹ごしらえしないと考え事出来ないっていってたでしょ。
と果物を渡してきた。
俺の好きな、リークの果実。食感はリンゴみたいだけど、味は桃って感じの果物だ。
「おや、随分いっぱい取ってきましたね~。」
『2人もそろそろ来てるかなって思ったから。』
「やるじゃん、おちび。」
リークの果実を受け取ったアレクさんは剥きますね。といって泉で果実を洗い始めた。
俺は「ウサギさんで!」と現金にもリクエストをすると、
アレクさんがニッコリ笑ってくれた。
ミドリちゃんに引っ付いたままお腹が空いて回らない頭で
これからどうしようかと考えていたらヴァネッサさんに頭をわしわしとかき混ぜられた。
「余計なことは考えない!これからどうするかは食べてから決めればいいでしょ。」
「ヴァネッサさん・・・。」
「1人で考えなくてもいいんだし、私もアレクもあんたが引っ付いてるおちびもいるし。
場数だけなら私たちの方が経験多いんだからちょっとは頼りなさいっ!」
そう言ってにやっと笑うヴァネッサさんに「はい。」と答えると
「いい返事ね!」といってまた頭をわしわしとかき混ぜられた。
そうやっているとお皿に剥いたリークの果実を載せたアレクさんが近寄ってきた。
もちろん、リークの果実はウサギさんになっている。
身体の大きさを小さく変化させたミドリちゃんを俺は膝に乗せ、
みんなでリークの果実を食べ始めた。
瑞々しい果実に齧り付くと口の端から果汁がこぼれそうになる。
思わず次々手を出し、お皿の上はいつの間にか空になっていた。
アレクさんにお茶の入ったコップを渡され、手際がいいなぁ。と感心お茶をすする。
「さて、これからどうしましょう。」
「戻ったところで結婚させられるんでしょ?
しかも、おちびの討伐隊まで結成しようとしているみたいだし・・・。」
アレクさんが切り出した話題に、ヴァネッサさんが俺を気遣うような目線をよこしながら言う。
そう、今後の身の振り方を考えなきゃいけないけど、
俺にとっては自分のことよりもミドリちゃんのことが心配だ。
お姫様の手紙に書いてあった"ドラゴンの討伐隊"の件。
なるべく意識しないようにしていたけれど、結構ミドリちゃんに依存している自分が居る。
この世界で一番信頼を置いている相手。
もし、ミドリちゃんになにかあったら・・・。
コップを脇に置いて膝の上のミドリちゃんを撫でる。
気持ち良さそうに目を細める様を見ていると心が落ち着く気がする。
ミドリちゃんを守らないと。なんて心の中で密かに拳を握り締めていたが、
俺の手から逃げるようにミドリちゃんが降りた。
普段なら俺が撫でるのを止めるまで膝の上にいるはずのミドリちゃんの行動に
思わず行方を失った手が宙に浮く。
『私は、マサトがやりたい事をすればいいと思う。』
そう言ったミドリちゃんは俺の前に座り、凛と俺を見つめてくる。
『マサトが戦えと言うのなら私は戦う。
もし、マサトが死ねというのなら・・・・・・死ぬわ。』
「っ・・・!そ、んなこと、言わないっ!絶対にっ!!」
ミドリちゃんの言葉に焦って身を乗りだしていった俺に
私もまだマサトと一緒にいたい。と柔らかな声色でミドリちゃんが答えた。
良かった。
でも、これって俺のためなら何でもするっていう意思表示・・・とか?
・・・うん。これからはミドリちゃんに何か言う時はちゃんと考えてからにしよう。
そんな事を心のメモに書きとめていると、「マサトくんは何をしたい?」と
アレクさんが柔らかな声で聞いてきた。
「おれの・・・したいこと。」
「ええ。これは君の問題ですからね。
もちろん、僕らも出来る限り手助けはしますよ。」
ねぇ、ヴァネッサさん。というアレクさんにヴァネッサさんは当然よ!と答える。
そんな2人と目の前のミドリちゃんに目をやり考える。
俺のしりたいこと。それは・・・。
「俺、は、・・・家に帰りたい。」
そう言った俺の言葉にミドリちゃんの瞳が悲しそうに揺れた気がした。
だけど、俺は家に帰りたい。
この世界は俺の世界じゃない。
家族も、友達も、みんな。みんなあっちにいる。
だけど、
「家に帰りたいのは本当。
だけど・・・いままで通りにミドリちゃんと、アレクさんと、ヴァネッサさんと。
皆で旅も、したい。」
家に帰りたい。
皆と旅をしたい。
矛盾した思いがある。
この世界に来た時は散々な目に合ったけど、
みんなにミドリちゃんに出会ってからは楽しいと思えることが多かった。
たしかに、今までの生活から一変した旅を送ることになったけど、そこには喜びがあった。
ミドリちゃんとお菓子を分け合って「おいしいね。」って言い合ったり。
アレクさんのご飯をお腹一杯食べさせてもらったり。
ヴァネッサさんに剣の稽古をつけてもらったときに、「剣筋が良くなった。」って褒めてもらったり。
些細なことだけど、俺にとって嬉しい、楽しいと思えることばかりだった。
だから、今の状態を崩したくないというのも俺の本音だ。
カップに残ったお茶を飲み干す。
そんな俺のカップにアレクさんは新しくお茶を注いでくれた。
しばらくの沈黙。
アレクさんの持つ茶器がそれぞれのコップにお茶を注ぐ音しかしない。
誰も、何も喋らない。
「だったら、両方やればいいじゃない。」
沈黙を割いたのはヴァネッサさんだった。
両方やればいいってどういう事?
「ああ、いい考えですね。」
「でしょう?」
「じゃぁ、僕のオススメとしてはまずは隣の大陸に移動する。ですね。」
「いいわね。こんなところに何時までも居る義理なんて全く無いわ。」
俺を置いてどんどん話が進んでいく!
ちょっと待って、どういうこと!?と焦って聞くと2人して
「何?別の大陸には行きたくない?」なんて返答がきた。
そうじゃなくて!
「両方やるってどういう意味ですか!?」
「何よ、あんた。分んないの?」
では、お姉さんが教えてあげよう!とヴァネッサさんは右人差し指を立て、
その手を俺にずいっと伸ばしてきた。
「さっきまでの会話で分ってたと思ったんだけど・・・ここはそう!
あんたが元の世界に帰る方法を見つけるために、この面子で旅をするのよ!」
おほほほほ。これであんたの望み2つともクリアしたわー!
なんて高笑いしているヴァネッサさんに苦笑しつつもアレクさんまで頷いている。
「え・・・?いいんですか?」
まさか、"皆で旅をしたい"が2人に受け入れられるなんて!
驚いている俺に向かいアレクさんが「もちろんですよ。」
「僕なんて、また塔に戻って引き篭もるぐらいしかやることありませんし。」
「面白いことになりそうだし、もちろん付いて行くわ!」
さらには俺の服の袖を口で加えて引っ張るミドリちゃんを見ると、
『マサト、一緒にいられるね』なんて言ってくる。
そうこうしているうちに、2人と一匹は俺を置いて相談し始める。
召喚術に詳しい魔法使いが隣の大陸に居るはずだーとか、
その大陸に行く船はこの港町から出ているはずだーとか、
変装とかしたほうがいいのかなー?とか、どんどん話が進んでいく。
そんな様子を見ながらお茶を飲む。
木漏れ日が気持ちいい。最初にこの場所に来た時よりも心が軽くなっている。
そろそろ帰りたかった。
だけど、
「しばらく、このままで」
固まって相談していた皆に呼ばれる。
これから、どこに行くか。
何をするのか。選択するのは俺自身。
だけど、頼りになるミドリちゃん、アレクさん、ヴァネッサさんという仲間が居る。
俺はコップの中のお茶を飲み干し、皆に近寄る。
俺自身のための選択をするために。
これにて当連載の本編は完結です。
読んで下さりありがとうございます。
次にドラゴンのミドリちゃんの話を載せる予定ですので、
よろしければ読んでください。




