おやすみ
50秒ぐらい数えて目を開いた。生きている間に毒は回っていく。それは生き続ける為には不可避なことだった。少しずつ何かが黒ずんでいくのを感じたけれど……。
50秒ぐらい数えた。
「ぷはっ」
水飛沫を上げて優奈は浴槽の水面から顔を出した。
風呂場に付いている窓からは夕陽が差し込んでいた。
「いやだ」
彼女は小さな声で呟いた。その声はそのうち水面の中へと入っていった。誰も彼女の言葉は聞いていない。
彼女は風呂場から出た。
冷凍食品のグラタンが居間のテーブルの上にあった。それとお皿におにぎりが2つ乗っていた。
彼女の母親が用意したものだ。
優奈は出てきて服を着ると居間に飾られた花瓶から一本の花を取り出し片手に持った。
居間の出窓から差し込む夕陽は先ほどよりも強く茜色が差し込んでくる。
彼女は泣いていた。夕陽が差し込む出窓に身体を向けて、片手に持った花の茎を強く握っていた。
「あいちゃん…………。」
彼女は外に出た。制服を着て、片手には花ではなく学生鞄を持って。ドアの鍵を締めると、街へ向かって歩き出した。
片手にあった花はゴミ箱に入れられていた。何かの儀式の生け贄のように。
「何処に行くの?」
優奈が歩いていると、同級生が彼女に声を掛けた。広末和美だった。
「学校、もうとっくに終わってるよ。」
「学校には行かないよ。」
「そう。」
「あいちゃんが。」
「え?あいらくんが?」
「ガーベラの花が好きだったから、買いに行こうと思って。」
商店街まで優奈は広末和美と一緒に歩いていった。花屋に着くとお財布から2本のガーベラを購入し花束にして貰っていた。
「あいらくん、喜ぶよ」
少し悲しそうに広末和美は言って、優奈は静に頷いた。
通学路の途中、1つの電信柱で二人は足を止める。沢山の献花が手向けられていた。その中に優奈が花屋で貰ったガーベラをそっと置いた。
「犯人、捕まるといいね。」
広末和美は静かに声に怒りを持たせていった。
「あいちゃん…………。」
優奈はボロボロを涙が溢れ出て止まらなくなった。
「あいちゃん…………。」
「おやすみ」