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幽樂蝶夢雨怪異譚

笑うこっくりさん

作者: 舞空エコル

こっくりさんは、漢字で書くと狐狗狸さん。字面だけ

見るといかにも日本発祥みたいだけど、実際は西洋の

占い/降霊術の一種で、19世紀に伊豆下田に漂着した

アメリカの船員がジモティにやってみせて評判となり

港経由で日本全国に広がったそうな。

「エクソシスト」でリンダ・ブレアが自宅で遊んでた

ウィジャボードもこれです。指を乗せたコインが勝手

に動くのは、意識に関係なく体が動くオート何とかで

科学的に説明がつくらしいが、昭和の小中学生はアホ

もとい純粋だったから、こっくりさんが降りてきてる

とガチで信じ込んでしまう子も多くて、自己暗示で腕

が硬直して動かなくなったり、椅子から全く立てなく

なったり、ひきつけやヒステリーを起こし泡を吹いて

倒れる子も実際にいました。怖いですね怖いですね。


だから良い子のみんなは、これを読んで興味が湧いた

からといって絶対にこっくりさんなんかやっちゃダメ。

ネットで文字盤は簡単にプリントアウトもできるけど、

やっちゃダメ。ウィジャボードもアマゾン経由で安く

買えるけどやっちゃダメ。何なら「シャイニング」の

ダニーみたく指一本動かせば簡単に呼べちゃったりも

するけどやっちゃダメ。やるなよ、絶対にやるなよな。

こっくりさんとの約束だお。


挿絵(By みてみん)


          やるなよ。






 私が中学生の頃の話です。

 当時こっくりさんが大流行していました。

 五十音の平仮名と、数字「はい」「いいえ」などを

 書いた紙の上に参加者の指を乗せたコインを置いて

 こっくりさんを呼び寄せると、コインが勝手に文字

 の上を行き来して、質問に答えたり未来を占ったり

 する一見オカルトめいた遊びです。もちろん指を乗

 せた人間が無意識のうちに、あるいは意識的にコイ

 ンを動かしているのですが、思春期の子供達はこの

 手軽な神秘に夢中で、迷信とでも言おうものなら、

 仲間外れにされかねない空気でした。


 その日の放課後も、忘れ物を取りに教室に戻ると、

 女子グループの数人がこっくりさんに興じていまし

 た。見なかった振りをして、さっさと退散しようと

 すると、グループでリーダー格の典子が声を掛けて

 きました。


「悦子、あんたもやらない?」


 典子とは家も近所で幼なじみでしたが、私は彼女の

 押しの強い性格が苦手で、中学に入ってからはあま

 り口も利かなくなっていました。しかしここで参加

 を断ると、後で何を言われるか分かりません。仕方

 なく仲間に加わり、指をコインに乗せました。


「じゃ、次は何を聞く?」

「ねえ、クラスの男子が誰を好きなのかとか、どう?

 気にならない?」

「うわあ、気になるぅ! 聞こう聞こう!」


 ああ、どうでもいい……心底どうでもいい……

 お願い、早く終わって。家に帰らせて。

 私は、げんなりした気持ちを顔に出さないように、

 懸命に取り繕っていました。


「じゃ、まず、そうだな……島田君!」


 典子がそう切り出したので吹き出しそうになりまし

 た。彼女が島田君のことを好きなのは、クラスでは

 周知の事実だったからです。


「こっくりさんこっくりさん……島田君は誰のことが

 好きですか?」


 十円玉がおずおずと動き始めました。典子の指に、

 微妙に力が入っているように感じたのは私だけでし

 ょうか?


『の』

『り』

『こ』


 十円玉がそう動くと、典子は指を離して、大袈裟に

 口を押さえました。グループの一人があわてて声を

 掛けます。


「典子、だめだめ! 呪われちゃうよ!」


 そう、こっくりさんが来ている間は、絶対にコイン

 から指を離してはいけないのです。典子もあわてて

 すぐに指をコインに戻しました。


「よかったねえ、典子!」

「両想いじゃん!」


 グループの仲間に持ち上げられ、頬を赤らめる典子。

 馬鹿馬鹿しくて思わず苦笑がこみあげてきましたが、

 何とかこらえて、俯きました。

 しかしそういうことにだけは敏感な典子はじろりと

 私を睨みつけました。


「ねえ、次は悦子が誰のこと好きか、聞いてみない?」


 私以外の指が露骨にコインを動かします。


『か』

『し』

『わ』

『は』


 かしわは……柏原? 

 あのプロレスオタク? デブで不潔で、クラスでも

 一番の嫌われ者。冗談じゃないわ! 私はコインが

 最後の『ら』に行かないように、指に力を込めて、

 懸命に抵抗しましたが、無駄でした。


「えー? 悦子、柏原が好きなんだ~?」

「趣味悪~い!」


 頭に来た私は、机を叩いて立ち上がりました。

 もうコインなんかそっちのけです。


「あんたたち、いいかげんにしなさいよ!」

「だめだめ、悦子! 呪われちゃうって!」

「何を言ってるの? こっくりさんをこんな風に自己

 満足やいじめに使う、あんたたちこそ呪われるわ!」

「ちょっと、それどういう意味よ!」


 むっとして典子も立ち上がりました。


「言ったとおりよ。聞いてみなさいよ、こっくりさん

 に!典子は呪われますかって!」

「悦子……調子に乗ってんじゃないわよ!」


 典子と私は睨みあい、一触即発でした。

 グループの女子はおろおろするばかり。

 そのとき、誰も指を置いてなかったコインが、音を

 立てて紙の上を滑っていきました。

 私も典子もグループの女子も、揉めていたことなど

 忘れ、息を呑んで見つめていると、コインが静かに

 『はい』に止まりました。

 典子は悲鳴を上げました。


 みんなで泣き続ける典子を家まで送りました。

 私も感情的になったことを謝って、偶然だ、迷信だ

 と言い聞かせ、きっと大丈夫だよと慰めましたが、

 典子は憔悴して、顔を上げようとはしませんでした。


 帰宅すると、私は食事もそこそこに自室に引き上げ、

 ずっと考え込んでいました。


(だからあんなもので遊んではいけないのだ。迷信や

 嘘だからいけないのではない。万が一……万が一、

 本当だったら、恐ろしいことになるから……)


 今は確かに仲良くはないけど、典子は幼なじみです。

 このまま呪いに脅え続けるのは、さすがに可哀想……

 私は、学校から密かに持ち帰ったあの紙を机に広げ、

 コインを置いて指を乗せました。


「こっくりさんこっくりさん……典子のことを許して

 くださいますか?」


 そして少し指に力を入れ、コインを『はい』に動か

 そうとしました。しかし、コインは私の指を乗せた

 まま、じりじりと『いいえ』へと向かいます。私は

 焦りと恐怖から、何とかコインの動きを止めようと、

 指先をぎゅっと強く押し付けました。


「お願い、許してあげて! 典子も私も、もう二度と

 こっくりさんで遊んだりしません! 許して……」


 コインを押さえる私の指に、いきなり何かに噛みつ

 かれたかのような激痛が走りました。

 悲鳴を上げて指を離すと、コインは弾かれたように

 高く飛び上がってから、音を立てて紙の上に落ちて

 きて、ぴたりと止まりました。


『いいえ』


 さらにコインは、五十音表のある文字の上にすっと

 移動すると、ピョンピョンと跳ね始めました。


『ひ』

『ひ』

『ひ』

『ひ』

『ひ』

『ひ』

『ひ』

『ひ』


 こっくりさんが……こっくりさんが笑っている? 

 私は背筋が寒くなりました。自分を不謹慎なお遊び

 に使った不心得者に呪いをかけ、懲らしめることが、

 可笑しくて可笑しくて仕方ないかのように……

 でも……私は跳ね続けるコインを見ながら違和感を

 覚えました。こっくりさんは狐や狸などの動物霊と

 言われています。動物が笑ったりするでしょうか? 

 もしかしたら……これは、笑っているのではなく…… 

 廊下で電話が鳴って、母が出ました。そして驚きの

 声をあげると、私の部屋に駆け込んできました。


「悦子、大変よ! 典子ちゃんの家が火事だって! 

 ああ、無事ならいいけど……」


 しかし私には、もう典子の運命は分かっていました。

 すでにコインは『ひ』の上で飛び跳ねるのをやめて、

 別の文字の上に止まっていたからです。


 『し』


【ネタバレを含むので本編を読んでから閲覧推奨よ】



 こっくりさんこっくりさん、展開に煮詰まってしまい

 こんなオチにしてしまいまいたが許してくれますか? 


はい/いいえ


 ラジオで放送したバージョンではラスト「いいえ」に

 止まると電話が鳴り、それに出たお母さんが驚愕して

「典子ちゃんが!」と知らせにきたところで終わるので、

 典子ちゃんがどんな目に遭ったか全く分からない考え

 オチなのですが、小説にしたのでちょっとアレンジを

 加えました。本当は、手足がもげ首も落ち股も裂け……

 と、リアルで陰惨なスプラッターにしようとも思った

 けれど、コインが五十音表を往来するのを全部文字で

 表現したらこっくりさん(と私)が疲れるので至って

 シンプルにしました。ひとつのカナ文字を改行し文中

 に並べるのは楽しいですね。文字だけど視覚的かも。

 あと行数も稼げるしね(稼ぐなよ)。筒井康隆先生の

 ホッチキスのコココココとか大好きでした。


 それにしても典子ちゃん本当に可哀想ですがまだ『ひ』

 で良かったよね(良くはないけどね)これが、もしも

『へ』だったら……(←よしなさい)

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