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ハピネスカット-葵-  作者: えんびあゆ
清宮隆太編

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第71話「揺れるハサミの行方」[15]

やがて、カットが完成した。

ハサミが最後に鳴る音を聞きながら、隆太の中で何かが解ける感覚があった。

葵の動きと表情を見守るうちに、「もしかしたら」と思う自分がいた。

「変わることができるのかもしれない――」

その微かな希望を、彼はまだ怖がっていたが、それでも完全に否定することはできなくなっていた。


「あなたの魅力、引き出しました!」

葵がいつもの決め台詞を言うと、隆太はゆっくりと鏡を見つめた。


葵は声に力を込めながら、自然と笑みがこぼれていた。

全身を使ってカットに込めた想いが、言葉となって溢れ出る。

「この一言を、隆太さんに贈るために私はここまで来たんです」

その時、優里は見た。

葵の表情はこれまでにもない笑顔だったのを―――。


鏡に映る自分の姿を見て、彼はしばらく言葉を失っていた。

「これが……今の俺か」

伸びきった茶髪に黒と白が根元に混じったプリン頭は明るめのブラウンを施され髪もスッキリとした印象で整えられており、疲れを感じさせない若々しさが戻っていた。


優里は、鏡を見つめる隆太の表情に目を奪われていた。

先ほどまでのやつれた雰囲気は消え去り、そこにはどこか穏やかで新しい自分を受け入れようとする隆太がいた。

「変わった……。葵さんのカットで、清宮さんが本当に変わった……」

優里の胸がじんわりと温かくなる。

「(この瞬間に立ち会えたことが、私にとっても忘れられないものになる)」

そう思ったら、なぜか涙があふれ出てきていた。


隆太の声は震えていた。

そして、静かに一筋の涙が頬を伝った。

「こんな俺でも、変われるんだな……」


一粒、二粒と涙が次々と溢れ出す。

「過去の失敗がこんなにも重く、こんなにも自分を縛っていたなんて……」

隆太は胸の中で呟いた。


けれど今、自分を否定する声がどこか遠くに聞こえるようだった。

その声はやがて心の中から少しずつ消えていく。

そして代わりに――あの懐かしいハサミの感触が、わずかに手の中に蘇るような気がした。


葵が示してくれた新しい自分。

それを鏡越しに見つめるうちに、少しずつではあるが、過去を受け入れ、新たな一歩を踏み出す勇気が湧き上がってきた。


優里は隆太の涙を見て、自然と自分の目も潤んでいることにようやく気がついた。

「清宮さんの心が、ようやく解けたんだ……」

隆太の涙は、彼が過去の自分を受け入れ、新たな一歩を踏み出すためのものだと感じた。

優里の中で、隆太への尊敬と、葵への感謝が渦巻いていた。

「葵さん……あなたは本当に、誰かを救う力を持っているんですね……凄いです」


隆太は鏡越しに葵を見つめ、静かに言葉を紡いだ。

「葵、お前は本当に立派な美容師になったな」


その言葉に、葵は目に涙を浮かべながら微笑んだ。

「隆太さん、ありがとうございました」


優里は二人のやり取りを見守りながら、胸の奥で大きな感動を覚えていた。

「葵さんと清宮さんは、こうして繋がっているんだ……。」

二人の間にある絆が、まるで目に見えるかのように感じられた。


「私も、こんなふうに誰かの力になれたら―――」

―――優里の中に、新たな目標が静かに芽生えていた。


隆太は大きく息を吸い込み、言葉を続けた。

「よし……もう一度、やり直すか」


彼の声には、かつてのような力強さが戻りつつあった。

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