第7話「大胆カットで大変身!?」[5]
松岡優里さん。
本日、初めて私の"ハピネスカット"に訪れたお客様。
16歳。高校2年生。
髪型は太ももまでに到達する黒髪のスーパーロングヘア。
髪留めなども付けておらず、ただおろしただけの髪に模範的な制服姿。全体的に地味な印象。
会話がたどたどしく小さく物静か。
このことから内気で弱気な正確なことがうかがえる。
そして、先ほどの会話で発覚したトラウマ。
ダサいおかっぱ頭。
オシャレに目覚め始める思春期の女の子にとってそのショックは計り知れないものであっただろう。
葵はそんな優里の姿に自分の過去を重ねた。
優里と同じ高校生だった頃の葵は、背中を覆うぐらいに伸びきったロングヘアに散らかり放題の部屋で引きこもっていた。
学校でいじめを受けていた私はファッションやオシャレにはまったく興味がなく、自分に自信を持てない日々を過ごしていた。
そう、今でこそ私は自分のヘアスタイル、ファッション、メイクに自信を持ち"ハピネスカット"という自分のお店を持つこともできるようになった。
でも、あの頃の私は―――
自分の部屋は、物が散らかり放題で床の色すら分からないほどだった。
鏡の前に座ることもなく、伸びっぱなしのロングヘアはゴムで無造作にまとめられ、毛先には無数の枝毛が目立っていた。
「どうせ誰も私なんて見ていない」――そう思うことで、自分を守っていたのかもしれない。
学校では孤独だった。いじめの標的にされる日々。
教室の片隅で誰にも話しかけられず、目立たないように下を向くのが常だった。
休み時間にはいつもトイレに逃げ込み、終わるのをじっと待つ。
そんな日常に耐えきれず、不登校になったのは自然な流れだったのかもしれない。
ある日、母親に「少し外に出てみない?」と促され、しぶしぶついて行った先が、近所の美容室だった。
「ここなら、何かが変わるかも」――その言葉に半信半疑だったが、席に座ると、そこにいた爽やかな男性美容師が穏やかに微笑んでこう言った。
「初めまして、だね。どうやってみたい髪型とかあるかい?」
「え、、私こういうところ初めてで…あの、揃えるだけでも良いです」
それを聞いた男性美容師は私の枝毛だらけの髪を触りながら、ニコッと笑顔を返して言う。
「ずっと頑張ってきたんだね。でも、髪を切ると気分が変わるよ。僕にカット任せてくれないかな?」
その言葉は不思議と心に響いた。美容師のハサミが髪を切り落とすたびに、肩の重荷が少しずつ取れていくような感覚を覚えた。
初めて鏡に映ったショートカットの自分を見たとき――「これが私?」と目を疑った。
そこには、自信なさげなロングヘアの自分ではなく、新しい自分がいた。
それから、葵は少しずつ外に出る勇気を持ち始めた。
髪型が変わっただけで、クラスメイトから「なんか雰囲気変わったね」と声をかけられたり、買い物先で知らない人と話すことが増えた。
美容師に救われた記憶が、葵の心に強く刻まれた。
その出会いがあったから、美容師を目指すことになり私は彼が好きになった。
それ以降、彼が居る美容室に月1でカットに行ったのも今では良い思い出だ。
そう、あの時、自分が"変われた"瞬間だったのだ。
そんな自分と優里の姿が一瞬だけ重なって見え、葵は思い切った提案をすることに決めた。
「あ、葵さん……、私の顔、そんなに変でしょうか……?」
気が付けば優里さんにかなり迫っていた。私ともあろうことがお客様に恐怖を与えてしまったかもしれない。
美容師とは常にクールにそれでいて上品に。的確なアドバイスをしてお客様の今求めている姿に変身させて幸せにする。
それが私の美容師としてのポリシー。
落ち着きを取り戻した私は優里さんの髪に触れていた手をそっと離し、視線はまっすぐ彼女の瞳に照準を合わせる。
「優里さん、私もね、昔はあなたと同じだったんだ」
優里が驚いたように目を見開く。
「私も高校生の頃、自分に自信が持てなくて、長い髪に隠れてた。でもね、髪型を変えたことで、少しずつだけど、変われたんだよ」
「私自身、昔は髪型やファッションに全く興味がなく、自分に自信が持てない時期がありました。でも、ある日ふとしたきっかけで髪型を変えることにチャレンジしてみて、自分の見た目や自信が変わるきっかけになりました」
そして、次の一言は間を置いて、しかしはっきりと伝える。
「―――だからこそ、優里さんにも新しい自分を見つけるチャンスを持ってほしいんです!」
優里は葵の話を聞きながら、自分の胸がじんわりと熱くなるのを感じた。
「(葵さんも、昔は私と同じだったんだ…)」
目の前にいる、自信に満ちたショートカットの葵が、過去に自分と同じような悩みを抱えていたなんて信じられなかった。
でも、葵の柔らかな笑顔を見ていると、不思議と"私も変われるかもしれない"と思えてくる。
「髪型を変えるって、ただ見た目を変えるだけじゃないんです。気持ちが軽くなって、見える世界も変わる」
だからね、優里さん、今の自分を変えたいと思っているなら―――
―――私に任せてみてもらえませんか?