第6話「大胆カットで大変身!?」[4]
翌日のお休みの日、開店と同時に「ハピネスカット」を訪問することを決意した私は、もはや一張羅である制服姿に身を包み、深呼吸をしてドキドキしながら美容室のドアを開けた。
美容室なんて何年ぶりだろう……またおかっぱ頭になるのだけは避けたい。
店内の窓際、陽の光が差し込みテディベアのぬいぐるみが守り神のように微笑み、私はその先に居る美容師に軽く会釈する。
そこで、一人の美容師と目が合った。一目、その美容師を見た瞬間、心の中で感想を抱いた。
「この人が藤井葵さんかな?すごく美しい人だけど、優しい雰囲気がある…」
その美容師が藤井葵だった。
彼女は私に気づくと、笑顔で近づいてきて声をかけた。
「あの……、こんにちは。予約していないんですけど、大丈夫ですか?」
緊張気味に尋ねると、葵さんは引き続き笑顔で返答してくれた。
「こんにちは!大丈夫ですよ、お客様が少ない時間帯なので、どうぞお入りください。」
私はほっとした表情で店内に入り、葵さんと向かい合って座った。
「初めまして、私はこの"ハピネスカット"のオーナー兼スタイリストの藤井葵と申します。どのようなヘアスタイルにされたいですか?」
そう聞かれた私はほんの少しだけ戸惑いながら勇気を出して言葉を紡いだ。
「実は、私、どんな髪型が似合うのか分からなくて…。友達にファッションショーを観に行くことに誘われたんですけど、どうしたらいいかわからなくて…」
目の前の優しい雰囲気の美容師は私の目をみて、丁寧にだけど静かに質問を始めた。
「それでは、まずはどんなヘアスタイルがお好みですか?」
「えっと、普段は自分でセットすることがないので、あまり手間のかからないシンプルなヘアスタイルがいいと思います…」
緊張しながら答える。
そして葵の視線は優里の太ももまで伸びた長い黒髪に目がうつる。
葵は優里の太ももまで伸びたスーパーロングヘアに目を奪われて驚いた。
「髪、とても長いですね! それだけの髪を毎日きちんとお手入れするのは大変でしょう」
葵さんの驚いた表情を見た私は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「そうなんです。だから、短くしたい気持ちもあるんですが…」
それを聞いた瞬間、彼女の顔は真剣になり、そしてゆっくりと提案をする。
「じゃあ、制服のブレザーを一度脱いでみてもらえますか? それで、全体のスタイルがよく見えると思います」
優里は少し恥ずかしそうにブレザーを脱いだ。
葵は優里のスタイルの良さに気づき、感心した。
「優里さんはロングヘアで気が付きにくいのですが意外とスタイルが良いですよね。でも、長すぎる髪で首筋やデコルテ、脚、ボディラインが隠れてしまっていてもったいないです」
すると葵さんは立ち上がり私に近づき周りをぐるぐると回りはじめた。
すると「ふむふむ」というような仕草で少しの間、考えた。
そして何かを思いついたかのようにその美容師は再び口を開いた。
「それなら、シンプルで手間がかからず、短くても似合う顎ラインボブはいかがでしょうか?襟足がすっきりして、顔まわりをすっきり見せられますし、スタイルも際立ちますよ」
その時、私の過去のトラウマが蘇った。
中学に入学する頃、親に連れられて行った美容院で、"ボブ"という名の"ヘルメットのようなおかっぱ頭"にされてしまったことがあった。
クラスメートから笑われ、辛い思いをした。その時以降、髪型を変えることに恐怖を感じていた。
あれ以来、まともに髪を切ることが出来ず、今に至っている。
「ボブはちょっと…」と、せっかくの提案に失礼だと思いつつ首を横に振った。
「何か嫌な思い出でも……?」
「あ、その過去にボブヘアにチャレンジした時にヘルメットみたいになったことがありまして―――」
「―――それ以来、髪を切ることが出来なくなった、と」
先ほどまで私の言葉を静かに待つことが多かった葵さんに初めて遮られた。
気が付けば、葵さんの綺麗な瞳が私の目前まで迫り、その手は私の前髪を横に流すように触れていた。