第59話「揺れるハサミの行方」[3]
静かな朝。
柔らかな陽光が駅のホームを包む中、葵と優里は電車を降りた。
彩花の地元へ到着したのだ。
「葵さん、こっちです!」
優里が地図アプリを片手に、明るい声で先導する。
初めて訪れる小さな街は、都会の喧騒とは違い、どこか穏やかな空気が漂っている。
狭い路地に咲く花々や、古びた看板が並ぶ商店街。
その風景に、葵はどこか懐かしさを覚えていた。
「隆太さん、こんなところで働いていたんだ……」
葵は小声で呟きながら歩く。
その胸には、期待と不安が入り混じった感情が渦巻いていた。
「清宮さんにお会いできるの楽しみですね!」
優里が歩きながら葵の居る後ろを向き話しかける。
「はい、楽しみでもありますが……緊張と不安もありますね。それに優里さんもせっかくの休日に私の用事に付き合わせてしまったのも申し訳ないし、この分のバイト代はきちんとお支払いしますね……」
「私のことは良いんですよ!葵さんの恩人にも興味があったので私も一緒に行けて嬉しいです」
笑顔を振り舞く優里の返答に葵はほんの少しだけ気が休まる。
しばらく歩くと、目指していた住所にたどり着いた。
「ここだ……」
"HAIRSALON-LIFE-"と書かれたオシャレな今風の看板。
彩花の記憶にある美容室は、看板こそ変わっていたものの、外観にはどこか温かみが残っていた。
葵は立ち止まり、一瞬だけ深呼吸をする。
かつて、この場所で隆太が働いていたと思うと感慨深いものがあるものと同時になぜ自分の店を閉めてこの場所に来たのか、それがわかるかもしれないと思うと一種の不安、いや緊張のようなものもあった。
「行きましょう」
葵がドアを開けると、店内からふわりとした甘い香りが漂ってきた。
出迎えてくれたのは、優しそうな中年の女性で紺色を基調とした制服のエプロンにネームプレートには「山田」と記載されていた。
彩花からここのオーナーは山田さん、と伺っていたのでどうやらこの人がこのヘアサロンのオーナーらしい。
「いらっしゃいませ。今日はどうされました?」
その問いかけに、葵は軽く頭を下げ、口を開いた。
「すみません……少しお話を伺いたいんです。この美容室で働いていた清宮隆太さんのことについて」
女性は少し驚いた表情を見せたが、やがてほんの少しだけ笑みを浮かべ頷いた。
「清宮……隆太くんね……懐かしいわね。あの人、昔はとても腕のいい美容師だったのよ」
オーナー、山田佳代は椅子を勧め、カウンター越しにゆっくりと話を始めた。




