第52話「変わること、変わらないこと」[9]
ある日、いつも通り月1で隆太のヘアサロンに訪れた時だ。
「葵ちゃん、その髪型に似合うものがあるんだ」
そのとき隆太がプレゼントしてくれたのが、花の形をしたシルバーイヤリングだった。
「このイヤリングをつけて、自分を信じてみて。そしたら、もっと自分に自身が持てるよ」
隆太さんは鏡の前で私にイヤリングをつけてくれた。
「葵ちゃんなら大丈夫。君は自分が思っている以上に素敵だから」
その時、私は嬉しかったんだ。もっと前向きな気持ちになれた。
将来は彼のような美容師になるべく進路も美容専門学校に進学することを決めていた。
「あの、隆太さん……もし、良かったら写真撮ってくれませんか?」
勇気を出して言った一言。
隆太さんはすぐに「OK」と言ってツーショット写真を撮ってくれた。
緊張のあまりぎこちない表情の私と屈託のない笑顔を浮かべる隆太。
―――この時の私は既に彼のことが好きだったんだと思う。
高校卒業を目前に控えた日。
美容専門学校に進路も決まり、隆太に報告をしようと美容室に訪れた時だ。
「突然で申し訳ありませんが当サロンは閉店します」
こんな張り紙が貼ってあった。
「ど、どうして……私に何も言わず……」
この瞬間、目の前が真っ暗になったのを覚えている。
もう清宮隆太に会うことができないという不安が押し寄せて潰れそうだった。
店内に守り神のようにお客様を見守っていたテディベアのぬいぐるみ。
この子が近くのゴミ捨て場に捨てられているのがわかったとき、もう私は彼とは会うことが無いのだと悟った。
私はこの子を拾い上げ、しばらく抱きしめていた。
「葵ちゃん、いつか君も、誰かの背中を押してあげられる美容師になれると思うよ」
それが最後に聞いた隆太さんの言葉だった。
(どうして突然いなくなったの?私にもっと教えてほしいことがあったのに……。)
そう思う気持ちと、それでも彼の言葉を胸に進むしかないという思いが、私を美容師の道へと導いた。
―――このイヤリングをつけて、自分を信じてみて。そしたら、もっと自分に自身が持てるよ。
隆太のその言葉が、私の人生を変えた。
そのイヤリングをつけていると自分に自信が持てた。
そして、美容師になりたい夢を持てた。
それ以来、清宮隆太さんのような美容師になりたくて、美容専門学校に通い、アシスタントを経てハピネスカットという自分のヘアサロンを持てるようになった。
―――大事なのは自分の気持ちに正直なこと。自分に自信を持つこと。
葵は遠くを見つめるような目をしていたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。
「優里さん、本気でそう思っているなら、ぜひここで学んでください。将来的には美容師免許が必要になりますが、まずは雑用のアルバイトから始めてみましょうか」
葵は優里の熱意に少し驚きながらも、その真剣な表情にかつての自分を重ねていた。
「きっと、あなたなら誰かを幸せにできる美容師になれると思います」
その言葉に、優里の顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
優里は椅子から飛び上がるようにして頭を下げた。




