第5話「大胆カットで大変身!?」[3]
その夜、自宅の部屋で私はベッドに横たわりながら、まだ髪を切るべきか迷っていた。なかなか眠れなくて何度もスマホを手に取っては置き、また取っては置いてを繰り返す。
カーテン越しに差し込む月明かりが、散らかった机や床をぼんやりと照らしている。
「行きたくない……」
思わず口から漏れる言葉。部屋には私ひとりだけ。それでも誰かに聞かれるのが怖いような気がした。
ファッションショーを観に行くこと自体が嫌だった。華やかな服や、みんなの楽しそうな笑顔。
「どうせ私なんて……」という言葉が頭をぐるぐると回る。
私は、ただのクラスの端っこにいる地味な女の子。そんな私が行ったところで場違いだし、誰も気づかない。
ファッションショーのような人が集まる場所でイケイケな人間が集まる環境に赴くなんて私には絶対無理だ。
行くこと自体が嫌だったが、行かなければ友達との関係も悪くなりそうで、心の中で悲嘆に暮れていた。
長い間考えているうちに、結衣の言葉を思い出した。
「どうせ私なんて、何をしても目立たないし、変わることなんてできないんだ…」
そう自分に言い聞かせるように心でつぶやいた。
でも、結衣の言葉が頭をよぎる。
「髪が長いから切ってみると気分転換になるかも…」
気分転換。そう、変わりたいという気持ちは確かにあった。けれど、それ以上に怖かった。
自分が何かを変えようとしても、それを笑われるのではないか。
「頑張ってみたけど、似合ってないね」なんて言われたら――。
そんな風に考えていると、心の中がずしりと重くなる。
気がつけばスマホを手に取り、ウェブ検索を始めていた。
「確か、ハピネスカットって言ってたような……」
すると、美容室「ハピネスカット」のホームページが目に入った。
「こんな裏道に美容室があったなんて…意外と近所じゃない?」
駅から少し外れた裏道に位置しているらしい。地元なのに、こんな場所に美容室があるなんて知らなかった。
店内の写真は明るくスタイリッシュで、どこか落ち着く雰囲気が漂っている。
ページを見ていると、このヘアサロン唯一のスタイリストの写真が目に飛び込んできた。
藤井葵――その名前の下に、若い女性の写真が載っていた。
シンプルなTシャツとジーンズ姿。それなのに、耳に光るピアスや自信に満ちた表情が彼女を際立たせていた。
その髪型――短く整えられたショートヘアは、まるで彼女の生き方そのものを象徴しているようだった。
そのまま写真の下に書かれた文章を読み進める。
「お客様の魅力を最大限に引き出すことが私の使命です」
「ヘアスタイルを変えることで新しい自分に出会ってみませんか?」
私にぴったりな言葉だった。写真越しでも伝わる彼女の自信や温かさに、心が少しだけ動く。
「こんな人になれたら、私も変われるのかな……」
ぼんやりとした憧れの気持ちが胸に広がる。
でも、次の瞬間、現実の自分がそれを打ち消す。
「いや、そんなわけない。こんな地味な私に、こんな素敵な人が似合う髪型を提案してくれるわけがない……」
「でも、藤井さん……綺麗な人だな。」
思わず呟いてしまう
こういう美人さんになれたら、と心から思う。もしかしたらこの藤井葵さんに会うだけでも行ってみるだけでも価値があるかもしれない。
私はスマホをそっと置き、天井を見上げた。
「髪を切っても何も変わらないかもしれない。それでも……」
結衣の言葉、葵さんの写真、そして自分の中のほんの少しの希望。
「こういう人に髪を切ってもらえたら…私も少しは変われるのかな?」
けれどすぐに思い直す。
「でも、私に似合う髪型なんてあるのかな…」
ホームページを見つめながら、あれこれ考えているうちに、瞼が重くなっていく。
「変わりたい…でも怖い。」
その全てが頭の中を渦巻きながら、私は知らぬ間に眠りについていた。
この選択が葵との出会いにつながり、優里の人生を大きく変えることになる―――。