第44話「変わること、変わらないこと」[1]
「松岡、髪切ってさらに可愛くなったな」
クラスメイトである滝口健司の明るい声が教室に響き、何人もの視線が優里に集まった。
滝口くんの目は、ただ優里の髪型を「可愛い」と褒めるだけではなく、まるで彼女の変化そのものを見つめているようだった。
その視線には、変わろうとした勇気や、それを実現した優里への尊敬すら感じられる。
(ただ髪を切っただけじゃない――滝口くんは、それを見抜いているの?)
梓には、その視線があまりにも特別なものに見えて、胸が苦しくなった。
「さすが滝口、見る目あるな!」
とクラスメイトたちの笑い声が飛び交う中、滝口健司は優里の隣に近づき、自然とその輪の中心になっていた。
彼はサッカー部のエースであり、その明るい性格と整った顔立ちで女子だけでなく男子からも一目置かれる存在だ。
その滝口が、優里にだけ向ける視線が、梓にはどうしても眩しく映り我慢できなった。
「そんなことないよ、滝口くん」
優里は恥ずかしそうに笑いながら、髪に触れる仕草をした。
その動きが自然で、以前の彼女からは想像もつかないほど堂々としている。
「ほんとだよ、優里ちゃんすごく似合ってる!」
「髪バッサリ切って正解!」
と周囲から次々に声が上がる。
彼女は自然体でその声を受け止め、ありがとう、と柔らかく微笑んだ。
その仕草はあまりに眩しくて、優里が「松岡優里」という存在以上の輝きを放っているように見えた。
一方、教室の隅。三田村梓は机に頬杖をつき、静かにその光景を眺めていた。
「(どうして……あの優里が、こんなに注目される存在になったの?)」
本来、梓は長身でスタイルも良く整った顔立ちをしており世間一般では"美人"の部類に入る。
特に梓の黒髪ロングは、艶もあり癖もなく綺麗なキューティクルが異彩を放つほどクラスの女子の中でもひと際目を引く美しさを誇っている。
だが、その髪をかき上げる仕草さえ、自分ではぎこちなく感じてしまう。
「(でも、その美しさが役に立ったことなんてあった?)」
梓は小学生の頃、誰もが「綺麗だね」と髪を褒めてくれるたびに嬉しかったはずだった。
でも、それが「完璧すぎて話しかけづらい」という理由で、友達の輪から外されるきっかけになるなんて思いもしなかった。
『梓ちゃんって綺麗すぎて近寄りがたいんだよね』という軽い冗談が、胸に刺さったまま今でも消えない。
「(私、何も悪いことなんてしていないのに……)」
いつしか、自分が近寄りがたい存在に見られていることを自覚するようになった梓は、「綺麗」と言われるたびに心の中で複雑な感情を抱くようになった。
年を追うごとに友達と呼べるのも数少なくなり、今では美咲ぐらいかもしれない。
誰かと心を通わせる代わりに、「遠くから見られる存在」になってしまった自分。
それが孤独を感じさせる原因だということに、梓は気づきたくなかった。
梓は、周囲から褒められる自分の髪やスタイルに誇りを持つどころか、どこか疎ましく思っていた。
「美人だね」と言われるたびに、その言葉が自分の内面とはかけ離れた虚像のように思える。
周囲の視線が集まれば集まるほど、なぜか自分だけが透明な壁の向こうにいるような孤独を感じるのだ。
「(優里の柔らかい笑顔……私にはあんな自然な表情は作れない。髪を切っただけで、どうして――)」
優里の柔らかく自然な笑顔が、梓にはどうしても「自分にはできないこと」の象徴に思えた。
「(あの子、ただ髪を切っただけなのに……何が違うの?)」
考えれば考えるほど訳が分からない。
「(私の方が美人だし、髪だって誰よりも綺麗なのに。なのに、どうして――)」




