第30話「ハゲ・コンプレックス!!」[7]
「もうここでスキンヘッドにしちゃってください!」
叫ぶ俺。いや、もはや暴走している俺。冷静さを完全に失った俺。
「輝太郎さんはスキンヘッドも似合うかもしれませんが、今回はもう少しオシャレな形に……」
葵さんが優しくフォローしてくれるが、暴走する俺の口を止めるには至らない。
「いやいやいや、こんなお恥ずかしいところを見られたらもう俺は―――」
「おい、ハゲ!静かにしろよ!」
どこかで聞いた声が聞こえてきた。
「……え?」
唐突に飛び込んできたその声に、俺は動きをピタリと止める。
ゆっくり振り返ると、そこには見覚えのある少女――そう、あの美樹が椅子に座ってニヤニヤしていた。
「ハゲって言った!?今俺にハゲって言ったよね!?」
驚愕と羞恥のあまり声が裏返る俺を見て、美樹はケラケラと笑っている。
「だってハゲてるんだから仕方ないじゃん!それより、葵さん。コイツがこの前見たストーカーだよ!」
美樹が楽しそうに言い放つ。
「ストーカーって!?」
俺は顔を真っ赤にしながら、反射的に叫んだ。
「だって、あの時ずっと葵さんを見てたでしょ。怪しい動きしてたし、隠れるの下手すぎだし。」
美樹は腕を組んで得意げな顔をしている。
「ち、違う!俺はただ、美容室の雰囲気を観察してただけで――」
苦しい言い訳をしている自分に、ますます恥ずかしくなる。
「美樹さん、そんなにお客様をからかわないでくださいね。」
葵さんが静かに美樹をたしなめる。
その言葉に、美樹は「あっ、ごめん!」と舌を出して謝るふりをする。
「でもね、葵さん、本当に怪しかったんだって。ゴミ箱の横に隠れてコソコソしてたんだから!」
美樹が葵さんに真剣な顔で訴えた瞬間、俺は頭を抱えた。
「ゴミ箱って言うな!あれは戦略的な隠れ場所だ!」
思わず反論するが、余計に笑われるだけだった。
「葵さん、どうする?こんなストーカー気味の人でもカットしてくれるの?」
美樹がさらに挑発してくる。だが、葵さんは少しも動じなかった。
「美樹さん、輝太郎さんはストーカーではありませんよ」
優しい声でそう言い切る葵さんの言葉に、美樹も少し驚いたようだった。
「彼は髪型に悩んでいるだけです。それは誰にでもあることですし、解決のためにここに来てくださった。それだけで十分素敵な一歩だと思いませんか?」
その一言に、俺は息を飲んだ。
そして、美樹がポカンと口を開けた表情に、少しだけ救われた気がした。
「……グスッ。せっかくストーカーの魔の手から葵さんを守るために最近は毎日遊びに来てたのに……」
そんなクソガキ―――じゃなかった美樹に対しても葵さんは半べそをかき始める美樹に対して同じ目線にしゃがみ頭を撫でた。
「ありがとうございます。美樹さんが毎日来てくれて私は嬉しかったですよ」
「ホント!」
笑顔で葵さんに抱き着く美樹。あぁ羨ましい。
「じゃあ、あとでまたアレンジ教えるのでもう少しおとなしくしててくださいね」
「うん!」
そういって美樹は軽く俺の方をにらみつつもおとなしくすることを決めたようだ。
やれやれ、この美樹って子もなんだかんだ葵さんが好きなようだ。
ようやく葵さんは俺のほうに顔を向ける。
「では、まずシャンプーをしてから始めますね。」
葵さんが柔らかい声でそう言った瞬間、俺の全身が一気に硬直した。
(し、シャンプー!?いやいや、頭を触られるってことだよな!?ウィッグのことはもうバレてるけど、どうすればいいんだ俺は!)
葵さんが椅子を後ろに倒すと、天井が視界に広がる。
その感覚が余計に俺を緊張させた。
「お湯加減、いかがですか?」
「あ、あ、大丈夫です!」
声が裏返ったのを気づかれないことを祈るしかない。
指先が優しく頭皮をなでるたび、シャワーの温かい水が髪を通って流れ落ちる音が心地よく耳に響き、妙にくすぐったい感覚と心地よさが入り混じる。
だが、それ以上に俺は緊張でガチガチだった。
「(やばい、普通にしてればいいだけなのに……!葵さんが俺の頭を洗っている!これが普通のサービスだってことくらい、わかってるはずだろ!?)」
シャンプーが終わると、タオルで頭を包まれた。その一連の動きがあまりにもスムーズで、葵さんのプロフェッショナルさを改めて感じた。
「では、席に戻りましょう。」
再び椅子を起こされると、俺はなぜか妙な達成感に包まれていた。
(とりあえず、ここまでは無事クリア……だよな?)




