第2話「幸せカットをあなたへ」[2]
「あなたの魅力、引き出しました!」
そっと、鏡を持ち真由美に差し出す。
「いかがですか?」と尋ねた。
葵の手によって、真由美の髪はタイトなショートボブに生まれ変わっていた。
前髪は眉上に、サイドは耳にかかる程度にカットされ、後ろは首のラインに沿って襟足ギリギリの位置でタイトに切られていた。
全体的に清潔感があり、真由美の職場での印象にも合っていた。
真由美は鏡の中の自分を見て、目を丸くした。
「こんなに素敵なショートボブになるなんて…本当にありがとうございます!」
彼女は満面の笑みで葵に感謝の言葉を述べた。
葵は優しく微笑んで真由美に頷いた。
「喜んでいただけて、私も嬉しいです。真由美さん、カット前は元気が無さそうでしたので思い切ってバッサリ短く、カラーも変えてみました!」
「ショートボブはお手入れも簡単で、忙しい毎日にもぴったりだと思いますよ。それに、髪色も変えてみましたが、ややブラウンにしてみたんです。明るい色が真由美さんにとても似合っていますね。」
―――それに、
「真由美さん、元気なかったですよね?仕事で辛いことがあったんだと思います」
葵の話に耳を傾けていた真由美は瞬間的に「ハッ!」となり目をきょとんとさせていた。
「人は髪形を変えるだけでも元気になるんですよ。気分転換にもなりますしね!私のカットでハッピーになってもらえたら嬉しいなって!」
にっこり笑顔を浮かべる葵。
「そうですね…。」
確かに真由美は仕事で失敗続きだった。
だが、今日初めて来た美容室で、このスタイリストに深いところまでは話してはいない。
そう、そのはずだ。核心までは喋っていない。なぜ、わかったのか……?
真由美が警戒した目つきで構えていると、葵は右手で真由美の服装を指さした。
「その姿、仕事着ですよね?少し汚れた靴、メイクや髪のセットもそこそこ。営業職かな?かなり忙しい日々だったんだと思います」
真由美の顔が驚きの表情に変わる。けれど葵の喋りは止まらない。
―――平日の午後、仕事に一生懸命のあなたが初めて私のお店に訪れた。
「行きつけの美容室だと同じ髪型にさせられてしまう。だから気分を変えたいのだと思いました」
図星、という面持ちで真由美は葵のことを見つめていた。
「そう、そうよ……まさかあれだけの話でそこまでわかっていたなんて……」
「お客様とコミュニケーションを通じて最適なサービスを提供する。それが私のモットーですから」
そこまで伝えて、葵は後ろを向き、そそくさとカウンターに向かう。
「さて、私に出来るのはここまでです。あとは真由美さんが頑張ってくださいね」
葵の笑顔が真由美を勇気づける。
ふと、真由美は鏡に映る自分の姿を見つめ、立ち止まる。
「(ホント、不思議なスタイリスト。髪も綺麗にセットされて自分が別人みたい。でも―――)」
―――今の自分の姿を見ていると不思議と幸せな気分になれる。
真由美は自分の新しい髪型とカラーリングに触れながら、うれしそうに笑った。
「これで、仕事にもプライベートにも前向きに取り組めそうです」
カットの合間に葵と語り合ったことで、真由美は少しずつ心を開いていた。
彼女は葵の言葉に励まされ、ショートカットを通じて自分自身を大切にし、自信を持って生きていくことを決意した。
「またお手入れに来てくださいね。」
お会計を終え、葵は真由美に手を振りながら、美容室の扉を開けて送り出した。
真由美は感謝の気持ちを込めて頷き、「はい、またお願いします!」と答えた。
春の陽気が心地よく、彼女は歩くたびに新しいショートボブが揺れるのを感じた。
髪の軽さに心も軽くなり、彼女は歩みを進めた。
翌日、会社に到着した真由美は、いつもと違った髪型で同僚たちの視線を集めた。
「あれ、鈴木さん、髪型変えたの?」
同僚の加藤さんが驚いた様子で声をかけてきた。
「そうなんです。昨日、美容院に行って、ショートカットにしてもらいました。」
真由美は少し照れくさそうに笑って答えた。
「似合ってるわよ、すごく素敵!」
加藤さんが真由美の新しい髪型に賛辞を送った。
その後も、真由美のショートボブは会社で話題になり、いつも以上に同僚とのコミュニケーションが活発になった。
彼女は自分自身に自信を持ち、人と話すことにも抵抗がなくなり仕事についてもかなりのパフォーマンスを出せるようになっていた。
ある日の仕事終わり、真由美は少し早く帰ることになった。
彼女はハピネスカットを思い出し、葵に感謝の気持ちを伝えるために、美容院へと向かった。
「葵さん、こんにちは。」
真由美は笑顔で美容院の扉を開けた。
葵は顔を上げて、真由美に笑顔で応えた。
「真由美さん、こんにちは。お仕事はいかがですか?」
「おかげさまで、とても順調です。ショートボブにしてから、仕事もプライベートも前向きに取り組めるようになりました。本当にありがとうございます。」
真由美は葵に感謝の言葉を述べた。
葵は嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かったですね。私もうれしいです。これからも、どんな時も笑顔でいられるように、お手伝いできることがあればいつでも言ってくださいね。」
真由美はうれしそうに頷いた。
「ありがとうございます、葵さん。またカットに伺いますね。」
真由美がお店を出るとき、葵は彼女の後ろ姿を見送った。
ショートボブになった真由美の髪は、やわらかなブラウンの色で光り輝いていた。
新しい髪型が彼女に自信を与え、彼女の歩みを軽やかにしていた。
葵は彼女に声をかけた。
「真由美さん、またいつでもお待ちしていますね。新しい髪型で、素敵な日々をお過ごしください。」
そんな葵の顔に、ニッコリとした笑顔が浮かんだ。
真由美は振り返り軽く会釈をしてそのまま夜の街に消えていった。
葵にはショートボブになった真由美の後ろ姿が、新しい自分に自信を持って歩く姿に見えた。
葵は、彼女の姿を見送りながら、心の中で願った。
「またお会いできる日を楽しみにしています。」
―――新しい髪型、新しい物語。葵が紡ぐ、幸せのカットはまだまだ続く。