第10話「大胆カットで大変身!?」[8]
「トップに軽さを出していくのでレイヤーを入れていきますね」
次に葵はハサミを持ち替え、優里のトップ部分をそっと持ち上げた。指先で髪をつまみながら、優里の髪の質感を確かめるように動かす。
「ここに少し動きをつけることで、全体が柔らかく見えますよ」
ハサミが髪に触れるたび、トップの毛先がふんわりと軽くなり、鏡越しに優里の髪型が少しずつ形を変えていくのがわかる。
―――シャッ、シャッ、シャッ……。
ハサミが小気味よく動く音がリズムを刻み、切り落とされた短い髪が優里の肩に軽く触れてから床に落ちていく。
「ほら、これで全体に自然なボリュームが出ましたね」
鏡の中の自分を見て、優里はトップが少しふんわりと持ち上がった自分の姿に目を奪われた。重たく感じていた髪が、一気に軽やかに見える。
「すごい…こんなに変わるなんて。」
思わず髪に触れ、動きが出たトップ部分を指先でそっとなでる。感触はこれまでとはまるで違う。
「これがレイヤーの力です。動きがある髪は見た目も軽やかになりますよ。」
葵の言葉に優里は納得し、小さくうなずく。新しい自分の完成が近づいているのを感じ、期待に胸を膨らませていた。
最初に粗切りして長さをカットしたはずなのにこれでもか、という長い髪が優里の目の前を通っては消えていった。
「すごい…少しずつ変わっていく……」
やがて、ワンレングスとして同じ長さに揃えられていた髪はレイヤーがはいりトップは短めの髪でボリュームが増えたように見えていた。
そうして優里の髪で残ったロングの部分は後ろ髪、それも後頭部の下部だけになっていた。
正面から見るとショートカットに見える優里の姿にはもはや後ろだけ長い髪が逆に不自然に思えた。
フゥ……と軽く汗を拭う葵の姿が鏡越しに見えた。
自分のために一生懸命カットをしてくれる、その姿は優里にはとてもうれしく思えた。
過去にヘルメット頭にされたことなんてもはやどうでもいい。
今は、ただただ葵が作る新しいヘアスタイルが楽しみになっていた。
「残った後ろ髪も短く切っちゃいますね」
私は「ハイ」と大きく頷いた。もう髪を切ることに迷いはない。
葵が背後に回り、後ろ髪をそっと持ち上げると、優里はわずかな緊張感とともに首筋に触れる手の温かさを感じた。髪の重みが軽く浮き上がると、自分の体の一部が空中に浮かぶような感覚がする。
「襟足ギリギリのラインで切りますね。」
葵の声が響く中、鏡越しに自分の後ろ姿を見つめる優里。そこに映る長い髪がまるで過去の自分そのもののように思えた。
―――ジョキジョキ…。
髪を切り落とす音が耳元で響く。
切り離された髪がふわりと落ち、優里の肩から離れていくのがわかる。
鏡に映る首筋は驚くほど露わで、自分がまるで別人になったような感覚に襲われた。
切り落とされた髪が床に落ちる音とともに、葵が優里に語りかける。
「どうですか?軽くなりましたよね。」
優里は思わず首を動かし、風が直接当たる感覚を楽しむようにうなずく。
「うん、全然違う…。首がこんなに自由だなんて。」
自分の姿を確認するためにもう一度鏡を見ると、そこには新しい自分がいた。
後ろ髪がなくなったことで生まれた軽さと開放感に、優里の顔には自然と笑みがこぼれるのだった。
「これで私も新しい自分になれる…」
「まだですよ……優里さん」
葵はカットがまだ終わっていないことを伝え、右手に持ったハサミを鏡越しに交互に動かしてみせた。
「最後に、後ろ髪を襟足より少し上のラインまで刈り上げます。これで全体がすっきりと仕上がりますよ。」
「へ?」
優里は一瞬戸惑ったが、鏡に映る自分の短くなった髪を見つめるうちに、もう迷いはなくなっていた。
「うん、お願いします。これまでの私から、もっと自信に満ちた私になりたいんです。」
優里の力強い言葉に、葵は微笑みながら頷いた。
葵は刈り上げ用のシザーを持ち替え、慎重に優里の後ろ髪をつまみながら動かし始めた。
―――シュッシュッ……。
ハサミの細やかな動きが生み出す音が耳に響くたびに、首元の髪が軽くなるのを感じた。
葵は一定のリズムで丁寧に刈り上げていく。
途中から軽快なリズムに気持ちよくなり目を閉じた。
「少し冷たいかもしれませんね」
刃が優里の襟足付近に触れるたびに、冷たさと軽やかな感触が交互に伝わる。
優里は首元を覆っていた髪がなくなっていくことで、これまで感じたことのない解放感に包まれていた。
「襟足をきれいに整えますね」
葵の集中した表情が鏡越しに映る。その姿を見て、優里は自分がどれだけ新しい一歩を踏み出せたかを実感する。
葵が最後の一線を刈り終えると、優里の首筋が完全に露わになり、すっきりとしたラインが現れた。
「これで完成です。どうでしょうか、触ってみてください」
優里はそっと手を首元に当て、これまでとは全く違う短くなった髪の感触を確かめた。
指先に伝わる柔らかな肌と、少しだけ残された髪の感触。不思議と癖になりそうな触り心地。
「すごい…本当に軽い。全然違う」
優里は目を薄く開き、鏡に映る自分を見つめた。鏡の中には、これまでの自分とは違う、新しい自分が確かに存在していた。
それは薄目越しでもはっきりとわかる。そうシルエットそのものが違うのだ。
「優里さん、これからの新しい人生も素晴らしいものになると思います。自信を持って、新しい自分を楽しんでくださいね」
葵の言葉に、優里は感謝の気持ちでいっぱいになる。
「葵さん、本当にありがとう。こんなに素晴らしい変化を与えてくれて」
そうして優里はゆっくりと目を開く。
目を開けた優里が最初に見たのは床に散らばる自身の切った長い髪。
そう、この後、優里は鏡に映る自分の姿に驚くことになったのだった―――。




