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帰らぬ蝶と、果たされた約束 (完結済)  作者: モモル24号


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第十一話 天下の分水嶺


 史実に残る天下分け目の戦いが、たった半日ほどの会戦でつくはずがない。その戦いは、梟雄秀吉の死から始まっていたとみるのが自然だろう。


 高潔な人物ではあったが、なんでも算盤づくで物事を測る石田三成には、己の環境が大きな意志により築かれていた事にさえ、理解していなかった。


 豊臣家という籠の中でさえ、巣を守るために必死なものがどれほどいたのだろうか。人心の醜くうつろう有様には、流石の淀の方も呆れてしまった。秀吉がいなくなった事で、長年溜めた嫌気が一気に噴出したせいもある。豊臣家を守るために必死な家臣の姿を見るたびに、吐き気がした。帰蝶がいなければ、淀の方も狂っていたかもしれない。阿茶と共に来訪して来る光秀を見て、帰蝶に会いたい‥‥頑張っているね、そう褒めてもらいたいなと思った。


 淀の方のもとへ秀吉の正室であるねねからの使いもやって来る。おそらく徳川家康が襲撃される事件が起きた件について意見を求めるものだろう。それに怒り、福島正則や加藤清正などが逆に三成の襲撃を企てた。報復を恐れた三成は、憎い政敵の家康に助けを求める有様となった。淀の方にも使者が、来たのは彼女の権威を増すための方策だ。家康はねねと淀の方に意見を求め、絶えず幼い跡継ぎの豊臣秀頼を盛り立てようとしていた。また、ねねが家康寄りに動く事で、淀の方も渋々従うように映る算段も働く。豊臣方の怒りや怨みは家康や、秀吉の糟糠の妻へと向かい、淀の方は逆に求心力高まる事になるだろう。


 誰よりも厳しい役割を、ねねが率先して行う。ありがたい話であり、申し訳なさもある。だから汚名を被る事になろうとも、ねねの名誉だけは残したいと淀の方は帰蝶へ嘆願さしている。帰蝶はそれを受け入れ、ねねの公正さと公明な判断を強調し、豊臣側の主力を味方に引き入れる事に成功した。淀の方も、ねねの意見を取り入れた態を装い家康に有利な動きをみせた。


 ねねと淀の方の連名のもとに家康は伏見を拠点に大老筆頭として、豊臣政権の運営に乗り出す事になる。また大阪城の西の丸も家康のために明け渡され、秀頼の後見人としての立場を強めた。三成は奉行の座を解任され、佐和山城へ謹慎を命じられる。どのみち秀吉の定めた奉行衆には武力的な背景はなく、家康を筆頭とした力を持つ領主達に敵うものではなかった。秀吉が指名し、秀吉の正室と側室が認めた男が政務を司ることは、天下を安寧に治めるには有効に思われた。


 面白くないのは秀吉政権下で甘い汁を吸い続けたもの達だろう。徳川家康という男は、秀吉が認め、その妻達や秀吉子飼いの武将達までもが認める後見人なのだ。主家を害し専横する腹づもりがあるなど、他のものが言えた義理ではないのだ。家康が実際そう思っていようとも、秀吉が後事を託し、ねねや淀の方まで協力的なのだから。


 道理は家康にある。だからといって豊臣の天下を続けたくないものが、まさかねねや淀の方だとは夢にも思わない事だろう。このまま三成達に大人しく成り行きを見守り、秀頼を預けられて困るのは家康も同じだった。


「甲斐。清正を内密に呼んでくれる

かしら」


 五奉行筆頭の三成との確執で憎悪を高めている中心に、福島正則と加藤清正の二人がいた。秀吉の側近中の側近。豊臣家のために身命を賭すことを厭わぬ勇士の一人である。そして誰よりもねねの事も敬っている男だった。清正がいては、豊臣政権を倒すのに難儀する。今は三成憎しで、豊臣家に対し敵対こそしないが、敵視している状態になっているのは間違いない。淀の方は三成達を焚き付けるために清正達を都からどかすよう動く。


「御方様、拙者に何か?」


 不機嫌さを隠そうともせず、清正は尋ねた。淀の方とねね派の清正らとはあまり仲は良くない。柴田勝家との戦いで活躍した彼らは、淀の方を旧主の妹の娘というよりも、ただの敗軍の将の娘として見ていたからだ。秀頼への忠義は厚い。だが生母である淀の方に対する態度はあまり変わらない。ねねこそが秀吉の正室であり、彼らに取っても母だったからだ。


「三成が居城で不審な動きをしているのは耳にしてる?」


「上杉と連携し、徳川殿を叩こうとしている事ですな。分をわきまえず無駄な争いを引き起こすのが得意な男だ」


 清正は三成達に呆れていた。算盤勘定が得意なのは何も奉行達だけではない。清正とて得意だからこそ、外征で無茶苦茶な暴利を貪った連中を糾弾したのだ。豊臣政権の庇護下でぬくぬくと私腹を肥やし、天下を乱す輩を許しては、亡き秀吉に面目がたたかなかった。清正が家康の手腕を買ったのは、ねねからの要請もあったが、筋道を立て、ねねや淀の方にまで気を回す事が出来る所だ。


「そうじゃ。家康殿はとっくに知って対策を練っている。ただ暴発する輩が何を狙うのか分からない。わらわが考えついたのは‥‥」


 淀の方は一つ間を置く。清正が興味なさそうな素振りで耳を傾ける。


「ねね様がまた狙われる可能性が高い」


 淀の方はあえて以前も襲撃された事実を告げた。当時はまだ茶々姫として、岐阜預かりになっていた淀の方が、何故その事を知っているのかと清正がようやく表情を崩した。


「ねね様は全て知っている。その上で羽柴を‥‥豊臣を影で支えて来たの。此度の騒乱、家康殿がもっとも頼りとするのはそのねね殿。あの方が家康殿の味方をするから、そう考えるものが出てもおかしくありません」


「うぅむ。拙者にどうしろと仰る」


「理由をつけて、自領に出も籠もるふりをなさい清正。あの時は本物の()()勢が守って事なきを得ましたが、今度はそうも行きません」


「影護衛につけと?」


「影ではなく、堂々公言なさいな。そうなると表立っての出世は諦めてもらうことになる」


「なんと⋯⋯」


 秀頼のために働け、そう言われると思って淀の方の所にやって来た。言われなくとも秀頼を盛り立てるつもりだ。自領は都から遠く九州にある。いざとなったら秀頼を攫って自領で籠るためだ。徳川家と親身にする事で、清正なりに危機を乗り越えるつもりでいた。腹立たしくとも秀頼について来る淀の方も一緒に守る気でいたというのに。


 だから清正は唸った。自分が見誤っていたことや、本心を突かれた気がしたのだ。豊臣を守るのならば、自分の子よりも、ねねを守れと言うのだ。それはねねにこそ豊臣家の大義があるとの宣言に等しい。両者の間に何があったのか知らないが、理念を守る為に清正の助けが必要なのはわかった。


「ひとつ伺いたい。淀様は徳川家が天下の権を握る事に異を唱えることはないのか」


「徳川殿が正道をゆくのなら、秀頼を廃してでもその意に準ずるつもり」

 

 清正は自領近辺で起きた紛争を利用し、家康に叱咤するように頼んだ。いかに縁戚関係になろうと、約束事を守らねば、家康の面目は丸潰れとなる。おかげで清正はしばらく天下の争い事から外れることになった。そしてねねに嘆願し取りなしてもらうという形で上京し、彼女の身辺警護につくことになった。



「清正が、ねねの所についてくれたわ。これで心置きなく戦えるわね」

 

 三条西家では、公国の跡を継いだ実条が織田信雄と一緒に帰蝶の話の相手をさせられている。佐和山に引っ込んだ三成が密かに書状を作成し、家康による政権専横を訴え、助力を求める兵を募った。前田利家亡き今、家康に対抗出来る勢力は上杉や毛利だ。三成は同輩の大谷吉継や、懇意にしている上杉家の家臣、直江兼続と共謀し家康を都から引き離す事に成功した。上杉家の謀反疑い、上洛拒否を咎め、秀頼の名のもと家康を総大将とした討伐軍が編成されたのだ。


「示し合わせたように綺麗に動くのだな」


 信雄が呟く。この時のあることを待ち続けた側としては、思惑通りに動いてくれて良い。それだけ政権委譲にじっくり時間をかけて来ていたのだから。しかし‥‥こちらの工作があったにしても、豊臣方の動きがお粗末で短絡過ぎるように見える。本能寺の時と違い、秀吉の老衰が目に見えていたはずなのに、永遠に豊臣の未来があるように錯覚していたのではないだろうか。


「驕る人の姿なんてそんなものよ。騙し討ちで奪った天下を枕に、自分達で勝手に乱世は終結したと勘違いしている‥‥」


「母上⋯⋯?」


「正しき道を行く必要はないの。ただね⋯⋯あるべき姿に戻し、筋道を通すのみよ。血を交え‥‥地を這う虫もやがて蝶のように舞うでしょう」


 帰蝶の思いを受け継ぐもの達が、彼女の思い通りに動くことはない。正しいと示された道を歩んでいても、躓くこともあれば、道を踏み間違えることもあるのが人間だ。咎めはしないし、罰しもしない。帰蝶が示し導くことが出来るのは、理想を実現する思考まで。実際どのような選択をするのかの自由は、本人の意思に委ねられているのだった。


 信雄は母の‥‥帰蝶の様子を見て、耐え忍び、天下への道筋をつけた家康の心境に心を寄せた。秀吉亡き後、天下の権を握る機会はいくらでもあった。帰蝶の言葉など無視して、ねねや淀の方の協力のもと手っ取り早く政権を乗っ取る事も出来た。なにせ家康だって老いた。豊臣の回しものとの暗闘で一度は毒殺されかけている。前田利家が失意の内に亡くなった後、豊臣方の武断派と手を組めば、天下は簡単に家康のものになっていた。


「寿命が尽きるやもしれぬというのに、目の前に転がる天下という飴を手に取らぬなど⋯⋯私には無理だな」


「そうね、それが自然な考えというものよ。だから家康の本気がわかる。家康が本気で挑むのなら、わたしも彼のために祈るわ。そのためにも信雄、あなたには最後まで舞台に立ってもらうわよ」


 死ぬまでこき使うことを宣言されて信雄は嘆いた。父を超える大うつけとして、踊り続けよと言うのだから。

  

 古きが滅び新しい世へと変わってゆく。秀吉亡き後、いまさら明智の残党狩りもなく、姿の変わらぬ帰蝶のことなど誰も覚えてはいない。帰蝶は家康の信念を導く力になるために、蘭と利治を護衛に引き連れて、家康のいる江戸へと旅立った。


 帰蝶が都を発つのと同じ頃、石田三成により、徳川家康討伐の兵が動き始めた。毛利、宇喜多、長宗我部などを中心とした大軍が大阪城へと集結し、秀頼に拝謁する。ただ、すでに家康に上杉討伐の認可を与えているため、秀頼から正式な命令が下される事はなかった。糸を引く淀の方に三成をはじめ集められた諸将は怒ったが、筋は淀の方にある。思惑を外された三成は少し焦ったものの、徳川の専横を断ち、秀頼のために動くもの達が続々とやって来ていたため満足した。


 大阪城へと軍を集めた名分を得るために、毛利を総大将として秀頼を守る形になった。そして家康が都で政務を行うために使う伏見城への攻撃がついに開始される。

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