第十話 梟雄の末路
哀れに干からびた男の姿がそこにあった。主君を欺き天下を騙し取って、ようやく踊らされた事に気づき悲嘆に暮れる男。裏切りにより怨念に悩まされ、怯え狂った末路。その病床の枕元には、徳川家康と前田利家、それに織田信雄と僧正姿の老いた男、明智光秀の姿があった。光秀以外は豊臣政権下で重要な地位に就いている。光秀の生存していた事を知らない利家だけが光秀の事を、本物の僧侶と誤解していた。
秀吉は譫言のように信長や帰蝶の名を呟く事もあれば、意識をハッキリと取り戻し、家康や利家に向かい後のことをしきりと頼む。濁った瞳には、家康達の姿は映っていないようで、声だけで彼らの姿を認識していた。
秀吉の正室となった茶々は淀の方と呼ばれ隣室に控えている。人払いの手伝いは成田甲斐姫が取り仕切り、豊臣恩顧の将や政権を担う石田三成達は近づく事さえ禁じられていた。
「光秀殿。帰蝶様は⋯⋯いつから猿めの裏切りに気づいていたのか」
急に秀吉の呼吸が落ち着き、その視界が開けたようだ。頭は枕元から上げられなかったが、老いた男の姿の一人の正体に気がついたようだった。利家だけが秀吉の様子が呆けた末の言葉と勘違いしたが、思いあたる節を感じハッとなった。
「────私の旗印を掲げるまで、姫も気づかなかったそうだ」
本能寺に翻った水色桔梗の紋。鮮やかな手並みと信長も帰蝶も、してやられたと少し悔しがっていた。
「やはり敵わぬわい。半兵衛の置き土産を、猿知恵で工夫したものを、あえて利用なさったのだな」
騒乱を鎮める荒事を誰がやるのか。現在の朝廷には権威ばかりで力なく、かわりの武家政権たる足利も矛を収める力を発揮出来なかった。仕方なく信長の行っていたものを秀吉がかわりになっただけの事。
日の下の平定は齋藤道三以来の夢である。信長が尽力したのは常に天下泰平であり、日高の御子たる帰蝶のために、道を開く事だった。
「猿に‥‥豊国の朝臣を名乗らせたのも、帰蝶様のお考えだったのか。下賤の者を関白にまで押し上げてでも、この国の争乱を鎮めるために尽力されていたのですな」
「次の世の為にも、秀吉殿にはもう少し働いてもらうつもりだったようだ」
半兵衛が亡くなり、秀吉を支え続けた蜂須賀正勝や弟の秀長が亡くなって、秀吉を諌めるものはいなくなった。老いもあって、臣下の暴走の抑えも利かなくなり、ようやく収めたはずの天下は不安定な兆しを見せていた。
「姫からの伝言は‥‥後の事は利家殿や家康殿に任せて、猿は大人しく去れ、と」
「酷い洒落だ。信長様を騙し討った猿の首はいらぬのか」
「我ら明智の残党狩りと称して伴天連共を追い払う道をつけた事を褒めていたよ。あれらに神器を渡しては、再び滅びが現実となろう」
「そうか。褒めていただいたのか‥‥」
光秀の語る言葉に嘘はない。秀吉は、老衰の果てにようやく裏切りの苦しみから、解放された。自業自得。ただ苦しむ程度には、冷酷な秀吉の心に、信長への思いがあったのだとわかった。
「甲斐殿。淀様と若君を呼んで下され」
秀吉はもう長くない。憎い仇とはいえ、夫を看取る体裁は必要だろう。
淀の方が一人でやって来た。その表情は悲痛に暮れているようだが、家康や光秀の姿を見ると晴れやかな表情に変わる。
「帰蝶様はお優しいのですね。この男をお赦しになるとは思いませんでした」
軽蔑の眼差しで淀の方は秀吉を見る。誰も咎めはしない。彼女が苦難の道を歩み、耐えて来た事を知っているからだ。
「それほど甘くはないようだぞ。天下を委譲するために、築き上げてきたもの全てを差し出させるのだから」
主家の立場を奪われた信雄が他人事のように淀の方へ告げる。信雄と淀の方は光秀と帰蝶のように従兄妹同士の関係にある。信雄が秀吉に殺されずに来れたのも、帰蝶の陰に気づいたのと、ねねや淀の方が止めていたのもあったようだ。
「それならば結構。いえ、あの方が甘いわけがなかったわね。それに‥‥どうせ壊すのならば、最良の形で家康殿に天下の采配をお任せするわ」
後事の計画は家康と利家を筆頭に合議でまとめていくことが決まっていた。秀吉が亡くなれば、その権力で支えられていた豊臣政権の有象無象など役に立たない。
お粗末な政権運営や度重なる外征による大損失のせいで、味方のはずの豊臣方の武将達まで領国経営に苦しみ、不満を高めている。彼らが大人しく従っていたのは秀吉がいたからであった。しかしその秀吉自身が老衰で助ける所か窮状を加速させて来た。そんな状況下で石田三成など豊臣政権の文官達だけで収まりがつくわけがない。
実力者の家康や利家、それに旧主の信雄の存在に頼らざるを得ないのが実情だといえた。
「お待ち下され。家康殿に天下の権を担わせると?」
この場では、利家だけが何も知らない状態だったのだから無理はない。彼の妻、まつならば事情はねねから聞いている。利家の様子から、本能寺における真相やその後の事は何も知らされていないとわかる。
「帰ってまつ殿に聞くと良い」
淀の方に邪魔者扱いされ、利家が悲しそうに退室した。秀吉はまだ息をしている。死んだように眠る秀吉を囲み、彼の築いた世の中を取り返す相談をする事に、利家は自分の頭がおかしくなるのを感じたようだ。
「淀様。今後しばらくは家康殿の味方をお頼みしたい。豊臣方の役人達が蜂起し潰したあと、豊臣を瓦解させる」
「いいでしょう。ですが‥‥秀頼は何も知らぬ。そちらの思うように動かないかもしれませんよ?」
「それはそれで構わぬのではないかな。初戦はともかく、その頃は大義は家康殿にある」
「儂にその資格があるかは疑問だが、尽力すると誓おう」
光秀、淀の方、信雄の言葉に家康は勇ましく応えてみせた。彼もまた耐え忍んで来た男なのだ。辛酸を舐めさせられた相手に、怨み事の一つも言わずに陽気に振る舞う。淀の方や信雄まで、その辛抱強さに呆れた。
「城の落ちる事も三度目となれば慣れたくなくても慣れてしまいそうね。家康殿、なるべく早く頼みたいわ」
「儂にお任せを」
「甲斐、皆さまがお帰りになる。三成達に会わぬようこちらへ呼んで。光秀様、帰蝶様によろしくお伝え下さい」
「淀様もご達者で」
家康はともかく、三成達に信雄や光秀とは会わせたくなかった。甲斐姫に案内され、家康達は先に帰った利家とは別の出入り口から寝所を後にした。
三条西家にいったん集まると、帰蝶が細川藤孝と歓談していた。戦国の世の快人物をあげるとするならば、この光秀の友人もその名があがる一人だろう。いや帰蝶の存在を光秀に知らされたから、信長に力を貸したのかもしれない。
「ほら、わたしの勝ちね。藤孝の言うように、父母を殺され兄も弑されても、女の情念は変わるもの。でも、あの娘は自分から飛び込んだのよ」
淀の方が心変わりしていたのなら供のない家康達を楽々討ち取る事の出来る絶好の機会だった。労せず後顧の憂いを断てるのだ。実際家康の来訪は豊臣方の閣僚達に気づかれていて、大阪城内で暗殺部隊が組まれて、秀吉の寝所へ向かっていた所だった。
「母上、わかっていて家康殿を巻き込むような真似は止めて下され」
「家康殿の武運を占えたでしょう。藤孝も納得したわね」
「私は初めから光秀に賭けてましたよ。悪戯に巻き込まないでほしいものですな」
古今伝授の儀を誰に受け継ぐのか、その相談にやって来ただけなのだと、藤孝は慌てて帰蝶の言葉を突き放した。家康と合流した忠勝などは目を白黒させている。まさか生命を賭けた対面になっていたとら考えもしなかったようだ。
「頭の中まで筋肉が詰まった男ばかりでは、家康殿の生命がいくつあっても足りないわよ。おはち‥‥いえ、お梶に名を変えたのよね。対外的な事はすわに任せて、彼女を側に置くといいわ」
家康の身を案じ、身の回りに置くようになった女中の中にすわという娘がいた。武田の旧臣の娘で、正室の築山殿の亡きあとに家康の子らの教育を任されていた側室の一人だ。帰蝶や光秀とは遠縁の出自と言われるが定かではない。女の身でありながら家政を切り盛りし、徳川家を裏から支えていた人物である。
光秀の来訪にも眉一つ動かさずに受け入れ、自然と徳川の家臣団の中に紛れこませていた。家康の生命を狙うものが今後さらに増えるとなると、かわりのものが必要だ。
「光秀。あなたがすわの補佐についてあげて。天下を分ける大戦まで、死ぬ事は許しませんよ」
我ながら無茶な要求をすると、帰蝶は舌を出す。光秀は老いた仕草で昔のように、やれやれと頭をかいた。これにより警護のつかない対談の場は阿茶の局と呼ばれたすわに任される事になり、家康の側には若いお梶の方がつく。
淀の方は残念がったが阿茶の局が表に立ちことで、強硬派の妨害に合わずに済むようになり、交渉は捗るようになった。
豊臣秀吉の死により、ようやく統一のかなった世の中に、再び不安が広がっていく。後継者の秀頼が幼いことや、先の外征で中央政権の専横や傲慢さに反感を持つものが増えたせいだ。また後継者だったはずの秀次への仕打ちを見て、思う所のあるものが、豊臣家に不信の目を向けていた。主家を乗っ取り、後継者問題にどっぷり嵌って懲りたはずの秀吉は、信長がそうしたように秀次を跡目に早々に隠居する予定だったのかもしれない。しかし主家の⋯⋯憧れの女の娘を手に入れた事で、人の情念を切り捨て冷酷に生きた男が狂った。
淀の方が魔性の女だったのではない。何もかもを手に入れた天下人が、己の過去を振り返り、驕り自滅しただけのことだ。それがどれだけの人々から反感を買ったのか、秀吉ほどの男が計算出来なかったはずがない。帰蝶はそんな秀吉の築いた幻の栄華を、正しき道へ戻すために再び動く。本能寺を秀吉が演出し天下を簒奪したのとは違う。本来あるべき姿に戻したいだけなのだ。
本能寺からの一連の出来事の真相を知った前田利家が、失意の内に亡くなった。誰かが仄めかしたのならば、信じなかっただろう。しかし、帰蝶や光秀がいまも生きていて己の妻まつと交流している事や、那古野や清須以来の親友と思っていた秀吉自身が独白し認めた事に、精神が正気を保てなくなったのだ。
親豊臣派の重鎮たる前田利家の死は、豊臣政権を担う五奉行の動揺を誘った。秀吉や利家という後ろ盾のない文官達が歴戦の猛者達を従えるには、より強い支配体制と権力基盤が構築されていなければ難しい。前田利家の亡くなってまもなく、石田三成が彼らに不満を抱えていた武将達に襲われたのを皮切りに、天下を二分する乱が幕を開けた。




