第48話 初恋は終わらない
日は昇る。
されど、悪夢からは覚める事はない。
しかし、それとて今は些末な事に過ぎない。
今、僕にとって重要なのは、ネイローザを掴み取り、抱き締める事ができた。ただこれのみだ。
例えその黒薔薇の棘で血まみれになろうとも、もう決して放さない。
「さあ、起きようか、ネイローザ! 早速、朝の調練といこう!」
「威勢のよろしいようで。はてさて、今日は何回討死となりますやら」
「なぁに、今日こそ一発お見舞いしてやるさ!」
「それは楽しみですね。是非にも一撃を入れてみてくださいな」
やって見せろよという態度は相変わらずだ。
実際、実力差というものがある。
僕の剣はまだ届かないだろうが、それでも諦める事を僕は止めた。
少なくとも、今の段階では、だ。
脱ぎ捨てていた衣服を拾って着替え始める僕とネイローザだが、何と言うか、微妙な間が恥ずかしい。
声をかけ辛いし、そうかと言って、相手に視線を向ける事もない。
僕にとっては昨夜が“初めて”だったが、彼女にとっては“手慣れたもの”のはず。
しかし、彼女もまた恥ずかしそうだ。
僕に裸を見られるのが恥ずかしいのか、少し顔を赤らめながら、大急ぎで着替えているように見える。
昨夜、散々互いに貪ったのだし、今更なんだと思わないでもない。
まるで恋人と初めて過ごした後の夜明け、そういう雰囲気がある。
(七度目の“婿入り”、七度目の“初夜”、七度目の“夜明け”……。僕にとっては初めてでも、君にとっては七度目になる。そして、僕はこれから生涯をかけて、八度目が来ないようにする。そう、改めて誓わせてもらうよ)
着替え終わった君は、“いつもの”装いをしていた。
ドレスは僕が破いてしまったので、今着ているのは普段来ている男物の服だ。
闊達に動き回る妖精には、ドレスよりも普段着の方が似合う。
もちろんドレス姿も素敵だが、月明かりの下でこそ美しく感じる。
朝日輝く時間は動き回るのだし、ドレスでは邪魔になるだけだ。
「と言うか、いつの間に用意したんだ、それ? 昨夜、この部屋に来た時、確か手ぶらだったよね?」
「昨日の朝、起こしに来た時に運び込んでおきました」
「……って事は、こうなる事を予想していたのか!?」
「御父君との夜は、一昨日で最後ですから、こういう運びになる事は当然、予想の範疇です。なにしろ、すでに“経験済み”ですから。……まあ、あそこまでビリビリにドレスが破かれるのは想定外でしたが」
「うわ~、マジか~」
呆れるべきか、怒るべきか、それとも感心するべきか、僕は迷った。
すべては目の前の妖精の手のひらの上。
しかし、それを超えなくては、僕の願いは叶わない。
昨日の剣術の稽古の時、ネイローザは言った。
「読んで当然、読まれて当然、それでもなおその先を読むのです。十手の先を読む相手には十と一手の先を読み、百手の先を読む相手ならば、百と一手の先を読めばよろしい。そこでようやく相手を“騙せる”のです」
ならば僕は、この誰よりも魅力的で、何者よりも悪辣な妖精を出し抜くため、千手先まで読んでみせよう。
笑顔も素敵だけど、驚く顔も見てみたくなった。
きっとそれも素敵だろうと僕は思う。
「それと、今一つ言っておかねばならない事が」
「なんだい?」
少し言い辛そうに、ネイローザは顔を赤らめている。
こういう少女の恥じらいもまた、僕の劣情を呼び起こすほどに魅力的だ。
「……昨夜の事でございます。男女の睦み合いは今少し穏やかに行うべきです。特に、寝台に突き飛ばし、力任せに抑え付け、強引に衣服を剥ぎ取るなど以ての外です! 分かりましたか!?」
「これは手厳しい」
「手厳しくはありません! むしろ、心配なのですよ! あんな荒々しく乙女の体をねじ伏せては、私でなければ潰れてしまいますよ!? お越しになられる姫君には、くれぐれもお優しく接してください。本気で潰れますから!」
「なに、その心配はいらないさ」
「なぜですか?」
「花嫁が輿入れする前に、君を倒して駆け落ちするから」
「それは頼もしい。では、その腕前を今から見せていただきましょうか」
思わず僕は笑ってしまった。
色艶な話かと思いきや、やり方が悪いという“指南役”からのご指導と来た。
そして、いつものように武芸についてのあれやこれや。
結局、契りを交わし、彼女を抱き締める事が出来た今でも、まだ師弟関係は継続しているようだ。
少し恨めしそうにこちらを睨んでいるが、それもまた可愛らしい。
やはり、彼女は彼女、凛々しくも気高い『黒薔薇の剣姫』だ。
その仮面の下は泣きじゃくる少女であろうとも、そのどちらも愛する事を僕は誓った。
だから自然とまた彼女を抱き締め、その唇を奪う。
背丈の差から、僕は屈みながらの口付けだが、彼女またそれを求めてか、僕の首の後ろに手を回し、ギュッと抱き締め、舌と舌が絡み合う。
昨日の出来事が嘘でも幻でもない事は、この温かみが証明してくれている。
ならばこの妖精を掻っ攫ってみせると、呼吸が続かなくなるまで口付けを続けた。
永遠に続く事を願いながらも、生きている以上、“空気”は必要だ。
近付き過ぎた息苦しさに敗れ、顔を少し離す。
恥ずかしそうに微笑む少女は、僕だけが見る事の許される王様の特権。
これは本当に手放したくないと思う。
(きっと父も、同じ光景を見ていたんだろうけど、この笑顔の為なら、どんな悪辣な策を用いようとも、彼女のいるこの国を守ろうと思うものだ)
その点では父に同意する。
しかし、父は結局、彼女を悪夢から覚まさせる事はできなかった。
つまり、父の真似では到底届かない。
彼女が求める最高の王様には、辿り着けないのだ。
(参考にはする。でも、僕には僕のやり方で、この麗しき黒薔薇を摘み取って、どこか誰も知らない場所で、ずっと一緒に暮らすんだ。国だ政治だなどと、煩わしい事は全部捨て去って!)
何と度し難いかんがえなのだろうか。わがまま放題の暴君の発想だ。
しかし、その道のりは果てしなく険しく、そして、長い。
なにしろ、まずは目の前の“最強の騎士”を倒すところを達せねばならないのだから。
その後も彼女を惚れ込ませて、僕に夢中にさせなくてはならない。
本当に遠い道のりだ。
僕の人生一つで達し得るのか、それは分からない。
しかし、必ずやり遂げてみせる。そう彼女に誓った。
八人目は必要ない。
僕の代で終わらせるんだ。
「ネイローザ、改めて約束する。僕は君に振り向いてもらえる、最高の男に、最高の王様になってみせる。今度こそ、だ」
「はい。お待ち申し上げております。ずっと変わらず、ずっとここで、ずっと同じ姿で、私は待ち続けます。愛しております、“陛下”」
陛下という言葉、それは誰に向けられた言葉なのだろうか?
僕か、それとも、かつての想い人か。
しかし、それは些事に過ぎない。
僕にとって重要なのは、王として目指すべき道を示された事なのだから。
彼女と共に歩む事が出来て、僕の胸の鼓動はなおも高まり続ける。
こんなに嬉しい事、楽しい事はない。
そう、僕の初恋はまだ終わってはいない。
どこまでも続いていく。
僕と彼女が悪夢から覚めるか、あるいは八人目が必要になるその日まで。
~ 終 ~
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
これにて『王子の初恋と黒薔薇の剣姫』は完結でございます。
慣れない恋愛ものでしたが、いかがだったでしょうか?
甘々系で行こうかとも考えましたが、うん、無理と断念し、屈折した関係の男女を描きました。
最初は近くにいる年上のお姉さん(合法ロリ)との恋物語を匂わせつつ、要所要所で裏があるのを伏線として張り、終盤ドサッと表に出してみました。
そう、7代にわたる「穴親子」である王子と国王。
理想の恋人を作り続ける「恋する乙女な妖精」のネイローザ。
叶わない願いと、傷の嘗め合い。
それでもなお諦めない歴代の王と、それを見続ける妖精。
『初恋』を題材にしながら、実に歪んだ作品を書いたな、と思ったり。
しかし、当人同士が納得していますし、ある意味、ハッピーエンドではないでしょうか。
いや、単に頭の中がハッピーすぎるのか。
王子、国王、黒薔薇、主要な登場人物が揃いも揃って“SAN値0”みたいなものですからね。
正気じゃないんですよ、全員。
揃いも揃って、ある種の狂気に捉われているのですから。
そんなお話ですが、ここでもう一度最初に戻って読み返してみましょう。
しかし、今度は作品を読破したので予備知識があります。
王子と国王はネイローザしか見ていない。
ネイローザは最高の王様しか見ていない。
これらを踏まえて読み返すと、作品がまた違って見えてくる事でしょう。
特に、国王の言動が受け取り方によって、変化が著しいものとなります。
なにしろ、あの冷徹な言動はすべて“ネイローザへの一途な想い”から発せられているのですから。
ネイローザの方も王子に的確に助言しているように見えて、実際のところは「私の想い人ならこうするだろう」とか、「私の想い人はこうだった」という具合に、自分の願望垂れ流し状態。
自分勝手に悪夢を始めてしまう、どこか抜けているわがままな妖精さんなんです。
さあ、そうした事を踏まえてもう一回読むのです!(pv稼ぎとか言わないで)
皆さんの経験された初恋は甘酸っぱいですか?
それとも、痛々しいですか?
自分のそれはもちろん ヒ・ミ・ツ♪
長々と拙作を見ていただいて、重ねてお礼申し上げます!
気に入りましたら、星やいいね、コメントなんかをいただけると幸いです。
また自分の作品を読んでくださいね♪
♪ヽ(・ˇ∀ˇ・ゞ)₍₍◝( ゜∀゜)◟⁾⁾♪




