第44話 欲望の獣
すべては彼女が、ネイローザが百年以上の長きに渡り、続けてきた事だった。
彼女はかつて自分を“征服”したトリストラム王の影を追い続け、ご先祖様が遺した“血”と“国”を用いて、終わらない夢を見ている。
僕もまた、それを演じる事になるだろう。
初代から数えて、実に七代目。七人目の恋人だ。
その間、彼女はずっと王族をかつての恋仲の相手に仕立て上げ、夢の続きを見てきたのだ。
今こうして、僕が『黒薔薇の剣姫』の異名を持つ少女を組み伏せるのも、かつて起こった事なのかもしれない。
裏の事情を知った今でも、僕の彼女に向けた想いは本物だ。
初恋をぶち壊され、特別な存在になれなくとも、目の前に可憐な少女がいるのであれば、これを抱き締めたいという情欲に抗えない。
幼少期の頃から実に十年以上、彼女に仕込まれてきたためだ。
憧れは止まらない。
想いはどこまでも突き進む。
純朴な少年の初恋が邪な情欲に姿を変えようとも、目の前にそれがある限り、決して止まらない。
今の僕がまさにそうだ。
舞台の幕は下りても、彼女の「続きを!」とせがむアンコールと共に、また幕は上がる。
舞台の女主人公の恋人役として立たされたのは、他でもない僕自身。
父も、お爺様も、そのまたお爺様も演じてきた、“最高の王様”の代用品。
あるいは、精巧に作られた模倣品と評した方が適当か。
そう思うと、歓喜と絶望が目まぐるしく移り変わる。
麗しき黒薔薇と踊り続けるという歓喜と、その彼女の微笑が全く僕に向いていないという絶望だ。
(僕の魂には、ネイローザへの想いがこびりついている。これは決して“浄化”される事はない。例え裏がある女だろうと、棘のある女だろうと、それが麗しの黒薔薇である事には変わらないのだから!)
両肩を掴み、力んでいた僕の手は、欲望を満たす為だけに動き始める。
彼女が身に付けた純白のドレス、それは“婚礼衣装”を見立てた物だろう。
だが、これはあべこべだ。
これから行われる男女の睦み合いにおいては、目の前の少女が主導権を握る。
悪夢を打ち破らない限り、僕に勝ちはない。
(これは“嫁入り”ではなく、“婿入り”だ! 彼女が僕のものになるのではなく、僕が彼女のものになってしまうんだ!)
そう考えて、必死で彼女を征服しようにも、僕では明らかに役不足だ。
なにしろ、剣技でもそうだが、“寝技”においても、彼女は“百年の研鑽の先”に身を置いている。
そんな百戦錬磨の悪夢の牝馬と、これから初陣を飾る初心な王子では場数が違い過ぎる。
それでもなお勇気と意地を見せ付けるため、僕は掴んでいた彼女の肩から、荒々しく破り捨てるように、ドレスを剥ぎ取る。
憧れ、恋心を抱いた黒い薔薇を貪るために。
例えそれで棘が至る所に突き刺さり、血だらけになろうとも、その痛みすら悦楽に感じる程に、僕は彼女を求めている。
止まらない。どうにも止まらないんだ。
(いたいけな少女を寝台に組み伏せ、無理やり力任せに服を剥ぎ取り、これを犯す。とんだ強姦魔じゃあないか、今の僕は!)
情欲はあふれ出し、心は決壊して濁流がすべてを押し流す。
理性も、情熱も、愛情も、今や獣性や肉欲に取って代わられている。
裏の事情を知り、彼女に怒りをぶつけたい思いもあるが、それ以上に彼女との交尾を求める獣が僕の中に住み着いているのだ。
そして、今ならそれを解放しても許される。
どんな酷い事をしても、彼女は許してくれる。
「海星にでもなっておきましょうか?」
先程彼女が寝台に僕を誘う際に述べた言葉だ。
実際に見た事はないが、海には星の形をした“ヒトデ”という生き物がいるという。
それを自分に準えるという事は、手足を大開きにして、何でも受け入れる事の隠喩的表現というわけだ。
それはそうして欲しいのか、あるいはそうする事により、僕を謀った事への贖罪としたいのか、それは分からない。
あるいは夜月を掴めずとも、その周囲に散る星の光くらいならばどうぞ、とでも言いたいのだろうか。
(ああ、度し難いな、僕も、彼女も! これだけ嘲られていても、それでもなおと思う気持ちが疼く! 父も、同じ感情を抱いたのだろうか? だからこそ、今日という日まで戦って来れたのだろうか?)
宝剣と共に、託された未来。
だが、それは時の止まった世界だ。
最強の騎士を倒さぬ限り、時の河は澱みと共に動く事はない。
求めて欲した彼女との恋仲の関係は、本当にどうしようもない程に棘だらけの関係だった。
僕の想像の更に上を行く。
考えても答えは出てこない。
ただ、一つだけ言える事はある。
(それは僕が溜め込んでいた欲情、劣情、そして、愛情を、どのようにでも変質させようとも受け入れるという、ネイローザからの申し出だという事だ!)
全てを受け入れる。
あらゆる事象をぶちまけようとも、全てを受け入れる。
ああ、本当に最悪であり、最高な気分だ。
長年溜め込んでいた感情を、白汐と共にぶちまけようとも全てを受け入れるというわけであるし、僕としては万々歳だ。
乞うても届かぬ想い描いた“夢”が叶うのだから。
例えそれが悪夢であるとしても。
例えそれが魔女の仕組んだ予定調和だとしても、だ。
結婚話から始まった今日一日の騒動の結末、それが“これ”ときた。
そうなりたいとは願っていても、決して抱き締めてはならない棘だらけの花。
求めてはスルリと抜けられし存在、棘を思いて手を出すのを躊躇する存在、今この時だけは好き放題に貪って良いのだと当人からのお達しだ。
ならばもう遠慮する事は何もない。欲望の赴くままにと、僕は抑え付けているネイローザのドレスを破り始める。
(僕は獣! 僕は狼! その牙で黒肌の少女を貪り食う! その舌で味わい尽くす! そうしたい! 否、そうするべきなんだ!)
ビリビリという裂ける音と共に、ドレスが無残な姿となり、その下に着ていた肌着もまた剥ぎ取る。
今まで恋焦がれていた、望んでも手にすることができなかった、麗しき女騎士をようやく女にしてやるときがきた。
僕は獣、僕は狼、全てを食らってやるんだと、欲望をぶちまける。
初冬だというのに滲み出る汗と、荒々しい呼吸と共に。




