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第42話 秘事のさらに奥

御夜伽およとぎの稽古です」



 今夜、初めて見た“女性”としてのネイローザは告げた。


 僕はもうすぐ結婚する事になるからと、その際、ねやでの粗相がない様に自分の体を差し出してきたのだ。


 彼女は寝台の前に立ち、僕に向けて笑顔を見せる。


 それ自体は愛らしいが、これから行われる稽古はそれだけにおぞまましく感じる。


 冬とか関係なく、全身を寒気が襲ってくるほどに。



「さあ、殿下、こちらへ。“初めて”は誰にでもあるものですし、怖がる必要はありませんよ。剣の稽古のように、私がちゃんと手解きをして、御指南いたしますゆえご安心を。……それとも、“海星マリス・ステラ”にでもなっておきましょうか?」



 まるで“手慣れている”かのような振る舞いに、僕は全てを気付いてしまう。


 今までバラバラだった事象が一つに繋がり、そして、目の前の『黒薔薇の剣姫』に結合していく。



(ああ、なんて事だ! 最初から……、最初からだ! 僕は馬鹿だった! 浮かれて、目も心も曇っていた! だから、気付けなかったんだ!)



 とんでもない手抜かりであり、もはや取り戻す事も出来ない。


 そこまでの深みにはまってしまっていた。


 もっと早くに気付ければ、あるいは引き返せたかもしれない。


 だが、もう黒薔薇から伸びたイバラの触手が、僕は元より、国全体を覆ってしまっている。


 それに気付いたのは、“母”だけだ。



(……いや、違う。父も気付いていた。気付いていた上で、敢えて黙したんだ。自分こそが彼女を救えると信じて!)



 記憶にある父の最後の姿は、肩を落としたしょぼくれた背中だ。


 鍛練場でネイローザとの決闘に敗れ、今夜を最後に諦めると宣言。


 そして、僕に宝剣を譲り、後事を託した。


 あれは正真正銘、後は任せたという意思表示。


 何としてでも“ネイローザを倒せ”という、どうしようもない感情の発露があの穏やかな父なのだ。


 それに気付くべきであった。



「……ネイローザ、聞かせてほしい」



「何についてでしょうか?」



「“父”とも同衾どうきんしていたのか……?」



「はい、しておりました」



「ぐぅぅぅ!」



 僕は怒りに任せて、彼女を突き飛ばす。


 彼女の実力ならば受け流す事も出来たかもしれないが、突き飛ばされるままにその小さな体を寝台の上に横たえる。


 ふわりとクッションの利いた反動でなんともないが、僕はお構いなしに彼女に圧し掛かり、両の肩を掴む。



「いつからだ!? いつから父と寝ていたんだ!?」



「御父君が御結婚なさる少し前からです。もちろん、“御夜伽の指南役”としてではありますが。……それ以降も度々、私に御夜伽を命じられ、最後に抱かれたのは“昨夜”でございます」



「昨夜!? 昨夜だと!? な、なら、今朝、君がここに僕を起こしに来る前は、父の閨中けいちゅうにいたとでも言うのか!?」



「はい、その通りでございます。昨夜もいつものように殿下の育成過程の報告に赴き、鍛練場にて剣を交え、その際に講和の話し合いが完了したと特使であった大臣の報告を受けました。そして、『今宵で仕舞いになるか。最後の一夜の伽を致せ』と」



 聞きたくはなかったが、聞かずにはいられなかった。


 そして、想像していた最悪を告げられてしまった。



(いや、もっと早く気付くべきだった。なぜ父がネイローザに執着し、今なお決闘を行っていたのかを! 何の事はない。父もまた僕と同じように、黒薔薇を力ずくでねじ伏せ、駆け落ちする気だったんだ!)



 あろうことか、親子で同じ結論に達し、ネイローザを強引に手折るつもりだと言う事に気付いた。


 父もまた、ネイローザに“心を奪われていた”のだ。


 昼間は何食わぬ顔で国王としての雑務を執り行い、日が沈んでから鍛練場に赴いては剣術に磨きをかける。


 あの一連の行動は、すべて“父の想い人”であるネイローザのため。


 国が損なわれるとネイローザが悲しむからとからと、強王、名君として自国を強くしていった。


 また、日夜鍛練を欠かさず鍛えていたのも、すべてはネイローザを無理やりにでも連れ出し、四十年間燃やし続けた情念の下に駆け落ちするためだ。


 分かってしまえばなんという事はない。


 これはずっと以前からの繰り返し。次王ぼくも含めた歴代の王の“伝統芸”だ。



王族ぼくらは一人残らず、みんな黒薔薇に惚れていた! いや、そうなる様に仕向けられていたんだ!)



 秘められた事実のそのまた奥は、言い表す事の出来ない甘美なおぞましさで満たされている。


 麗しき女騎士『黒薔薇の剣姫』ネイローザは、本当に棘のある花だ。


 掴んでしまえば、その手はたちまち血が滴る。


 それを僕は完全に分からされてしまった。

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