第40話 フクロウの鳴き声
美しい。それはあまりにも美しすぎた。
これを表現できるほどの語彙力の持ち合わせがない事を、僕は恥じ入るばかりだ。
そう、寝ようかと思って寝台の上に横たわり、目を瞑ったところで突然の来訪者。
その来訪者がネイローザだと知って、慌てて扉を開けたところで、僕は絶句した。
扉の向こうから現れたのは、他でもない、“ドレス姿”のネイローザだったのだ。
(なんて美しいんだ! やはり黒薔薇は最高だな!)
改めて思う、彼女の美しさ。
今、彼女は純白のドレスに身を包んでいる。
彼女は黒エルフという事もあって、肌の色は浅黒いが、それゆえに肌の黒とドレスの白が、互いに調和し合い、美しさを醸している。
また、髪も下ろしているのも、実に新鮮で目新しく感じてしまう。
普段は総髪で結い上げているか、あるいは団子状にしてまとめているのだが、今日はその長い髪を真っ直ぐ伸ばしているのだ。
まるで月明かりがそのまま降りて、彼女を包み込むかのように輝く銀髪は、さながら薄布のようだ。
一言で言い表すとすれば、今の彼女の装いは“婚礼衣装”と言うのが相応しかろう。
純白、白銀、何と形容してよいか分からぬ淡い輝きを感じられる。
そんな彼女の美しさの前に見惚れ、戸惑う僕に、彼女は一歩踏み出してきた。
情けない事に僕はたじろぎ、歩を後ろに出してしまう。
あるいは抱き留めてあげるのが正しかったのかもしれないが、目の前の彼女の姿が意表を突き過ぎて、そこまで頭が回っていない。
そして、彼女は何の断りもなく堂々と僕の部屋へと進入してきた。
(いや、まあ、彼女は僕の部屋に入って来るのは自由なんだけどさ)
実際、僕や父のように、王族の部屋に入れる者は限られている。
余程信頼のおける者でなければ、警備などの安全上、入る事が許可されていない。
護衛の騎士であっても、帯剣しての入室はできないし、掃除係の女官も年季の入った信頼できる者だけが許可されている。
しかし、ネイローザは別格だ。
彼女は堂々と僕の部屋に入って来てもいい事になっている。
しかし、今は“夜”。
急用でもない限りは、まずやって来る事はない時間だ。
(いや、これはあれだよな!? “女性”が、“夜中”に、“男性”の部屋を訪れる、って事はそういう事なんだよな!?)
先程の決闘でやり込められ、一気に鎮火していた劣情の蝋燭に再び火が灯る。
それほどまでにドレス姿の彼女は美しく、感情を刺激してくるのだ。
背丈は低く、僕より頭二つ分は小さい。
華奢な体付きで、思いきり抱き締めれば折れてしまいそうなほどだ。
それに女性の象徴的な体の部位である“胸部”も、何と言うか、ほぼ真っ平だ。
普段は男物の服を着ているのでそれほど意識はしないが、今は体の線が分かるようなドレスであり、それが育っていない事を表している。
年齢こそ僕の十倍はありそうなのだが、“成長”が欠損しているからこその、この華奢な体付きなのだろう。
はっきり言って、見た目は“子供”なのだ。
それでも、彼女は強い。近隣諸国にすら武名を轟かせる最強の騎士だ。
そんな彼女は剣を投げ捨て、今はドレス姿の女性として僕の前にいる。
(盛大にふっておいて、この立ち振る舞い。ちょっとズルくないか!?)
初恋を豪快にぶち壊し、そのぶち壊した張本人がまた僕を誘惑する。
とんでもない緩急に、頭がまた混乱してきた。
そんな僕の横を通り抜け、ネイローザは窓の前に立ち、そして、開け放つ。
冬の入口とあって、さすがに夜風は寒さを感じる。
しかし、それが気にならないほどに、彼女からは神々しい光を放っている。
丁度、雲が晴れ、満月からは少し欠けた月明かりが、彼女を包み込む。
月の女神が舞い降りてきたかのような美しさが、今の彼女には備わっている。
自然と僕の足はそちらに向かい、心臓をドキドキさせながら横に立った。
「フクロウの声がしますね」
彼女が不意にそう声をかけてきたので、僕も耳を傾けると、確かにフクロウの鳴き声が耳に入ってきた。
ホゥ~、ホッ、ホッ、不思議な鳴き声だ。
「フクロウって不思議な鳥だよな。普通、鳥は昼間に飛ぶ。にも拘らず、フクロウだけが夜を飛ぶ。暗闇で見えないはずなのに、なぜか夜の森の中でも平然と飛んでいる。本当に不思議だ」
何気ない感想ではあるが、生憎、かける言葉を持ち合わせていない。
何しろ、今は男女の夜の睦み合いの最中だ。
ここはビシッと格好良い台詞でも吐ければよいのだが、それが思い浮かばない。
思い浮かばないから、彼女が振ってきた話題に乗るしかない。
ネイローザを横に据え、こういう場面を望んでいながら、気の利いた言葉の一つも用意できていないとは、度し難い程の大馬鹿者だと自分を殴り付けたい気分だ。
「フクロウが夜に飛ぶことができるのは、他の鳥に比べて遥かに耳が良いからだそうですよ」
「へ~、そうなんだ。つまり、目ではなく、耳から情報を仕入れて飛ぶわけだ」
「ゆえに、殿下もまた、フクロウの真似をなさいませ」
「フクロウの真似だって?」
「はい。耳をすませば、相手の心さえも読めてしまうものです。殿下の心の鼓動、先程から太鼓を乱暴に打ち鳴らしているようにも聞こえますよ」
ネイローザの指摘は、まさにその通りだった。
ドレス姿の彼女を見てから、はっきり言えば、心臓はバクバクに動きまくっている。
耳の良い者であれば、いくらでも聞こえてきそうな不細工な太鼓の音色だ。
これでは「緊張しています」と吹聴しているに等しい。
彼女には丸分かりと言うわけだ。
「それにフクロウは“不苦労”にも通じます。もちろん、殿下はこれからいずれ国王になられ、苦労をなさることが多いとは思いますが、それでも大過なく過ごされる事を、私は願っております。その一助になる事もまた、私の正直な気持ちでもあります」
「そう言ってもらえると、嬉しく思う。僕もまた、ネイローザに“不苦労”ように頑張ってみるよ」
「そうですわね。なら、まずは不意な問いかけにも即座に応えられるような、そんな明晰な頭脳と冷静な性格を手に入れましょうか」
「ハハッ! これは手厳しい!」
確かに、気の利いた台詞の一つも言えないようでは、それこそ父のような皮肉屋になってしまうだろう。
まあ、父自身、あの皮肉を即座にひねり出せる頭を持っているのであるから、決して軽んじているわけではない。
暗愚なら、何も言い返せずにへこまされるだけだし、暴君では、ただただ暴力に訴えかけるだけの粗暴な振る舞いに終始するだろう。
どちらも、当然拒絶する。
名君にはなれずとも、かと言って暗君暴君にはなるつもりはない。
わざわざそれの釘を刺しに来てくれたのであれば、やはりネイローザは真面目で気の利いた掛け替えのない人だと思う。
(でも、それなら、わざわざドレス姿で来る必要もない。普段見せない“女性らしい”彼女を見せてきたと言う事は、それに対応できる言動を考えなくては)
真面目に稽古を、という文言が僕の頭によぎる。
先程の決闘で約束した、負けた僕が果たさねばならない取り決めだ。
この状況とて、不意討ちを食らおうとも即座に対応できるのかどうか、それを確かめているのかもしれない。
ならばと、気の利いた台詞の一つでもと考えはするが、思い浮かばないのが情けないところだ。
ゆえに、ありきたりだが、王道で行く事にした。
「ネイローザ、フクロウの声に耳を傾けるのも風流だけど、夜空を見上げてごらん。月が奇麗だよ」
そうだ、彼女がこうして目にした事もないドレス姿で現れた以上、終わってなどいなかったのだ。
僕の初恋は、延長戦に入ったというわけだ。
少なくとも、僕はこの状況をそう読み取り、彼女の返事を待った。
月が綺麗だ、この言葉の意味を知らないわけがないと思いつつ、緊張の時間は続く。




