第37話 斜に構えた結果
「殿下の初恋を潰させていただきます」
事も無げに言い放たれたネイローザの言葉。
グサリと僕の心臓を貫き、絶望と恐怖を与えてくる。
(こうもあからさまに言われるのは、さすがに色々とくるな。王国の騎士としての拒絶、指南役として再教育の施行、そこに“女性”としての感情は一切ない。つまり、僕は完全にフラれたというわけか)
ネイローザが潰すとわざわざ宣言しなくても、僕の初恋はあっさりと潰れていた。
欲情、憧憬、敬意、感謝、様々な感情を僕は彼女に向けているが、それでもやはり最後に残るのは、男として恋する女性への想いだ。
地位を捨て、誰とも知れない土地へ行き、ただ彼女の事だけを考えて生きていく。
そんな僕の願いを、彼女は全力で拒絶した。
そして、実戦モードでの構え。
夢や願いを掴みたくば、力ずくでかかって来いと言わんばかりの態度だ。
(でも、これを超えない限り、僕の願いが叶う事はない! 例え血まみれになろうとも、僕は黒薔薇をこの手で抱き締める。そう決めたんだからな!)
僕も改めて剣を握る手に力を込め、彼女が放つであろう超高速の突きを迎撃すべく、大上段で剣を構える。
手にする得物は王権の象徴たる『慈悲深き王者の剣』。
かつて、ネイローザを倒し、この王宮に連れてきたご先祖様の名がその由来とされる宝剣だ。
ご先祖様もまた、当時、盗賊として暴れ回っていたネイローザをねじ伏せ、処刑する事無く、慈悲の心を以てこれを許し、王国に仕える騎士とした。
(ならば、僕がその長い歴史に修正を加え、ネイローザを騎士としてではなく、一人の女性として、僕の伴侶とする!)
この決意は固い。
僕は一歩も引くつもりはない。
例え目の前にいる愛しき人を、この剣で打ち据えることになろうとも、だ。
見た目だけは立派だが、なまくらの剣だ。
死ぬ事はないだろうが、それでも刃引きとは言え金属の剣だ。
斬られば普通に痛い事だろう。
(しかし、それはこちらとて同じ! ネイローザも全力を出すと言った。その手に握られているのは、これまた刃引きではあるが、金属製の細剣だ。全力の突進と、その勢いのままの刺突。痛いに決まっている)
彼女が放つ気迫と相まって、危うく後ずさりしそうになるほどに怖い。
それほどまでに今の彼女は怖い。恐怖の対象となっている。
普段の凛々しさも、時折見せる可愛らしさも、すべてが消え去っている。
そこにいるのは一己の戦士であり、王国の滅亡を阻止せんとする騎士だ。
刃引きの剣でなければ、確実な死を相手に送り届ける事だろう。
(だからこそ、下がれない! これに挑み、打ち勝たなくては、ずっと燻ぶった感情を抱き、ウジウジと過ごす事になる! 逃げるつもりはない!)
勝てば、彼女を抱き締めると言う長年の想いを遂げられる。
負けても、最強の戦士に臆する事なく挑んだと言う実績が残る。
(勝者になりたいが、敗者の道筋もある。少なくとも、何もしなかった逃亡者にはならずに済む。最強に挑んだ、戦ったと、胸を張って言える!)
もう僕に迷いはない。
あとは突っ込んでくる彼女に向かって、剣を振り下ろすだけだ。
それが当たるかどうかは、やってみなくては分からない。
分からないが、何もしなかった、ただ逃げ出した、という無様な結果からは無縁でいられる。
僕と彼女のダンスは、手と手を重ね、微笑みながら踊るのではない。剣と剣が交差する剣舞がそれなのだ。
今日の昼間、初めて彼女と剣舞を行い、その剣戟が今も頭の中に残る。
互いの動きを読み合い、目線を、予備動作を、見逃すことなく次に繋げる。
それをまた行えばいいのだ。
(僕は受け、彼女が攻める。これは互いの構えから導き出される、当然の流れだ。あとは、彼女がいつ踏み込むか、だ)
ネイローザがお得意の突き、僕がそれを大上段からの振り下ろしで迎撃する。
主導権は彼女。いつ踏み込んでくるかは、彼女次第だ。
僕と彼女の間には、距離にして十歩はあるが、彼女ならほんの一呼吸で詰めてきて、“なまくら”の切先を僕に突き入れる事だろう。
ほんの一瞬の遅れが、迎撃の機会を永遠に失わせる。
僕の視線は彼女に注がれ、爪先程の動きすら見逃すまいと神経を尖らせる。
彼女と二人きり。こうしていられるのも実に楽しいが、どうせならその小さな体を抱き締めて、教え子と指南役、王子と騎士、そのいずれでもなく、男と女の関係でありたい。
そう願えばこその、この無茶ぶりだ。
(……今!)
ほんの僅かだが、彼女の穿くズボンが強張った。
飛び込むための、足の筋肉が動いた証拠だ。
そこからはまさに一瞬。
十歩の距離すら、彼女は吹き抜ける風のごとく、目にも止まらぬ速さで埋めた。
だが、僕は“これ”を待っていた。
(タイミングはドンピシャだ!)
僕はタイミングを計りながらも、剣を振り下ろさなかった。
動いた。だが、動かしたのは、彼女同様、これまた“足”だ。
床に転がっていた“鞘”を蹴飛ばし、彼女にぶつけた。
(大上段の構えは囮! 本命はこっちだ!)
分かりやすい大上段の構えを取り、彼女の意識を上向きにさせる。
しかし、それは足下に転がる“鞘”から、意識を離すためのものだ。
彼女の構えから、超高速での正面からの突きであるのは分かっていた。
分かっているなら、そこに罠を張る。
大上段からの振り下ろしではなく、“足元にある鞘を蹴飛ばして、彼女の行き足をほんの一瞬止めてからの振り下ろし”だ。
これこそ、僕が用意した一撃。
(斜に構えろ。そう君が教えたんだもんな!)
真っ向からの斬り合いでは絶対に勝てない。
勝てない勝負に挑むのは、勇気ではなく蛮勇であり、無思慮でもある。
ならば、勝てるように考え、用意するのは当然の事だ。
大上段の構えで床に落とした鞘から意識を遠ざけ、飛び込んでくるほんの一瞬、これを見極めて蹴飛ばす。
(見てくれは立派だが、刃毀れが酷いなまくらの剣を覆う鞘! それはまさに僕そのもの! 王子と言う身分の下は、未熟、未完の一人の人間だ!)
だが、それでもという思いがある。
ネイローザは『黒薔薇の剣姫』の二つ名が示すように、棘だらけであり、あるいは抜き身の剣でもある。
そして、僕はそんな彼女の“鞘”となり、抱き締めてあげたいんだ。
だが、やっている事は鞘をぶつけて彼女を転ばせると言う、度し難い矛盾!
勝つためならば、手段も選ばず、罠を用意して引っかけよう。
(何が何でも勝つ!)
これが僕の出した結論だ。
そんな狙い通り、速さゆえに回避が出来ず、彼女はほんの僅かだが体勢を崩し、行き足が止まった。
その僅かな硬直を逃すことなく、僕は彼女に向けて剣を振り下ろした。




