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第14話 やる気のない王子

 案の定と言うべきか、必然と言うべきか、言葉選びに迷う方が有意義だと思えるような無為な時間。


 やりたくもない舞踊ダンスの稽古だ。


 宮廷音楽家達が織り成す、多種多様な旋律が広間に響く。


 笛、太鼓、リュート、どれもこれもそれぞれに味があり、場に張りを持たせてくれるという点では申し分ない。


 実際、宴席ではこの手の音楽は付き物だ。


 特に集中して聞いているというわけではないが、人々の話声だけでは物足りぬ空間に、添えられる華とでも言えばいいのだろうか。


 ステップの音だけではなく、それに合わせた音楽があってこその舞踊だ。



(だが、本当に一切の乗り気がしないな)



 父から踊りの一つでも覚えておけと言われたが、はっきり言えばつまらない。


 何が楽しくて、奏でられる音楽に合わせてステップを踏まねばならないのか。


 いやまあ、これが伝統的な踊りだという事は分かる。


 音楽に合わせ、何より相手に合わせてステップを踏み、時に静かに足を運び、時に優雅に回転しては人々に見せつける。


 “二人は仲良し”とでも言いたげな、そんな雰囲気を、だ。


 しかし、分かる事と実践してみる事は同じではない。


 為政者として、伝統や格式に敬意を払うというのは分かる。


 維持可能な範囲において、そうした技能や伝統を維持し、後世に伝えていくのも、王としては当然の対応と言える。


 実際、この踊りも、ずっとずっと昔からの伝統的な踊りだそうだ。



(しかし、つまらない。その理由も分かっている)



 僕の目の前にいて、一緒に組んで踊っているのは、王宮に仕えている女官だ。


 顔は見知っているが、普段は別の仕事をしており、今日は僕の踊りの練習相手という事になっていた。


 背丈は小柄な方で、年齢も確か十二歳だか、十三歳だか、かなり若い。


 どこかの貴族のお嬢様だと聞いている。礼儀作法を学ぶため、比較的若い内に王宮へ出仕するのも珍しくはない。


 そんな少女と呼べるほどの若い女官が練習相手になっているのも、それこそ“予行演習”というわけだ。


 なにしろ、これから僕に嫁いでくるという隣国のお姫様は現在わずかに九歳。


 次の春に輿入れということだが、その時には十歳になっているとの事。



(だから、どうしたというのだ!? ああ、小さな姫君を見立てて、若い女官を練習台にあてがったんだろうが、だったらそれこそネイローザの方が適任だろ!?)



 そう思わざるを得ない。


 ネイローザは小柄で、本当に背丈が低い。


 宮中の武官、文官、あるいは女官、そうした宮仕え全員の中で、彼女が一番身長が低いのだ。


 武芸の腕前は近隣諸国に轟くほどの豪傑ではあるが、見た目は本当に“子供”。


 黒エルフ(ダークエルフ)特有の邪神の加護【欠損の対価コンチ・デ・ラチオーネ】。


 並外れた魔力を持って生まれてくるが、その代償を邪神に“生まれながらにして”捧げるのだと言う。


 エルフの中から時折産まれてくる、彼女のような黒エルフは何かしらの欠陥、欠損を持って生まれてくる。


 彼女の場合は“成長”が欠損していた。


 だからこそ、その見た目は子供のままだ。


 僕より頭二つ分は背が低い。


 今もまた、その小さな体を部屋の隅に控えさせ、ジッとこちらを見つめている。


 真面目な彼女は、ずっと僕に視線を向け、踊りの動きはどうか、そうしたものをしっかりと観察しているのだろう。


 僕の一挙手一投足を見逃すまいと、その金色の眼はこちらを捉えているのは、正直興奮する。


 いいぞ、もっと僕を見てくれ。



(どうせなら、君が舞踊の相手をしてくれたら良かったのに)



 これがつまらない理由だ。


 舞踊は面白くないが、君とならステップを踏みたいとは思う。


 そんな姿を想像しながら、クルクルとやる気のない円舞を君に見てもらう。



(見てもらいたいんじゃない。一緒に踊りたいんだ)



 だが、喉まで出かかっている言葉が、最後の最後で絞り出せない。


 理由は簡単だ。今こうして目の前にいる女官の顔に泥を塗る事になるからだ。


 僕は王子であるし、その程度の“わがまま”であれば、通す事も可能だろう。


 練習相手に君を指名する。本当にそうしたい。


 しかし、横暴で我がままな王子様、などという評価は避けねばならない。


 ましてや貴族のお嬢様であるならば、その実家筋が良い顔をするはずもない。


 実際、目の前の女官は練習相手に選ばれるだけあって、容姿はもちろんの事、踊りの腕前も中々のものだ。


 僕が武芸に打ち込んでいたように、彼女もまた宮中で数々の作法を学び、その中に伝統芸能としての舞踊も含まれていたのだろう。


 小柄な彼女の方が、僕よりも遥かに上手だ。



「嫁いでくる姫君に後れを取るなよ」



 父の言葉が脳裏にこびり付き、警鐘を鳴らしている。


 なるほど、確かに、こんな少女に僕が振り回されている様は、かなり格好が悪い。


 他国の姫であるならば、そうした話は、情報として国外に飛び出す事になる。


 陰ながら嘲られ、笑い話の種になる事だろう。


 相手に侮られる事ほど、王としての痛手はない。


 威信、威厳に傷が入る。



(ああ、もう、父はいつもそうだ! 僕をバカにしているようで、常に正論を吐き、国益を第一に考える! この舞踊にしても、その一環か!)



 常に国の事を考えているからこそ、利益になる事にはすぐに手を出し、逆に損になる事には事前に潰すか避けるようにする。


 国王としては、至極真っ当なのだ、父は。


 僕もそう割り切らねばならないと考えつつ、ネイローザと視線を交わす度に、そんな事はクソ食らえだと悪態付きたくなる。


 つまらない。本当につまらない。


 せめて君と踊ることはできないのだろうか。


 そんな事を考えながら、僕はやる気のないステップを踏み続ける。




           ~ 第15話に続く ~

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