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第1話 朝の目覚めは彼女の声と共に

「殿下、おはようございます! さあ、お稽古の時間ですよ!」



 僕の一日はほぼこの掛け声から始まる。


 朝日が昇り、夜の闇を払暁せしむるこの瞬間こそ、一日の始まりであり、晴れやかな空と共に気分も上がって来るもの。


 そして、寝ぼけ眼の僕を寝台から引っ張り出すのが、この国で、いや、この世界で最も美しい神の被造物の最高傑作だと思っている女性だ。


 彼女の名はネイローザと言う。


 『黒薔薇の剣姫』の二つ名で知られ、その武威は我が国のみならず、近隣諸国にも轟くほどに有名だ。


 “姫”が付いている事から女性である事はすぐに分かると思うが、そもそも人間ですらない。


 樹海に住まう妖精族“エルフ”、しかも稀に生まれてくるという肌の浅黒いエルフ、すなわち黒エルフ(ダークエルフ)と呼ばれるのが彼女だ。


 人間とさして変わらぬ外見をしているエルフ族だが、尖った耳が両者の差異を見せ付けている。


 目の前の麗しい剣姫もまた、その例に漏れず尖った耳を持っているのだ。


 長く癖のない銀色の髪は邪魔にならないように結い上げられ、金色の瞳はいつも僕の心を虜にする。


 浅黒い肌をしているのも特徴的だが、背丈も低く、少女と見紛う程の容姿もまた珍しい。


 そんな闊達な少女の姿をした“剣術師範”に叩き起こされるのが、僕の一日の始まりというわけだ。



「ああ、もう朝か。ん~、よし、今日こそは君から一本取ってやるからな!」



「その台詞を十年以上吐き続けて、達成された事はございましたかな?」



 意地悪な返しに、僕は思わず苦笑いをする。


 六歳の頃から彼女に剣の手解きを受けてはいるが、僕の剣が彼女に当たった事はない。と言うか、かすった事すらない。


 最初は僕の方が背丈は小さかったのに、年月の流れがその差を埋めるどころか、今では僕の方が遥かに長身だ。頭二つ分くらいは違う。


 エルフ族は人間よりも遥かに長命で、軽く十倍は長生きする。しかも、突然変異の黒エルフは寿命がないとさえ言われている。


 だからこそ、彼女の姿は僕が物心ついた時からその姿は変わっていない。


 聞いた話では、爺様の爺様の、そのまた爺様の代から王家に仕えているそうだ。


 僕も含めて、実に七代にわたって宮中にいた事になる。


 久遠の時を咲き続ける黒い薔薇、それが彼女だ。


 そんなわけで、今では僕の方が大きいのだが、剣の腕前は一向に縮まらない。


 もうすぐ十七歳にはなろうというのに、毎日彼女にしてやられている。


 だが、今日こそはと思って手早く着替える。


 年頃の少女(に見える女性)に見られながらの着替えともなると、なんとも言い表し難いこそばゆさを感じながら寝間着を脱ぎ捨てる。


 と言うか、ジッと見つめてくるネイローザの視線が本気でこそばゆい。



「殿下も良い体付きになってきましたね。程よく締まって、実に均整の取れた体格でございます」



「君にそう言われるのは嬉しいけど、僕より体格が二回りは小さい君の方が強いと言うのは釈然としないな~」



「まあ、これも【欠損の対価コンチ・デ・ラチオーネ】の影響でございますよ」



 そう言って、彼女は腕をパタパタさせながら軽く跳躍する。


 小さな体と軽やかさを強調するかのような仕草は、まるで小鳥のような愛らしさだ。


 エルフの生態についてはよく分からない点も多いが、彼女の言う“欠損”は黒エルフ特有のものらしい。


 普通のエルフは白磁のごとき白い肌と、金髪碧眼と相場が決まっている。


 しかし、黒エルフであるネイローザは浅黒い肌に、銀髪金眼と一目で分かるくらいの差異がある。


 そして、“欠損”とは邪神からの祝福なのだそうだ。


 その昔、まだ神々が地上にいた頃、光と闇の陣営に分かれ、相争ったと伝説には語られる。


 エルフ族もそれぞれの陣営に分かれて戦い、その内の闇の陣営に属したのが黒エルフだ。


 邪神の加護により、今のネイローザのような姿を得て、代わりに普通のエルフ族を遥かに凌駕する魔力を手にするに至ったが、そう都合の良い加護ではない。


 新たに産まれてくる黒エルフは、どこかが欠損して産まれてくる呪いも同時に内包していたのだ。


 ある者は目が見えず、ある者は片腕がない、と言う具合だ。膨大な魔力を得る代償が、そうした“欠損”なのだという。


 かつての戦争自体は光の陣営が勝利し、今日に至っている。敗れた黒エルフはそのことごとくをかつての同胞たるエルフ族に討滅されたが、ごく少数がその魔力に目を付けた同胞の奴隷として生き延びた。


 しかし、これが新たな悲劇の始まりだった。


 類似の種族が一緒に住むと言う事は、“交配”の可能性があると言う事だ。


 どこかでエルフと黒エルフが交わり、黒エルフの因子がエルフ族の中に入り込んでいった。


 結果、ごく稀に一部が先祖返りを起こして、普通のエルフの夫婦からも黒エルフが生まれてくることがあるそうだ。


 当初は新たな下僕が手に入った程度に考えられていた事象も、討滅された黒エルフの怨念が集約されていったのか、生まれてきた黒エルフはかつてのそれよりも遥かに強大な力を得ることになった。


 そして、生まれたのがかつての“魔王”だ。


 膨大な魔力に加えて、“心”が欠損していたため、世界中を恐怖のどん底に陥れたのだと、今なお伝えられている。


 遥か昔の話だ。しかし、今でも魔王が暴れていた時代から生きているエルフもなお存命であり、黒エルフは不吉の象徴として忌み嫌われている。


 結果、エルフの里では黒エルフが生まれると、すぐに捨てられるそうだ。


 目の前のネイローザも生まれてすぐに捨てられたそうなのだけど、運が良いのか悪いのか、人間の野盗に拾われ、育てられ、盗賊団の一員として暴れ回った。


 ちなみに、彼女の“欠損”は“成長”なのだそうだ。


 エルフは人間に比べて一回りくらい小柄で、種族単位で俊敏さに秀でており、体付きも華奢な場合が多い。


 しかし、ネイローザの場合は“成長”が欠損していたため、体格は極めて貧弱で、子供かと見紛う程に小柄だ。


 まあ、それを補って余りあるほどに魔力に秀でているため、戦闘中は肉体強化の術をかけて暴れているそうだ。



「被弾面積も小さい上に、俊敏に動けますから、矮躯も捨てたものでもありませんよ」



 などと冗談めかして言っていたが、実際その通りだと僕は思う。


 術で強化された腕力は、二回りは大きい僕のそれと大差なく、僕にはない俊敏さや小回りがある。


 そのため、ぜんぜん当たらないし、気が付いた時には斬られている有様。


 少女のごとき姿をしながら国一番の剣士と言うのも、納得の実力だ。


 そんな盗賊時代の彼女を爺様の爺様のそのまた爺様が討伐し、生け捕りにしたネイローザを慈悲の心を以て迎え入れ、以後王家に仕えていると言う話だ。


 これは目の前にいる当の本人から聞いた話で、間違いはない。


 こうして僕の剣術師範をしたり、あるいは護衛をしたりするのも、かつて受けた恩返しなのだと、思い出語りと共に何度も聞かされてきた。


 そんなご先祖には大いに感謝だ。


 なにしろ、世界で一番美しい黒い薔薇を、王宮に咲き誇らせるようにしてくれたのだから。



          ~ 第2話に続く ~

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[一言] 朝の一声 元気ハツラツ
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