勇者のオレ、女神の姐さんに魔王のタマ獲ってこいと言われた〜真の極道になるために鉄砲玉、やります〜前編
「女神の姐さんのために邪神のタマ、獲ります。」
男の決意。なぜこのセリフが吐かれたのか。その話をしよう───。
〜◆〜
「感動したよ……。」
美しい女はそう言った。和装に煙管を吹かして黒檀の机の向こう、革張りの椅子に座るその姿は、一見して極道の女だ。サブは直感的にそう思った。
サブはチンピラだ。今度のヤマを片付けたら正式に組員になれるはずだった。サブはそこから成り上がって真の極道になるのが夢だった。だが失敗した。それで親分に謝りに行ったはず───。なのに今、知らない部屋にいる。見た感じヤクザの部屋。内装はウチの組長室より豪華だ。サブは独り言のようにつぶやいた。
「オレは……生きてるのか?」
それを聞いた女は少し大きめの声でこう言った。
「ウチは転生の女神。お兄さんは異世界転生したんだよ。」
〜◆〜
サブは盗んだ原チャリを組の敷地のすぐそこの歩道に乗り捨て、まずは謝罪のために親分の元へと急ぐ。クスリの取引で失敗したのだ。功を焦り、相手が詐欺師だと見抜けなかった。
ちょうど事務所の門から組長が何人かの組員と出てくるのが見えた。早く謝罪と報告しないと。詐欺師が高飛びする前に兵隊を揃え、チームを編成して捕獲しなければならない。
サブは組長の面前にたどり着いた。
「組長!」
「サブか。どうした?」
サブが口を開いた瞬間。
「死にさらせ!」
突然路地から現れたジャージ姿の男がこちらに向けて発砲した。
親分と銃口の射線上にサブはいた。銃弾がサブの身体に何発も吸い込まれる。
激しい痛み。サブは立っていられず親分に縋る。と、親分は重心を崩してしまいその場にへたりこんだ。しかしすぐに正気を取り戻し叫んだ。
「サブ!しっかりしろ!今医者を呼ぶ!」
親分はサブの肩を掴み強く揺さぶったが、サブの目は光を失っていた。
サブは、絶命した。
〜◆〜
「感動した。うん、感動したよ……。」
煙管を吹かして女神は言う。紫煙が立ち上る。
「命を賭して親分の弾除けになる。誰でも出来る事じゃないよ。」
「あ、あれは……。」
サブは真実を話そうとしたが恥が勝った。
「と、当然のことをしたまで……。」
煙管を灰皿に置いて女神は続けた。
「お兄さんを漢と見込んで……協力をお願いしたいんだ。もし協力してくれたら、元の世界に五体満足で返してやる。ウチの加護つきでね。そしたらお兄さんは元の世界で成功できるだけの力を手に入れるだろう。真の極道ってヤツになれる。」
サブは成功という言葉を聞いて感情が昂り即答する。
「オレはなんもかんも中途半端で死んじまった……。正直悔しい!オレは真の極道になりてえです!お願いします!」
女神は満足そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、サクッと魔王のタマとってきてくれや。」
「え?」
「ほいよっ!」
ドスが投げ渡される。初めてドスを持ったサブだったが、直感的に上物だと分かった。
「ウチの加護が施された聖なるドスだよ。お兄さん専用のね。他の人にはただのドスだから奪われても安心さね……。」
女神がそう告げた瞬間、サブの足元に魔法陣が現れた。
「え?なに?ちょ、待っ……」
「魔王のタマとれるまで帰らんくていい。」
「ええ!?」
「じゃ、気張ってちょうだい。」
眩い光に視界が包まれたかと思うと、次の瞬間には薄暗いだだっ広い建物の中にサブはいた。
眼前には豪奢な階段。その先に圧力を感じさせる大きな扉があった。
「ここ多分魔王の城かなんかだな……。お、終わったんじゃねえか?オレの第二の人生……。」
サブは悲嘆にくれていたが、背後に気配を感じて振り向くと、ひとりの少女が笑顔で立っている。
「お待ちしてました!勇者様!」
「え?」
「女神様からここに転送されてくる者を待て。それ即ち勇者と仰せつかっております!」
「え??」
「さあ魔王討伐に参りましょう!」
「え???」
間髪入れず少女が呪文を唱えると、魔法陣が2人の足元に現れる。(またー?)とサブが思った瞬間、体が持ち上がるほどの疾風が起こり、魔王の玉座へ続くであろう扉をぶち破って突入する。
サブは事態が上手く飲み込めず混乱しながらも覚悟を決めた。
「よおおおおし!!!やるしかねえええ!!!」
バコン!と扉を突き破るとそこにはおびただしいほどの魔物がいたがサブはひときわ大きな魔王であろう異形を視界に捉え、ドスを腰だめに構える。
バキン!
不可視のバリアが展開しサブと少女の突入を阻む。疾風の魔法は弾き返され少女は高く宙を舞う。
しかしサブは本能的にドスでバリアを引き裂きそのまま玉座へ高速で落下し魔王の胸に刃を突き立てた。
〜◆〜
魔王城が見える丘の上に人影ひとつ。それは屈強な銀色の狼男だった。シンプルな装備をしている。
魔王城を包む闇の結界が発する瘴気が消えたのを感知した狼男が少し前に出た瞬間、魔王城から上空へ激しい光の柱が噴出した。
「ついに来たか……。」
狼男が呟くと、光の柱は勢いを失い、消失する。狼男は聖なる光を身に纏い魔王城へと飛翔した。
燃え盛る魔王城。最後の魔力を解放し半人半龍の姿に変化した魔王。その亡骸の傍ら、サブは天井に空いた大穴から夜空を見上げる
「終わったのか……?」
パチパチと火の粉がたてる音で時間が流れていることはわかるが、まるで現実感がない。転生してまだ10分ほどだ。本当に世界は救われたのか?
すると天から一筋の光が天井の大穴へ降りてきた。光は実体を結び、銀色の毛並みの狼男が現れた。
「ニュルクと申します。女神様の命でお迎えに上がりました。」
「えらい気が利く女神様だ。」
ニュルクの言葉で現実感を取り戻しはじめたサブは皮肉を言う余裕も出てきていた。
「ニュルクさん、オレの仕事はここまでかい?」
「はい。あとの事は女神様とお話を。」
「おう。じゃあ帰ろうか。」
サブがニュルクに近寄ろうと一歩踏み出した瞬間。
「勇者ァ!!!!!」
夜空全てが鳴り響くような声が頭上から降りかかる。
「貴様ァ!我輩の魔王をよくも殺してくれたな!!!!!」
サブは突然の事態に混乱して銀色の狼男に目を向けると、彼は天を睨みながら言った。
「邪神です……。」
サブは混乱しつつも、事態が悪化していることを悟る。表情を険しくしながらニュルクは早口でサブに告げる。
「ここはお任せ下さい。女神様がお待ちです……。」
その言葉が終わる前にサブの視界は眩い光に満たされ、グンッと全身が強く上に引っ張られる。真っ白な光以外は何も見えないが、高速で自分が移動しているのがわかる。
「ニュルクさん……!」
〜◆〜
浮遊感が徐々に失われてゆき、下に重力を感じたところで視界が開くと、そこは女神の間だった。
「……ッ!」
サブは黒檀の机に詰め寄る。
「ニュルクさんは!?……あ!あの娘っ子は!?」
女神はゆっくりと煙管を吸い、煙を吐いてから物憂げに言った。
「死んだ。2人とも。」
「!?」
サブは事態が飲み込めない。
「魔王のタマはとりました!それでおしまいじゃないんですか!?」
女神は煙管を置き、腕組みをしてサブに真っ直ぐ向き直る。
「そのはずだった。」
サブの怪訝そうな顔を正面から見据えて女神は続ける。
「魔王の目的は世界征服では無く、世界崩壊。それが見抜けんかった。そのせいで邪神を顕現させてしまった。」
革張りの椅子を引いて女神は立ち上がり、サブに頭を下げた。
「すまん、ウチが全部悪い。」
女神は事の顛末を話した。
魔王は邪神召喚の儀式をするために準備をしていたこと。それは世界征服のために邪神の力を利用しようとしているのだと思われていたこと。
だが実際は魔王は世界を崩壊させるために邪神を召喚しようとしていたと推察できること。事前の調査ではまだ資格を満たした生贄を魔王は用意できてないと結論づけられていたこと。
しかし魔王が土壇場で自身を生贄にして邪神を召喚する儀式をし、誰もコントロールするものがいないまま邪神が世界に放たれたこと……。要するに、サブが魔王を殺したから邪神が現れたのだ。
女神は右側の扉を指さす。
「あそこから元の世界に帰れる。」
サブは扉を見つめる。
「お兄さん、ごめんね。」
再び女神は頭を下げた。険しい表情のまま、サブは扉へ向かう。
「……寝覚めが悪ぃ。」
サブは扉の前で立ち止まった。
「女神さん、オレは魔王のタマを獲りました……。」
サブは振り向いて女神を見る。背筋を伸ばした女神がこちらを真っ直ぐ見ている。
「……てことは、オレはこのまま元の世界に戻ったらきっと、真の極道になれます。」
女神の元へ歩きながらサブは続ける。
「だがこの世界はこのままだと邪神に崩壊させられちまう。こんな時、真の漢だったらどうするか……。答えは決まってます。」
ダンッ!とサブが両掌を黒檀の机に叩きつける。
「姐さん、オレに任せてください。悪いようにはしねえ。」
女神は驚き両目を丸めたが、すぐに満面の笑みに変わる。サブも昏い微笑みをたたえて言った。
「女神の姐さんのために邪神のタマ、獲ります。」
こうして真の極道、この世界で言うところの"勇者"の闘いは始まった。