肉のアイドル
これは僕がお肉に恋をする、そんな意味不明な日常が始まる物語。
「お肉に恋をする」
そんなバカみたいな話があるわけがない。
...そう思っていた時期が、僕にもあった。いや、我ながら変な話だと思う。もし自分の友達が「おれ、ハラミちゃんが推しなんだよね」とか言ってきたら、かける言葉が見つからない。君なら、なんて声をかける...?
ちなみに俺は『ツラミちゃん』が大好きだ。
ミート・イズ・マイン。それが彼女らアイドルグループの名前。肉の部位を擬人化したアイドルユニットである。特に人気なのはハツ、ミノ、タン、バラ、モモ、肩の6人。6人合わせて、V6(部位シックス)と言われて、ネット上ではかなりファンが多い。特に一番人気のモモちゃんは、Twitterのフォロワーが100万人。TikTokで踊ってみたを投稿すれば、アベレージで300万再生はされる。最近はYouTubeも始めて、初投稿の「焼肉いってみた」はすでに50万再生を叩き出し、チャンネル登録者が3日で29万人を達成したので、近々、チャンネル登録にく(29)達成記念の生配信をするらしい。...不思議な世界だよな、うん。
ミート・イズ・マインは、どんどんメンバーが増えていき、今はトータルで18人。人気VTuberグループのホロライブみたいに、1期生、2期生・・・、みたいにどんどん増えている。僕が大好きなツラミちゃんは、3期生のメンバーだ。ちなみに先ほど話に出てきたV6のメンバーが1期生にあたる。
簡単にミート・イズ・マインのメンバーを一覧にすると、
1期生:ハツ、ミノ、タン、バラ、モモ、肩
2期生:ハラミ、ロース、カルビ、ランプ、イチボ、テール
3期生:ツラミ、ホルモン、センマイ、レバー、ギアラ、ササミ
こんな感じ。
この中でも、ツラミちゃんは異色の雰囲気を放つ。小柄で可愛らしい見た目なのは、もはや言うまでもないが、特に声が可愛すぎる。リアクションも高めで、見ているだけで仕事の疲れが癒されていくのがわかる。しかもツラミちゃんは日本人ではない。カタコトの日本語ではあるが、必死に喋ってリアクションして、僕たちを笑わせてくれる。最近覚えた日本語は「ずんだ」。宮城県名産のずんだ餅が気に入って、覚えたらしい。...今度、宮城に旅行でも行こうかな笑。とりあえず僕が大好きなツラミちゃん。イメージできない人はYouTubeで「ホロライブ がうる・ぐら」で検索してみてほしい。この人にすごく似ている。
ちなみに僕はもともと、アイドルには全く興味がなかった人間だ。いや、今でもその本質は変わらないかもしれない。僕は他人に興味がない。興味があるフリをするのは得意だけど笑。
中学生の頃、オタクという言葉に過剰に反応する陽キャ男子は必ず1人はいた。休み時間に1人で絵を描いている女の子がいたら、「あいつオタクらしいぜ。根暗だし・・・」みたいな噂話が勝手に広がっていく。最近だとLGBTQという言葉が出てきて、皆が多様性、多様性と言い始めた。ついには国が「多様性を重んじなければならない!」みたいな話になって、LGBT法案まで出てきて・・・。正直、どうでもいい。
どんなことであれ、自分の好きなものがあるって素敵なことだと思う。自分の好きなものに熱中できたら最高だし、人生も楽しいだろうなと思う。それを第三者がその領域に勝手に入ってきて、「わかる、それ面白いよね」って言ってくるやつは嫌いだ。勝手に入ってきて、勝手に共感する。自己満にも程がある。いや待てよ?、「他人の趣味に共感することが趣味」という特殊な人という可能性もあるのか...。ふむ、難しい問題だ。
まぁ、僕は何も干渉もしないし、干渉されたくもない、そんな人間。休み時間に絵を描く女の子が、からかわれているのを見て、「絵描けるのすごいなー、おれエジプトの壁画みたいな絵しか描けないもんな」と、少し達観しながらスルーするような中学生だった。クラスの陽キャにも、陰キャにも属さない中立タイプの人間。それが僕。
推しって言葉があるけど、今でもあまり理解していない。もちろん、映画やドラマ、アニメをみて感動することはあるし、ドラゴンボールを見た後は「おれも舞空術が使えるかもしれないっ!」と思えるぐらいには感情移入はできる。でも推しって表現は複雑すぎる。神推し、単推し、最推し・・・、なるほど、よくわからん。
こんな風に思っている僕の方が変なんだろうか?。もしかしたら、自分の気づいていない感情が欠落してる可能性もあるかもしれない。いや、その可能性は考えたくない。
そんな僕が、まさかアイドルにハマると思ってもなかった。そんなことを思いながら、スタッフに手渡された整理券をズボンのポケットにいれ、行列の最後尾に並ぶ。慣れない東京の地で、幹線道路沿いを少し南に入ったところにある建物の前で待つ。その光景はまるでUSJのフライングダイナソーを待ってるかのようだ。1つ違うところがあるとすれば、行列は住宅街の中にあり、周りの光景とのミスマッチ感が半端ではないことだろう。そう、今日はツラミちゃんの誕生日イベントの日。いつも画面越しでしか見られないツラミちゃんがこの建物の中にいる。なおかつイベント後にはチェキ会もセットになっている。想像するだけで緊張して、手汗が止まらない。1年前の僕が見たら、きっと鼻で笑われる気しかしない。
そして待つこと、30分。ようやく列が動き出し、僕はイベント会場に足を踏み入れた。これまでアーティストのライブに参戦したことはあったが、まるで雰囲気が違う。会場は少し広めな結婚式場のようなホール。そこにパイプ椅子が所狭しと並べられている。最前列には『株主様』と書かれたエリアがある。おそらく上位のファンクラブ会員のことを指しているのだろうが、まさかのネーミングセンスに少し笑ってしまった。
僕の整理券番号は1130。もう一つ前の番号なら「いいにく(1129)」だったな、と思いながら自分の席に座る。あ、ちなみに僕は1人で来ている。ツラミちゃんを見てニヤニヤしている姿を友達に見られたくない。僕は干渉されたくない人間だ。だからあえて、1人でイベントに来た。まぁ周りはカップルや二人組が大半だ。ツラミちゃんはその独特な雰囲気と、日本アイドルユニットなのに、日本人じゃないという所から女の子からの人気も高い。だから自然とカップルでくる人は多いようだ。まぁ、これは僕の推理にすぎないけど。
携帯をいじるフリをしながら、周りの人間観察をしていると、僕の隣に1人の女性が座った。そう、いいにく(1129番)の席だ。しかもこの会場には珍しい1人客のようだった。
会場の中は熱気に包まれていて、文字通り少し暑かった。だからだと思うが、その女性は首にタオルを巻いていた。そして僕はそのタオルに見覚えがあった。
【タレまみれナイト】
これは僕がツラミちゃんを知るきっかけになった、日本放送で一時期やっていたラジオ番組の名前だ。オールナイトニッポンの雰囲気をもじって、タレまみれナイト。毎週金曜日の23:00から1時間やっていたツラミちゃんがメインのラジオ番組。その放送終了記念で限定販売されたタオル。それが【タレまみれナイト】と印字されたタオルだ。
実は僕もそのタオルを持っている。というか、すでに首に巻いている。...なんか気まずい。
イベントさえ始まってしまえば、照明も暗くなるし、隣なんて見ないだろう。だから早くイベント始まってくれ...!!。そう心で強く願った。しかし、こういう時ってだいたい逆のことが起こるもの。
「あれ?もしかして同じタオルじゃないですか?」
隣から聞こえる、どこか懐かしい雰囲気の声。恐る恐る、右隣に目線を向けると、黒髪のショートヘアをしたくっきり二重の女性の姿があった。そしてほのかに、スミレの香りがした....気がした。
これは僕がお肉に恋をする、そんな意味不明な日常が始まる物語。
人生で始めて自分で物語を書きました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。