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3.「離婚しましょう」(1)

 乃彩は大胆なことを口走ってしまったという自覚はあった。

 だが、あの呪いを目にしたとき、すぐさま解呪しなければという気持ちに襲われた。黒い霧のようなものが遼真の身体全体を覆っていたのだ。本人はケロリとしていたが、霊力の弱い者であれば、寝込んでしまってもおかしくないような力である。


 あのまま放っておけば呪いに侵されて死ぬのがわかっていた。無視して通り過ぎればよかったのに、なぜか彼に向かって「結婚してください」と口走ったのは、頭の中でごちゃごちゃと考えすぎた結果なのかもしれない。


 彼に「屋敷に来るか」と言われ、迷うことなく肯定の返事をした。


 車に乗せられて連れていかれた先は、睦月公爵邸。無機質で近代的な卯月公爵邸とは異なり、古き趣を感じる建物であった。左右対称の構造となっており、白漆喰の壁に赤い屋根瓦がかわいらしい。玄関には採光用の窓がとりつけられていて、室内には太陽の光が十分に入り込む。


 部屋は和室と洋間が混在していた。乃彩が通されたのは、一階の日当たりのよい洋室である。

 その場でいろいろと事情を話すと、彼も笑いながら納得してくれた。ほっと胸をなでおろしたものの、解呪の条件を満たすためには、乃彩の両親が障害となる。


 しかし、家族は誰も口にしなかったが、乃彩は十八歳になったばかり。成人の仲間入りをした。となれば、もう好き勝手に結婚できる年齢でもあるのだ。

 親のいいなりで、愛のない結婚を、金のための結婚を繰り返してきたが、今度こそは愛する人と添い遂げられる年齢になった。


 そう思っていた矢先に出会ったのが、遼真だった。


 いろいろと話をして落ち着いたのか、これではあの親とやっていることは同じではないかと思い始めた。反省して遼真に「やっぱり結婚はなかったことにしませんか?」と伝えたところ「お前は、俺に死ねと言っているのか?」と切り返されたのが今のこと。乃彩が婚姻届けに自分の名を書こうとしたところで、ペンを止めたとき。


「……ですが、遼真様には婚約者がいらっしゃるのでは? もしくは心に決められた方とか」

「いない。いたら見合いなんてしない。むしろ、したくもないのにさせられる。会っても結婚するつもりもないのに、会うだけ会うだけと周囲がうるさいんだ。お前が罪悪感を持つのであれば、俺もお前を利用していると思えばいい。女除けと解呪のため」


 口調は乱暴なのに、その言葉の節々に優しさが隠れているような気がした。

 あの両親は優しく声をかけるものの、心が伴っていない。だけど遼真は言葉に棘があるのに、心を感じるのだ。両親とは真逆の彼。


「わかりました。では、わたしも割り切ります。もちろん、一億円を請求したりはしませんので。ご不安でしたら誓約書も書かせていただきます」

「はは、俺の妻は面白い人間だ」


 遼真の手が腰に回され、顔が頬に近づく。


「まだ妻ではありません」


 ピシャリと彼の手を叩くと「俺の妻は照れ屋のようだ」と言って、手を離す。

 その様子を見ていた啓介は、やれやれといった様子で肩をすくめていたことから、いつもこの調子なのだろう。


「よし、書けたな。では、これを出しにいくぞ」

「今からですか?」

「ああ。婚姻届けは二十四時間受け付けているし、何も、そんなに遅い時間ではないだろう?」


 日の入りの時間ではあるが、お役所などは窓口がしまっている時間でもある。


「善は急げ。お前の両親に気づかれる前に動いたほうがいいだろう」


 遼真の指摘はもっともである。門限は七時。それまでに戻らねば、親から連絡がくる。その前に先手を打ちたかった。


「わかりました。では、いきましょう」

「やはり、こういうのは夫婦二人揃っていくものだろ?」

「ですから、まだ夫婦ではありません。それに、遼真様の解呪が終わりましたら離婚しましょう。今までもそうしてきましたので。あ、ついでに離婚届ももらってきたほうがよいかもしれませんね」


 はっきりとした口調で乃彩が言うと、遼真はにやりと口元を歪める。


「残念ながら、俺はお前を手放す気はないよ」

「なっ……」

「お二人とも、仲がよろしいことで喜ばしいのですが。早くいきましょう」

 啓介が間に入ってくれなかったら、遼真とのやりとりがいつまでも終わらなかったかもしれない。





 婚姻届けを出し終えた二人は、卯月公爵邸を訪れていた。乃彩にとっては普段通り、家に帰るといったほうが正しいだろう。

 だが、今は違う。

 通された客室で、テーブルを挟んで両親と対峙している。


「睦月公爵が約束もなしにこのような時間に我が家を訪れるとは、いったいどのようなご用件でしょうか?」

「突然押しかけて申し訳ありません。このたびは結婚の報告をと思いまして」


 琳のこめかみがひくりと動いた。遼真が結婚の報告で屋敷を訪れ、その彼の隣に乃彩がいるのだ。


「乃彩さんと結婚いたしました。今後とも、よきご関係を築けるよう、ご挨拶に伺った次第です」

「乃彩。いったいこれはどういうこと?」


 腕を組みながら、彩音が冷たく言い放つ。


「今の言葉の通りです。このたび、睦月公爵家当主、睦月遼真様と結婚いたしました」

「私たちは同意しておりませんよ?」


 仮面のような笑顔を張り付かせる琳の口調は、いつもとかわらず穏やかだった。


「お父様、お母様。お忘れかもしれませんが、わたしも十八になりました。ですから、好きな方と結婚できる年になったのです」

「好きな人……あなた、もしかして睦月家の当主を好いているとでも言うの?」


 彩音の言葉に乃彩は身体をピクっと震わせた。それでもまっすぐに目の前の二人を見つめる。


「……はい。わたしは、遼真様をお慕いしております。今までは、解呪や治癒のための結婚でしたが、一度くらい、好きな方と結婚したいのです」

「乃彩……あなたの力は『家族』にしか使えないのですよ? 言い換えれば『家族』であれば使えるのです。睦月公爵家の当主を『家族』と認めるのですか?」


 琳の言葉には、ところどころ怒気が含まれていた。


「はい。遼真様はわたしの夫であり、わたしの家族です」


 バンと、琳がテーブルを叩きつける。顔には笑顔の仮面をつけているものの、テーブルの上の拳はふるふると震えていた。


「乃彩。これだけは覚えておきなさい。私たちは愛などで結婚できるような立場にないのです。結婚は家のため。わかりましたか?」


 ふん、と遼真が鼻で笑う。


「わかりました。そちらがそうおっしゃるのなら。卯月家が睦月家と手を結ぶ。そう考えれば、お互いにメリットがあるのでは? 俺だって妻の家族をどうこうしようとするわけではありませんからね。ですが、この結婚を認めてもらえないのであれば、こちらにも考えがあるということです」


 遼真は黙って席を立つと、乃彩に「帰るぞ」と促す。乃彩も慌てて立ち上がり「お世話になりました」と両親に頭を下げた。


「乃彩。睦月の家に行くのか?」


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