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2.「逆プロポーズも悪くない」(2)

 遼真の声が冷ややかになるのも仕方ない。ただでさえ、厄介な呪いであるため、少しでも情報は欲しい。


「この呪いは、遼真様の霊力と生命力を徐々に奪っていきます」


 呪いは肉体を傷つける行為と併用されるのが多い。怪我をした場所から妖力が体内へと入り込み、その妖力を全身へと送り込む。妖力によって体内が侵される現象が呪いなのだ。


「まあ、呪いだからそうなるだろう。だが、俺は怪我をしていないし何も心配ない」

「いえ……遼真様は、あと一か月の命です」


 ガタッと車は急ブレーキで止まった。


「おい、啓介。何をやっている」

「申し訳ありません。目の前を猫が横切ったもので」


 その言葉の真偽を問い質すのはやめておこう。それよりも、乃彩の言葉のほうが気になる。


「……どういうことだ?」

「もし、わたしの言葉が信じられないのであれば、睦月の分家には呪いに詳しい家があったはずです。確か……冬月家? そちらの方にも視ていただいたほうがよろしいかと」


 その息子なら目の前で車を運転している。だが啓介は遼真の呪いは知っているものの、それを解呪できる霊力など持ち合わせていないし、その命が一か月以内であるとも言っていない。


「ああ、わかった。すぐに冬月に視てもらう」


 けして乃彩の言葉を信じなかったわけではない。ただ、信じられないという気持ちが働いたのだ。

 屋敷に着くと、すぐさま啓介の父親を呼んだ。

 応接室で彼の到着を待ちながら、乃彩の話を聞く。


「つまり、お前が俺に求婚したのは『家族』になる必要があるからだと?」

「……はい。遼真様の呪いをわたしが祓うためには、遼真様と家族にならなければなりません。わたしの力は、家族にしか使えないので」


 そこで遼真は腑に落ちた。ちらほらと聞こえてきた卯月家の娘の話。そして、報酬の件。今の乃彩の話を聞けば、つながるものがある。


「もしかしてお前。今までも()()()()()解呪やら治癒やらをしてきたのか? その、術師たちに」

「はい」


 乃彩はしっかりと頷いた。

 そこへ、ドタドタと足音を立てて白衣姿の冬月がやってくる。彼は呪術医である。


「遼真様。いったいどのようなご用件で? 今日はお見合いだったはずでは?」


 きょとんとした顔で、冬月はずれ落ちた眼鏡を押し上げる。


「冬月。俺にかけられている呪いを視てくれ」


 彼は驚いたように息子の啓介に視線を向け、厳しく問いただす。


「啓介。遼真様の呪いとはいったい、なんなんだ?」

「冬月。そう声を荒らげるものではない。お前に黙っておけと言ったのは、俺だから」


 父親と遼真に挟まれた啓介は居たたまれないのか、身体を小さくしている。


「ですがね。なんのために啓介を遼真様のお側においているのか、お考えください。遼真様のことを逐一、私に告げ口するためですよ」


 冬月は遼真の手をとり、目を閉じて何やら呟く。しばらくの間そうしてから、かっと目を見開いた。

 言いにくそうに、不自然に身体を動かしている。


「どうだ? 俺の命はあと一か月か?」

「ご存知だったのですか? この呪い……鬼の妖力? とてつもなく強い力を感じます。早く解呪をしなければ、遼真様の命はあと一か月で妖力に呑み込まれます」

「なるほど。では、解呪師を手配しよう。お前が知っているもっとも腕のいい解呪師をここに呼んでくれ」


 冬月は黙ったままで、何も言わない。困っているようにも見えるし、悩んでいるようにも見える。


「私が知る限り、この呪いを解呪できるのは卯月公爵家くらいでしょう」

「なら、問題ない」


 遼真がさらりと答えると、冬月は眉間に力をこめて深くしわを刻む。


「卯月の娘ならそこにいる」


 その言葉に合わせて乃彩は深く頭を下げると、黒い髪も一緒に揺れ動く。一つ一つの所作が整っており、つい目を奪われる。


「もしかして、遼真様のお見合いの相手……は、分家の侯爵家だったはず……。え? お見合い、すっぽかして、女子高生と逢引ですか?」


 親も親なら子も子であり、遼真にこのような口をきけるのも冬月親子くらいしかいない。


「ちがう。いいから黙って聞け」


 遼真は乃彩から聞いた話を、要点だけおさえて冬月に伝える。

 その結果、彼は眼鏡を外して目頭を押さえていた。


「なんて、むごい……乃彩様の力を金のために利用していたと……それでも彼らは乃彩様の親ですか! それでは、毒親じゃないですか」


 冬月の悲痛な叫びに、乃彩は少しだけ眉尻を下げる。冬月には啓介という息子がいるからこそ、親としての痛みがあるのかもしれない。


「……だから、俺は彼女と結婚しようと思う」


 遼真の言葉に冬月も啓介も目と口を大きく開けるが、乃彩だけはやわらかく微笑んでいる。その間も、遼真の手を握っていた。


「ですが、乃彩様は未成年では? いくら術師華族であっても、未成年の結婚には親の同意が必要なはず。乃彩様と遼真様の婚姻では、あの親が許さないのではないですか? もしくは一億とかふっかけそうですよね」


 ははっと冬月は笑うが、その言葉が真実味を帯びているのが怖い。そもそも四大公爵の関係は仲良しこよしというものではない。互いに互いを見張るような、それで釣り合いがとれている関係なのだ。


「わたし、十八歳になりました。ですから、わたしの意思で結婚できます。もう、あの人たちの許しなどいらないのです」


 乃彩は生徒手帳を制服から取り出し、遼真に手渡す。そこには彼女の誕生日が書かれており、その日付は昨日だった。

 彼女が涙を見せたわけではない。それでも、彼女が泣いているような気がした。


「逆プロポーズも悪くないな。よし、結婚するぞ。啓介、今すぐに準備してくれ。冬月は自分の仕事に戻っていい」

「仕事に戻っていいって。この状況で戻れるわけがないでしょう? 啓介は急いで乃彩様の部屋の準備を。他の使用人たちにも声をかけて。私は婚姻手続きの書類関係を準備します」


 慌てて彼らが部屋を出ていくが、乃彩は少しだけ身体を震えさせながら、遼真の手をしっかりと握っていた。


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