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1.「わたしと結婚してください」(3)

 くすくすと漏れ出る笑い声。その笑い声の中心には、茉依の姿があった。それを見て見ぬふりをして、席につく。

 自分の机にあからさまな嫌がらせをされていないことだけを確認して、鞄を机にかけた。


 でもあと半年。半年すればこの学校から解放される。両親は乃彩を大学へと進学させたがっているが、乃彩としてはまだ何も考えていない。そのまま、両親の望むまま大学へ進もうとしていたが、最近ではその気持ちすらぽっきりと折れ始めている。

 両親は乃彩を術師としてではなく、我が子としてでもなく、ただの金のなる木とでも思っているのだ。


 彼らは乃彩に誕生日がきたことさえ、覚えていない。

 チャイムが鳴って、教師が教室にやって来た。

 授業の合間は平穏な時間が過ぎる。問題はそれとそれの間の時間。あとは、学校が終わってからで。


「の~あちゃん。俺と、結婚しよ?」


 昇降口でそう声をかけてきたのは、睦月公爵家分家の男であり、同じクラスで同級生でもある。


「のあちゃんさ。高等部卒業したらどうするの? 結婚しないの? 婚約者もいないでしょ? 俺なんかどう?」


 術師としては下の上といったところだろう。彼の父親の爵位は子爵だったはず。となれば両親が許すはずがない。


「わたしを誰だと思っているの? あなたのような霊力の乏しい術者が軽々しく声をかけていいとでも? あまりにも()()()がすぎるようなら、睦月公爵家に抗議をいれますけれど、いかがいたしましょう?」


 どうせ嫌われているのだ。これ以上嫌われようが、どうだっていい。

 それを実感し始めたのは、高等部に入ってから。

 それでも卯月公爵家という後ろ盾があって、こんなあからさまに声をかけてくる者はいなかった。

 状況がかわっているのかもしれない。考えられるのは、四大公爵家の力関係である。


「ちっ、このビッチが調子にのりやがって」


 どうやら朝に聞こえてきたビッチという言葉を使ったのは、彼のようだ。その言葉さえ口にすれば、乃彩が傷つくとでも思っているのだろうか。


「調子にのっているのはどちらかしら? 茉依に何を吹き込まれたのか知りませんが、わたしの能力を利用したのは茉依のほうよ。それにあなたが同じような目にあったとしても、わたしの能力は絶対にあなたには使わない。それだけは、覚えておいてくださいね」


 トントンとつま先を鳴らしてから、乃彩は歩き出す。弱みを見せてはならないと、両親はきつく乃彩に言っていた。

 最近は、迎えの車を断っていた。一人で歩いて帰りたかったからだ。この時間だけが、他人の目から解放される時間だと思っている。


 昇降口を出た瞬間、空の青さに目を細くする。この瞬間が、一番好きだった。空は二度と同じ顔を見せない。明日はどんな空になるだろうと、そう考えながら帰路につく。

 乃彩の能力に目覚めたのは、十歳のときだった。そのころはまだ祖父母も健在であり、琳も術師として鬼や屍鬼の討伐に駆り出されていた。


 ある日、琳が大きな怪我をして呪術医院へと運ばれた。もちろん、討伐中に負った怪我である。術師が怪我をした場合、その怪我には鬼の妖力が練り込まれている場合がある。その妖力を取り除く必要があるため、普通の病院ではなく呪術医院での治療が必要となる。

 この妖力が強かった場合、心身共に蝕んでいき、それが呪いとなる。

 乃彩が琳の入院する呪術医院に呼び出されたのは、吐く息も白くなる凍り付くような早朝だった。琳が生死の境目をさまよっていた。

 真っ白い病室でベッドに横たわる琳は、たくさんの管に繋がれていた。


『お父さん……』


 ひんやりとする手を握って、乃彩は父親を想った。


『お父さん、死なないで!』


 握られた手が光った。祖父母も驚き、彩音は目をしっかりと見開き、幼い弟妹は母親の足にひしっとくっついていた。


『お父さん?』


 開けられることのなかった琳の瞼が、ゆっくりと開いた。


『おはようございます。今日はみんな集まって、何かのお祝いごとですか?』


 そんなのんきな言葉を発して、悲しみに暮れていた家族の涙を引っ込ませた。

 だが、乃彩の祖父母はそのときに乃彩の能力に気がついた。琳の退院とともに、乃彩は呪術師協会の本部へと連れていかれた。

 術師協会とは四大公爵の当主たちを頂点とし、術師界の秩序と統一を図る組織であり、術師華族たちは必ずこの協会に属している。


 そこで乃彩に治癒と解呪の能力があり、霊力が他の術師よりも高いことが認められた。

 しかし、その能力が家族以外の者に使えないとわかったのも、それからすぐだった。だから、乃彩は『家族』のために能力を使った。

 それが変わったのは、祖父母が屍鬼によって命を奪われてから。琳が卯月公爵家の当主となってから。さらに乃彩が十六歳の誕生日を迎え、結婚ができるようになってから。

 変化点は一気に訪れたのだ――


 そんなことを考えながら、背筋を伸ばして歩いていると、すれ違った男性におもわず目を奪われた。

 太陽の下で輝く髪は、少し色素が薄いのか、金色にも見える。すっきりとした鼻梁に力強い茶色の瞳。彼とすれ違う女性は、思わず振り返るような目立つ容姿。

 しかし乃彩が彼に目を奪われたのは、別の理由がある。カツカツと速足で彼に追いつき、その手首を掴む。


「あの……」


 突然現れた制服姿の女子高生に、彼も驚きを隠せないのか目を見開いた。


「わたしと結婚してください」


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