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4匹目 ^•ω•^^•ω•^^•ω•^^•ω•^「おわりだよー」

 そうなのです。

 こたびの婚約破棄騒ぎで気づいてしまいました。


 ……私、殿下と猫なら、きっと猫の方を取ってしまいますわ。


 仮に私たちが無事に結婚を果たし、王宮でともに生活するようになったとします。ユーキス殿下のニセ猫アレルギーは私がいない寂しさからくる心因性のものなので、いずれ寛解の目を見るかと思います。


 問題はその先です。たとえば団欒を楽しんでいる際に賊徒に襲われたとしましょう。そしたら私きっと、ユーキス殿下が賊徒にやっつけられている間に、大切な寵猫たちを逃がそうとしてしまいますわ。


 厄介なことに、揺るがぬ確信でした。これでは王太子妃の務めを果たしたとはとても言えません。本来ならこの身を挺してでも、いずれは王国の長たるユーキス殿下お守りすることこそ、正しき王太子妃の姿だからです。


「…………」


 では、その旨を正直に伝えて婚約を破談にすべきでしょうか?


 これも素直に肯定できない選択です。というのも、私別にユーキス殿下のことをきらっているわけじゃないので。


 賊徒に襲われた際、猫の方を守ってしまうというふわふわした理由だけで婚約を破談にし、かねてからの婚約相手であるユーキス殿下をぽっと出の泥棒猫さんにでも取られたとなれば、一族の恥さらしとして親類縁者からの叱責がすさまじいものになってしまうでしょう。


 しち面倒くさい、が始まってしまうのです。


 それにソプラノお姉さまのこともあります。


 ソプラノお姉さまは、義妹である私を信頼してこの場を預けてくださりました。私が王太子妃としていずれ表舞台に立つことを、誰よりも待ち望んでくださっているはずなのです。


 みんなの想いに応えるために、私はどうすれば――。


「そ、そんなに熱く見つめられたら照れるんだけど……」


 おっと、ことの張本人のことを失念していましたね。

 私は赤面される殿下から視線を外して、はふうと溜息を吐きます。


「……申し訳ありません。別な考えごとをしていたもので」

「ああ、そっか。誕生日も近いもんな」


 誕生日?


「え? 間違ってないよね? だって来月は君の誕生日じゃないか」

「そうですけど、なにが『無理もない』ですの?」


 さっきの今で気まずい様子が抜けきっていないユーキス殿下は、どこかバツが悪そうな感じで答えられました。


「君の実家の……ほら、寵猫だよ。たしか残りの1匹を1年以内に見つけないといけないんだろ?」


 この瞬間、私の脳裏に天啓とも申すべき閃きが生まれました。

 そうです……その手が残っていました!


「ユーキス殿下、少しの間動かないでくださいまし」


 言うが早いが、私はその場で背伸びをし、ユーキス殿下のお顔をムムムと呻りながら確認しました。白く艶やかなお肌、透き通る碧眼、金糸のような御髪。そしてなにより天使のようなお顔の造作……なるほど、とても似合いそうです。


「マリヴェール、いったいな……」

「動かないで」


 私は殿下の掌を包んでいた一方の手を離し、自分の背中の側へと回します。そして常日頃から忍ばせているとある器具を取り出すと、上方に腕を伸ばしてスチャリと殿下のお頭に装着したのです。


「……よし」


 手ずから完成させた絵図をじっくりと検分します。

 まさしく申し分ありません。見立て通り、とてもよく似合ってらっしゃる。


「えっ、今なにをしたの?」

「黙って。もう少しだけ時間をください」


 真剣に、ユーキス殿下のお顔をじーっと見つめ続けます。

 すると、背筋にビビっと電撃の走るような感覚が生じました。


 ……ああ、やはり私の閃きは正しかった。


 これもまた運命と申すべき、定められし出会いだったのです。


「いい加減説明してくれ。さっき僕になにをしたんだよ?」


 確信を得た今になって、隠し立てする意味はもうないでしょう。

 私はニッコリと上機嫌に笑んで、こう答えることにしましょう。


「装着したんですのよ、ネコミミを」

「ねこみ……ネコミミ!?」


 私が包んでいない方の手を反射的に振り上げ、ユーキス殿下はご自分が被ったネコミミを指先で摘まんでフニフニと確認されました。


「うわ! 本当に獣みたいな耳が生えてる!?」

「コールラン家に代々伝わるものです。寵猫を慈しむ際、己もまた猫となる。そうすることで、彼らとより深い絆を育むための器具なのですよ」


 説明の際、脳裏に浮かんだのはジュリアスとの蜜月です。


 大型の獣に襲われたことが災いし、ジュリアスは傷が癒えたのちも私に心を開いてくれませんでした。途方に暮れた私は原点に立ち返ることにしました。私自身がネコミミを装着し、猫になりきることで、新しい家族に敵ではないと知ってもらおうと画策したのです。


「にゃーん」


 床に手を突いて四足歩行し、根気強く猫語で話しかける。幸運にも、その試みは功を奏しました。


 私の慈愛がジュリアスの頑なな心をゆっくりと溶かし、この偉大なるあざとい子猫は、とうとう私のことを主君であると認めるに至ったのです。


「あのー、経緯とかじゃなくて。訊きたいのは、どうして僕の頭に付けたのかって部分なんだけど……」


 おっと、まだおわかりになられない。

 弾む心を落ち着けて、直接にお願いしましょうか。


「ユーキス殿下、私の300匹目の寵猫になってもらえませんか?」

「……は?」


 次の瞬間、お顔が真っ赤に染まります。

 羞恥と……きっとこれは憤怒あたりでしょうか。


「はああっ!? い、いきなりなにを言いだすんだ! 僕は動物じゃない!!」


 まあ、そのようにお怒りになるのは最初から想定済みです。

 私も、ありのままの心を告白いたしましょう。


「はっきり申しますわ。私、ユーキス殿下よりも猫の方を愛しておりますの」

「な、婚約者の僕より……猫が大事だって?」


 はい、と頷きますと殿下のお顔がさあっと蒼褪めるのが見えました。


 よもや直接にそんなことを私の口から聞くとは思っておられなかったのでしょうし、そしてよもや、まさかご自分が好感度において完全に猫に負けているなどとも思っておられなかったのでしょう。


 明らかにショックを受けているご様子を見せられますが、私の話はまだ終わったわけではありません。真剣に力説します。


「ですけど、殿下がもし私の寵猫になってくださるなら、私きっと殿下のことも猫と同様に、いいえそれ以上に愛せるようになると思いますの」


 どうでしょう? と熱視線を送りますと、殿下はややドン引きされたご様子を見せられます。


「君はなにを言ってるんだ? 王太子である僕に向かって、猫の真似事をしろっていうのか!?」

「おっしゃる通りですわ」

「やるわけないだろそんなの!!」


 ふむふむ。やはり王子のプライドが邪魔して一筋縄ではいきませんか……。


 しかし私としても譲れぬ一線です。


「では、どうすれば私の寵猫になってくださいますか」

「ならないって言ってる! 僕は猫扱いされるのなんてごめんだ!!」


 あら? この主張には少しご無理があるのではなくて?


「ユーキス殿下がジュリアスに嫉妬されたのは、ジュリアスと同じ扱いを私から受けたいと思ったからではありませんの。だから無自覚にもあのような症状を身に宿し、私とジュリアスとの蜜月を引き離しにかかった。寵猫と同じ扱いでは不服というのは、私としては些か腑に落ちません」


 むっとこちらが近寄った分、くっと身を引かれます。

 バランスを崩してたじろぎながら、それでも殿下は反論されます。


「い、いくら君にとって家族同然だからといって、そんな道理が通るわけがない! 王太子には王太子としての立場と責任がある! 妻たるものに猫と同じようにあしらわれては、他の者に示しがつかないじゃないか!!」


 この場所にきてから初めて、ユーキス殿下はぐうの音も出ない正論で私をやり込めにかかってきました。認めましょう。おっしゃることはもっともであると。


 ですが――。


「だったら、試してみますか」

「――え?」


 虚を突いて、私は握ったままのユーキス殿下の手を引きました。前のめりに大勢を崩されたところを、やさしく抱きとめるようにその背中に腕を回します。


「マリヴェール!?」

「しー……静かに」


 こたびの抱擁は、ついさっきしたような力任せの密着ではありません。一方の手で背中に触れ、上方に伸ばしたもう一方で殿下の後頭部に触れる。さながら、母が愛し子を愛でるような、抱きかかえるかのような抱擁でした。


「よしよし」


 身体が固まって、動けなくなっている殿下の後頭部を、沿わせた掌で撫で擦ります。ずっとひとりぼっちだった子猫をあやすかのように。


「コールラン家が寵猫に求める魅力は2つ。『かわいくあれ』……そして、『あざとくあれ』ですわ」


 ユーキス殿下にネコミミはとてもお似合いでした。婚約者として初めてお会いしたときと同じに、いいえそれ以上に私の胸は高鳴りを覚えました。その見た目は大変におかわいい。抜群におかわいい。私の好みド真ん中と言っても過言ではないでしょう。


 では、ユーキス殿下はもっと私好みになってくださるでしょうか?


 ……それは今からの努力次第と言ったところですね。


 私は背伸びしてユーキス殿下に顔を近づけ、懇願することにしました。


「私の猫になる、とおっしゃってくださいまし」


 呼気が当たってぞわわと震えるそのお身体を、私は手に力を込めて鎮めます。


「もしそうしてくださったなら、私殿下のことを他の家族と同じに、いいえそれ以上にも慈しむと約束いたしますわ」

「き、君はなにを……?」

「さあさあ」


 近寄せた腕を少し離し、ネコミミ殿下のお顔をじっと見つめます。真っ赤なそのお顔に、揺らぎのようなものが見えたのはきっと気のせいではありません。


「蜜よりも砂糖よりも甘く、溺愛、して差し上げますわよ?」

「そ、そんな甘言なんかで……」


 カアアッ、と頬を赤らめて必死にお顔を逸らしていらっしゃる。


 ああ、なんというおかわいらしい反応でしょうか。こうなってくると、コールラン家の一員である私としては、別の面も見たくなってしまいますわよね。


 そう……あざとくあれ。


 首を巡らせたことで正面にきた殿下のお耳に口を近寄せて、今度は息を吹きかけるような小声で囁いてみましょう。


「な~ん、とおっしゃいなさいまし」

「……ううっ」


 ユーキス殿下の身体がピキッと強張ります。

 それからプルプルと身を震わせて、もう必死の抵抗です。


「い、いやだ……僕は、君の猫になんてならないぞ……」

「あら? 猫と一緒じゃダメですの?」

「ダメに決まってる! 僕は王太子で、国を背負う立場であって……」

「妻にも愛されない王太子殿下が、国民に愛されることがあって?」

「う、それは……」


 国民を盾にとる搦手が功を奏しました。

 どうやら、あと一息ってところですわね。


「おわかりになられたら、どうぞ繰り返しなさいまし……な~ん」

「……にゃ……」

「にゃ~ん、ではありませんわ。な~ん、ですわ」


 そうそう。

 舌っ足らずな感じがとってもあざといんですのよ?


「ほら、な~ん」

「な……な、な……」


 にゃにゃにゃ?


「な~ん」

「なぁ……ん……」


 にゃーん?


「な~ん」

「…………」


 どうやら、ここがユーキス殿下の限度線だったようです。


「そっ、そんなの言えるわけないだろおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 半泣きになって叫ばれるや否や、ユーキス殿下は私の両肩を掴んで身を引き剥がし、羞恥のあまり脱兎の……いえ脱猫の勢いで反対方向に全力ダッシュされました。


「あ」


 取りすがる私が宙に手を伸べるも一顧だにせず、舞台袖に消えたユーキス殿下は、そのまま階下に降りて講堂からもいなくなってしまわれたようです。


「…………」


 ぽつねん、とこの場に取り残されてしまった私。

 しかし胸中には、奇妙な達成感が残っておりました。


 今この胸中に宿るもの、それはあのときのときめき。ネコミミを装着した殿下を眼にしたときの、背筋にビビっと電撃が走ったような感覚。


 もはや私にとって、この世界に数多いる猫たちの中から、新たに300匹目の寵猫を探すという選択肢は奇麗さっぱり消え失せておりました。そうなのです。これはまさしく、天命とでも呼ぶべきもの。


 ですので――。


「これしきのことでは諦めませんわ。私きっと、いいえ絶対に、将来的にはユーキス殿下のことも猫かわいがりして差し上げますわっ!!」


 むんっと固めた右手を高々と掲げて、無人の講堂で不屈の決意表明などしてみました。


 だってネコミミにおひげ、それにふわふわ尻尾が揃ってこそのフルセットなのですよ。私的に、もはやユーキス殿下のパーフェクト猫スタイルを見ずして死ぬわけにはまいりません。無類の猫好きを自称するコールラン家の女として、この眼福を味わう役得を、誰に譲るつもりもありません。


 それに押したら案外コロっと落ちそうですしね。あ・れ・は。


「……な~ん」


 主が一仕事終えたと悟ったのでしょう。我が299匹目の寵猫にして偉大なるあざとい子猫であるジュリアスが現れ、私の要望そのままに、足に頭を擦りつけて甘えてきました。


 思えば、随分と長い間お待たせしてしまいましたね。寮にいる他の家族たちもみな、とってもお腹が空いてしまっていることでしょう。



 ……とりあえずこれから、お昼ごはんにしましょうか。

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