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釣られる方が悪いのだから。

「もし、もし!そこの殿方!」


 釣り糸の先のウキをから目をそらし、男は声の方に目を向ける。

 声は、海から聞こえる。


「なぜ、罪のない魚を釣り上げていくのですか?」


 凪いだ水面からは、美しい女性が顔を覗かせていた。


 貝殻の髪飾りが良く映える、しとどに艶やかなウェーブのかかった金の長髪。透き通るような透明感のある白い肌にぱっちりと開いた青い瞳。海面下越しに見える下半身は、二股の脚でなく、魚のような尾。


 声の主は、人魚だった。


「なぜ、魚を釣り上げるのですか?」


 柔らかな口調で、重ねて人魚は問いかけてきた。

 その問いかけは、海の同胞を奪っていく人間への糾弾というよりも、むしろ子供が純粋な疑問を親にぶつけるそれに似たものであった。


 突然現れた亜人に驚く男。


 いや、亜人である、というのも勿論そうなのだが、目の前に突然現れたのは見たことも無いような美しい風貌の女だ。男である以上、どうしても意識してしまうような美貌。そのことに面食らいつつも、平静を装い人魚に答える。


「何でって、そんなの食べるために決まっているだろう」


「人間の方は、魚を食べるのですか?」


「そうさ。俺たち人間は魚や獣、他の命を食べて生きているのさ。まさか、知らなかったのか?」


 目の前の存在を変に意識してか、斜に構えた言葉が口を出る。

 そのことを気にするでもなく、人魚は続けた。


「ええ、度々、遠洋の方に船に乗った人間の方々が来て魚を沢山捕っていかれるので、ずっと気になっていたのです。あなたはあの方々みたいに、網で魚を捕ったりはしないのですか?」


「あぁ、俺一人分の食べる分があれば十分だからな。それに、近頃じゃ遠洋の方には化け物が出て、何隻も船を沈められているって話じゃないか。そんな危険を冒すなんてバカバカしいだろ?」

 

 男の言うことは事実だった。


 近頃、陸を離れた海の方では、人間を食らう化け物が出て船を見境なく襲うともっぱらの噂だった。そのため漁船はおろか交易船も行き来することが極端に減り、自分らでの食料の自給自足を余儀なくされている状況なのだ。 


 男が普段あまりしない釣りをしていたのもそんな事情があってのことだ。


 そんなことも知らない様子で、人魚はさらに続ける。


「でも、魚たちは命を繋ぐために釣り餌を食べようとするのでしょう?魚たちが危険を冒して食べ物を求めるのに、それを危険を冒さず捕るなんて、公平じゃないと思います。」


 男はムッとする。突然現れて何様のつもりなんだ。こちらだって命を繋ぐために魚を捕っているんだ。そこに公平もクソもあったものか。


「そんなこと知ったことか。釣られる方が悪いんじゃないか。それになんだよ、罪のない魚って。食うか食われるかの自然のルールに、そんなこと関係ないじゃないか。」 


 そこまで言って、言い過ぎてしまったかもしれないと、少し後悔する。気分を害していないかと人魚の様子を伺うが、なにやら得心したような様子だ。


「釣られる方が悪い、ですか。なるほど、そうのような考え方もあるのですね。なるほど、なるほど……」


 一人でなんども頷く、そして


「実は私、普段はもっと陸から離れた海に住んでいるのですが、もっと人間の方々の事を知りたいと思ってここまで来てしまったんです。ここでお会いできたのも縁です。二人きりでお話がしたいです。あなたのことをもっと知りたいです!」 


 男に熱烈な視線を送ってきた。


 いきなりの申し出に、再び面食らう男。

 まさか、人生で人魚にこんなアプローチをかけられる日が来るとは夢にも思わない。これほどの美女に、二人きりで、あなたのことをもっと知りたい、と言われ、平静でいられる男などどれほどいるのだろうか?


「も、もちろん構いはしないが、二人きりって、どこで?」


「それなら、海の中はどうでしょう?私たち人魚は魔法で、水の中でも呼吸ができる空間を作ることができるんです!そこで二人でお話をしましょう?」


「ま、まぁ、そういうことなら構わないけど?」


「よかった!私、人間の方を海にお招きするのは初めてなので、とっても嬉しいです!さあ、こちらへ!」


 人魚は、手を差し出す。


 男は、手を取る。


「♪」


 そしてそのまま、海の中へ


 中へ……


 中へ……………










「う、うぅん…?」


 気が付くと、見たことも無い空間にいた。


 ガラスの玉のような球の空間。そしてその外には、サンゴ、海藻、魚の群れ。まるで海底のような景色が広がっていた。


「ここは一体…?俺は確か…」


 人魚と海に入ろうとして、魔法をかけてもらったのだったか。

 いや、かすかに、歌声を聞いたような記憶もあるが……


 ぼうっとする頭を働かせようとした時、ちょうど自分のいる後ろ。ガラスの玉に差し込んでいる光を何かの影が遮ったように暗くなった。何事かと背後を振り返ると


「うわあああああああ!!!」


 眼前には、醜悪な巨大魚の顔があった。

 暗い色の皮、あまりに大きく裂けた口、感情の無いギョロリとした眼。

 その醜悪さも、巨大さも、今まで見てきたどんな魚とも比べるべくもない程の魚。その体躯は中型の船よりも一回りも大きいだろうか。


 まさしく、化け物としか形容できない魚が、目の前にいた。


「あら?もう目を覚まされされたのですか?」


 そんな化け物の陰からヒョイ、っと出てきたのは、先ほどまで自分と話していた人魚ではないか。


「な、な、ば……え?どういう事だよ!?」


 頭が混乱し、声を荒げる。

 そんな男の様子とは対照的に、落ち着き払った穏やかな口調で人魚は話す。


「この子は私たち人魚と共生している魚の子なんです。私たちを外敵から守る代わりに、私たちは歌で人間を眠らせて、食料として提供しているんですよ。」


「う、歌…?」


「人魚の歌は古から呪いが込められていて、聞いたものを眠らせてしまうんです。水の中ではうまく音が伝わらないせいか、海の生き物には効き目がないみたいなんですけれども、まさか、知らなかったのですか?」


 クスクスと笑いながら話す人魚。


「本来ならば、海上を通りかかった船に乗っている人間の方々を、私たちの歌で寝かせて食べさせるのですが、生憎、近頃船も通らなくなってしまいまして。それでこうしてわざわざ陸までやってきたんです。」


 そこまで聞き、ようやく自分が目の前の存在に嵌められたことを悟る。

 人間の事をもっと知りたい、などとうそぶかれ、まんまと餌として捕らえられてしまったのだ。


「チクショウ!よくも俺のことをハメやがったな!!」


 怒号を飛ばす男。

 それに対し人魚は微笑んだ。


「あら?だって釣られる方が悪いのでしょう?」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  前振りの後に自分に都合の良い話が出たのに疑わないほうが悪い。 [気になる点]  人魚と人面魚の境って何処だろう。
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