表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

夏の夕べにサマーデライトを(2)


 グラスを空にした二コラは、名残惜しそうにグラスを覗き込んでいる。まだ飲み足りないのだろう。


「やっと外も涼しくなってきたみたいだし、お店の前にテーブルと椅子を出して、外でもう一杯どう?他のお客さんはまだ来ないし、夏の夕空を見ながら飲むとさらに美味しいよ」

「いいね!それ!」


 二コラはスッと立ち上がると、茉優を手伝って二人でバックヤードから木製の簡易テーブルと折りたたみ椅子を運び出した。

 バックヤードで涼んでいた小太郎は、ちらりと二人に視線を送ったものの、興味を失ったのか再び目を閉じて丸まった。


 茉優は二コラのために二杯目のサマーデライトを作ると、自分用にはアプリコット果汁で代用した、ノンアルコールのアプリコットクーラーを作る。

 心もち氷を多めに入れて、二つのグラスを持って外に出ると、待ち構えていた二コラが拍手をした。


 グラスを手に、二コラと乾杯する。

 夏の夕空は、オレンジから紺へと美しいグラデーションに染まり、深い紺色の部分には、明るい星が一つ瞬いていた。


「外で飲むのも気持ちいいね」


 熱気が僅かに残った微風が、グラスに水滴を付ける。そのグラスを傾けながら、二コラがフーっと一つ大きな息を吐いた。


「お母さんにもこれを飲ませてあげたいな。そしたら夏バテも吹き飛んじゃいそう。ねえ茉優、今度はお母さんも連れて来ていいかな?」

「もちろん。いつでも大歓迎だよ」


 茉優がそう言うと、二コラはありがとうっと声を弾ませて笑った。

 その様子を見ながら、女性も気軽に楽しめるように、モクテルを充実させるのもいいなと、茉優が思っていると、二コラはカランとグラスの氷を鳴らしながら、「ねぇ、茉優」と声をかけてきた。


「茉優のお仕事って素敵だね。こういう素敵な仕事をして輝いている友達がいると思うと、嬉しいな」


 そんな風に言ってもらえると、気恥ずかしいけれど嬉しい。でも、それなら、二コラだってそうだ。


「二コラの仕事だって素敵だよ。二コラがお店に立っているだけで、お客さんは明るくなるし、ケーキを選ぶ時の顔は、どの人も皆楽しそうだもの」

「ふふっ、ありがとう。……あたしね、時々、これで良かったのかなって、不安になることがあるんだ」


 二コラ少し俯いて、手元のグラスを見つめながら、グラスをくるくると回して中の氷を転がした。


「この年で結婚していない女は行き遅れだって言われるでしょ?結婚もせずにやっていることが、接客業とも呼べるか怪しい家の手伝いなんだから、見下すように笑う人もいてさ。

 あたしはケーキ屋(うち)の仕事が好きだし、やりがいも感じているけど、それでいいのかなって、自信が無くなっちゃうんだ。

 結婚しないのは、単に好きな人がいないからなんだけどね。

 うちは弟が店を継いでくれるし、両親もあたしの好きにしたらいいって言ってくれてるから、無理して結婚して家を継がなきゃってこともない。

 好きでもない人と結婚したところで、きっとうまく行かないしね。

 だから、お見合いしてでも結婚しなきゃって思っているわけじゃない。それでも、時々、結婚した友達が羨ましくなる時があるんだ。

 結婚だけが女の幸せだとは言わないけれど、誰かを好きになって、その人と結婚するのって、とても素敵だなって思うの。自分はそういう人に出会わず、一人ぼっちで生きてくのかなって思うと、漠然と不安になっちゃうんだ。

 茉優はそういうことは無いの?」


 顔を上げた二コラは、言葉通り不安そうに眉を下げていた。

 ここのところ元気が無かったのは、単に忙しかったからというわけでもないのだろう。誰か心無い人に、キツイことを言われたのかもしれない。


「わたしも、将来のことを不安に思うことなんてしょっちゅうあるよ。誰かを好きになって、その人と結婚して、ずっと一緒にいられたらいいなって、思うことも」


 茉優は、チラリと頭の片隅に浮かんだ、銀髪の青年の姿を振り払った。気が付けば、いつも彼のことを考えてしまう自分がいる。彼への想いを、この気持ちを、育てるつもりなんて無いのに……。


「……でも、わたしは大切な人ができてしまうことがとても怖いんだ。大切な人ができたら、その人の身に何かあったらどうしよう、死んでしまったらどうしようって、そればかりが気になって、不安になっちゃうと思うから。

 わたしは両親とも死別しているし、両親の死後にわたしを引き取ってくれた祖母も急に亡くなってしまったから、だから、大切な人がわたしを置いて死んでしまうのが怖いんだ。

 それなら、今のまま、一人でいた方がいいのかなって思っちゃう。それに、わたしには小太郎がいるしね」


 それは、茉優の偽らざる本心だった。

 両親の死は、祖母がいたから、祖母の死は、小太郎と日下さんがいたから乗り越えられたけれど、一人だったら、喪失感で立ち直れていなかったのではないかと思う。……それがとても恐ろしい。

 それなのに、一人でいた方がいいと口にした途端に、嘘を吐いてしまった時のように、ザラっと口内が乾いていくような気がした。

 茉優はグラスをグイっと傾けると、残っていたノンアルコールのアプリコットクーラーを飲み干す。


「そっか。茉優も色々不安なんだね。嫌なこと話させちゃってごめんね。でも、茉優に話を聞いてもらえてよかった」

「ううん、わたしも二コラの話が聞けて良かったし、わたしの話も聞いてもらえて良かったと思うよ」

「そう言ってもらえると、気持ちが軽くなるよ。茉優、ありがとう」

 

 二コラは再び笑顔を見せた。


「ねえねぇ、小太郎ってバックヤードで寝てたわんちゃんだよね?やっぱり、犬の名前も聞きなれない言葉だね。たしか、茉優が生まれた遠い東の国の言葉だよね?茉優が生まれた国って、どんなところなの?」

「うーん、そうだね、とても平和なところだったよ。それに、二十代でも結婚していない女性はたくさんいたし、自立して働いている女性も多かったよ」

「そっか、すごいね。そこならあたしも、こんな風に悩まなかったのかな……なんてね。もうこの話はおしまい!せっかくなんだから、今日は恋バナしよっ!」


 二コラは急に茉優に身を寄せると、小声になった。


「ねぇ、茉優は好きな人はいないの?さっきは大切な人を作りたくないとか言ってたけどさ」

「えっ、……いないけど」

「うそ~!今の間は絶対いるでしょ!誰?誰?ほら、話しちゃいなよー」


 二コラは楽しそうに茉優の方に身を乗り出した。

 茉優は(かぶり)を振って、身を引いた。


「そっ、そう言う二コラこそ、いいなって思う人とかいないの?好みのタイプは?」

「えー、そりゃあやっぱり誠実な人でしょ。優しくて、頼りがいがあって、それに、「女だから」とか「女のくせに」とか言わない人」

「確かに、それは大事だね」

「でしょ。でも、そういうのって、顔に書いてあるわけじゃないから、見つけ方がわかんない。しかも、いいなって思う人が例えいたとしても、そういう人ってすでに彼女や婚約者や奥さんがいるんだよ。うまくいかないよねー」


 二コラはそう言って笑うと、残りのサマーデライトを煽った。


「はぁー、美味しい。お酒が入っていないのに、こうやって話しながら飲んでいると楽しいね。もう、二杯目も空になっちゃったよ。さっぱりと飲めるから、何杯でもいけちゃいそう」


 夏の夕日の色をしたサマーデライトは、その飲み口だけでなく、気分までもさっぱりとさせてくれるのだろう。

 明るくなった二コラの顔を見ながら、茉優は友人の話に楽し気に耳を傾けていた。




 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ