表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

亡き師を偲ぶバイオレットフィズ(6)


◆◆◆◆◆の部分で視点の切り替えがあります。

リュドガー → 茉優 です。


 ローゼンベルガー家の息女は、名をルイーゼといった。

 戦闘に長けていた彼女は、当時二十歳という若さで、しかも公爵令嬢という立場にありながら、王立騎士団第九士団の副団長を務める騎士だったんだ。そんな彼女が、なぜ王太子の命を狙ったのかは、いまだにわかっていない。


 ローゼンベルガー家は元をたどれば建国の功臣、王立騎士団を興した武門の家柄で、今日(こんにち)でもなお、子女に剣術や馬術、槍術なんかを叩きこむ、貴族とは思えないバリバリの武闘派なんだ。今の王立騎士団のトップ、騎士団長マクシミリアンがその最たる例だね。


 その名家の令嬢が犯人だとわかり、ローゼンベルガー家は筆頭公爵家の地位を降ろされた。家門から離れる貴族が多かったんだ。

 それほどまでに、彼女の起こした事件はこの国の上層部に衝撃を与えた。

 箝口令(かんこうれい)が敷かれ、事件は世間から隠されたんだよ。



 その陰で、じいちゃんもまた、事件の犠牲になったんだ。


 犯人が、魔法も使える騎士だったとはいえ、騎士団が警備していた寄宿学校の寮にそう簡単に侵入できるはずがない。誰かが意図的に彼女を招き入れたのではないか。

 そんな憶測が飛び交い、そもそも、害意を持った者が入れないようにしていたはずの結界はどうなっていたのかと、じいちゃんを疑う声が上がった。


 けれど、結界は確かにきちんと働いていたんだ、ほんの僅かな時間を除いて。その僅かな時間だって、決して敷地を囲うように張り巡らせたすべての結界が解かれたわけじゃない。

 たまたま冬休みを前に気が緩んだ生徒の数人が街に繰り出し、冬至のホットワインを飲みすぎて酔って暴れ、教師に連れ戻されたということがあったんだ。

 そのうちの一人が大声で教師たちを殴ってやると叫んでいたらしい。よくいる、周りに迷惑をかけることにも気が回らない、羽目を外すのがかっこいいと思っている学生だよ。


 彼は教師たちに害意を持っていたから結界のせいで中に入れずにいた。それでも彼は身元が確かな生徒、確か子爵家の子息だったはずだ。だから、彼を寮に戻させて欲しいと教師から言われた警備の騎士が、じいちゃんに判断を仰いできた。

 それをじいちゃんは許可し、教職員の通用門の結界を一時的に解いて、生徒たちを中に入れたんだ。

 子爵家の子息だけじゃない、他の生徒たちの身元も警備の騎士がきちんと確認し、全員学校の生徒であることは確かだったそうだ。


 だから結局、ローゼンベルガー家の令嬢がどうやって中に入ったのかは不明で、じいちゃんも困惑していた。それでも、誰かが責任を取らなければならない。


 これまで、転移魔法陣の開発や、結界魔術の構築で、騎士団だけでなく国に多大な貢献をしてきたじいちゃんだったけれど、その時は掌を返したように、国王も貴族たちもじいちゃんを責め、じいちゃんに責任を負わせた。


 じいちゃんが引退したいと言った時には引き留めたくせに、事件後にはあっさり第十士団長の職を解かれ、まるで犯罪者のように王都の外れにある牢に幽閉されたんだ。魔法を使えなくする拘束具まで付けられてね。

 メアラント領の混乱が収束する目途が立たず、せめて寄宿学校の事件だけでも誰かに責任を取らせたかった国王の指示だったと言われているよ。


 それでも、じいちゃんはその状況を甘んじて受け入れていた。侵入者を許し、王太子に怪我を負わせたことは事実だからと。


 じいちゃんの過失を問う裁判が行われ、じいちゃんは有罪になった。本当に犯罪者にされてしまったんだよ。

 けれど、刑期は短いはずだった。じいちゃんの罪があるとするなら、それは侵入者を許したことで、決してじいちゃんが王太子を害した訳じゃない。


 それに、国一番の魔法使いを、そんな風に捨て置くほどの余裕が、当時は無かったからね。国を税収入の面でも、海防の面でも支えていたメアラント領は領主を失い、輸入品の流通は滞り、国民の国王への不満が高まっていたんだよ。

 だから、僕はじいちゃんがまたすぐに戻ってくると思っていたんだ。まさか、じいちゃんが入れられた牢が、あれほどに劣悪な環境だったとは知らずにね。



 じいちゃんが危篤だ、という知らせを聞いた時、僕は耳を疑った。だって、最後に会ったときは矍鑠(かくしゃく)としていて、「罪を償ったら、また戻ってきてお前を(しご)いてやる。引退させられたから、お前と過ごす時間はたっぷりあるんだ」と笑っていたじいちゃんが、死に瀕しているだなんて信じられなかったから。


 僕が転移魔法陣を展開して駆け付けた時、じいちゃんは肺炎をこじらせ、意識が朦朧(もうろう)としていた。肺炎だなんて、あんまりだよね。まるで婆やが死んでしまった時みたいじゃないか。


 でも、じいちゃんの場合はただの病気じゃなかった。衰弱してやせ細ったじいちゃんの体には、拘束具の外に、無数の痣や切り傷があった。


 ……じいちゃんは、牢で虐待されていたんだよ。


 じいちゃんは僕の顔を見た時、微かに意識を取り戻した。


「リュド、……わしは、お前の…ような弟子を、持てて…幸せ、だ。……そして、お前…のような…可愛い子が、……わしの孫で、幸せだ。……だから、泣くな」


 じいちゃんは僕が初めて魔法を使えた時のように、嬉しそうに微笑んで、泣きじゃくる僕に手を伸ばした。

 そして最後に「お前なら立派な魔法使いになれるよ」と言って、僕の腕の中で息を引き取ったんだ。

 あんなにしゃきっとしていて、人として、魔法使いとして偉大だったじいちゃんが、やせ細ってちっぽけになって、敬われることなく、ただの罪人として死んでしまったんだよ……。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 話し終わったリュドガーは、困ったように眉を下げて茉優を見た。


「君を泣かせるつもりは無かったんだけどね」


 そういう彼の顔が、あとからあとから溢れてくる涙で霞んでいく。

 茉優はこぼれる涙を拭いながら、どうにか呼吸を整えようとするが、無理だった。大切な人を、そんな風に失ってしまったリュドガーの気持ちを思うと、心が張り裂けそうになる。


「君の記憶を覗いたのは、仕事だと割り切っているし、後悔していない。ただ、やっぱり誰かの記憶を勝手に覗いた申し訳なさはあるよ。君がおばあちゃんを亡くしたことを、僕は一方的に知ってしまったから、君にも、僕のじいちゃんのことを話せればいいなと思っていたんだよ」


 茉優が泣き止むのを待つように、リュドガーは再びちびりちびりとバイオレットフィズを飲んでいた。


「すみません、もう大丈夫です」


 おしぼりで目を温めていた茉優は、涙が引いたのを確認してからおしぼりを取った。


「マユはさ、ディートリヒのこと、どう思っているの?好きなの?」


 いきなり話が飛んで、茉優はポカンとリュドガーを見つめた。そして一拍の後、顔を真っ赤にさせて、それでもどうにか小さく頷いた。


「やっぱりね……」


 リュドガーは真剣な表情で考え込むように俯いた。


「でも、どうにかなりたい訳じゃないんです。だから、彼には言わないでください」


 茉優は必死に言い募っていた。


 先日、ディートリヒに忘れ物を届けた時、案内をしてくれたエルンストに言われた言葉が、まるでゆっくりと沈殿する澱のように心の奥底に留まっていた。

 「二人に接点があるようには見えない」と軽く言われた彼の言葉は、本当にその通りだと自分でも思うのだ。そしてそれは、彼の隣にいるのが相応しくないということを端的に表していた。


 貴族であり、近衛騎士である彼と、一庶民である自分。その間には本来大きな隔たりがあって、本当は気軽に言葉を交わすことも叶わないはずだったのだ。それが、偶然、縁が繋がったにすぎない。

 練兵場でディートリヒが美しい貴族の女性たちに囲まれているのを目にし、いたたまれない気持ちになったのは、彼の隣にいるべきは、家柄も良く、幼いころから淑女としての教育を受け、華があって美しい彼女たちのような女性なのだと突き付けられたから。


 黙り込んだ茉優をチラリと一瞥し、リュドガーはため息をこぼした。


「別に、人の気持ちをむやみにバラすほど悪趣味じゃないから、言うも何もないけどさ。けれど、傷つくとわかっている人間を放っておくのも後味が悪くてね。

 ……ディートリヒに想いを寄せたまま、これからも付き合いを続けていくなら、いずれ君は傷つき、嫌な思いをすることになるよ。ディートリヒも、レオンハルトも、僕も、皆、あの事件に囚われているからさ。僕たちの中では、あの事件はまだ終わっていなくて、それがきちんと納得できるまで前に進めないんだと思う」


 それでもいいの?と続けたリュドガーの言葉に、茉優はただ彼を見つめることしかできなかった。


「君は渡海の民だからかな、いろんな人の心の垣根をするするとすり抜けて、そして持ち前の謙虚さや優れた傾聴の力で、悩みや苦しみを引き出していく。このバーという店がすごく居心地が良くて、そのせいで、ため込んでいたものを吐き出させてしまうのかもしれない。話す方はそれですごく楽になれるけど、聞く方は重荷を背負うこともある。君はそれに耐えられるの?」

「それは……」


 茉優は答えられなかった。今まで、そんな風に考えたことが無かったから。

 けれど、居心地が良く、ホッとできる空間・時間を提供したいという思いに変わりはなかった。

 日下さんの与えてくれたあの温かい時間を、場所を、きっと自分以外にも必要としている人がいるから。

 茉優がそう告げれば、リュドガーは「そっか」とまたポツリと呟いて、バイオレットフィズの最後の一口をちびりと飲んだ。

 

「こうしてじいちゃんのことを考えながら、じいちゃんの瞳の色に似た酒を飲むのもいいものだね。……ごちそうさま。またそのうち、開店前に飲みに来るよ」


 リュドガーはいつもの彼に戻ったらしく、ニヤリと笑って、魔法陣を展開させると、あっという間に帰ってしまった。

 茉優は一気に疲れて、開店準備を再開できずに、しばらく座り込んでいた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そのうち、といったリュドガーはしかし、翌日店に現れた。レオンから頼まれていたという転移魔法陣の設置を忘れていたと言って。

 彼は店の奥、バックヤードの片隅に(うずくま)ると、床に転移魔法陣を描き、そこに魔力を流し込んで固定させた。

 そして最後に、ガラス製のベルを取り出した。


「この魔法陣を使って来客がある時は、客が来る前にこのベルが鳴るようにしておくよ」


 昨日、茉優が驚いて氷を取り落としたことを覚えていてくれたようだ。

 既に入り口に取り付けられているものとは異なる材質のベルなので、どちらから客が入店したのかも判別できるのはありがたい。

 リュドガーは壁にベルを取り付けると、試しに一度、鳴らして見せてくれた。

 チリン、と透き通るようなその音は、日本にいた頃、祖母の家の縁側の軒先にぶら下がっていた風鈴の音によく似ていた。

 ああ、もう夏なんだな、とその音を聞いた茉優は思ったのだった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ