亡き師を偲ぶバイオレットフィズ(4)
引き続き、リュドガー視点です。
目標を得て、日々魔法の勉強に励む僕が十一歳になったとき、じいちゃんは「お前もいずれ魔導士団に入るなら、会っておくべき方々がいる」と言って、僕を王立寄宿学校へと連れて行った。
じいちゃんはその頃、王立寄宿学校の警備責任者の一人になっていた。
そもそも、王立寄宿学校は貴族の子弟が通う名門校で、すでに騎士団による警備が厳重になされていたんだけど、一年ちょっと前にこの国の王太子が入学したことで、魔法・魔術によって警備が強化されたんだ。
例えば、学校に害意を持った者が入れないようにする結界を敷地内に張り巡らせるとか、異変があった際に退避できる転移魔法陣を用意するといった具合にね。
それらはどちらも、じいちゃんが生み出した新しい魔術で、導入が始まったばかりのものだった。
あっ、ちなみに、魔法陣は“魔法”という言葉が入っているけれど、僕たちの間では、高等魔術の一種と考えているんだよ。すでに構築された機構に魔力を流せば、守護や加護が無い者でも使えるからね。
そんなすごい魔術を生み出してしまうんだから、やっぱりじいちゃんはすごい魔法使いだ。それとも、すごい魔術師と言うべきかな?
じいちゃんに連れられて行った王立寄宿学校は、学校というよりは宮殿のような広い建物だった。
僕はじいちゃんの家にいるか、星見の塔にしか行ったことが無かったから、キョロキョロしながらじいちゃんの後を付いて歩いた。
物珍しげに眺める僕を、生徒らしき少年たちが変わったものを見るような目で見ていてね。僕は何となく、居心地が悪い場所だと思ったよ。
そんな僕に、じいちゃんが「お前も十三になればここに通うんだ」と言ったもんだから、僕はとっさに「嫌だ!」と叫んでいた。
じいちゃんは人の悪そうな顔をして、「立派な魔法使いになるなら、同じ年頃の子どもたちとも交流した方がいいぞ」と言った。
僕がよっぽど嫌そうな顔をしていたんだろうね、じいちゃんはまるで悪戯が成功したみたいに、楽しそうに声を上げて笑ったんだ。
そうしてじいちゃんが一頻り笑ったあと、僕たちはとても重厚な扉の前に着いていた。
じいちゃんがノックをすると、中から入るようにと応えがあり、じいちゃんは「失礼いたします」と、これまで見たことが無いような丁寧な態度で入室したんだ。
じいちゃんに隠れるようにくっついて部屋に足を踏み入れた僕は、じいちゃんの前に二人の少年が座っているのを、じいちゃんのローブの陰から見た。
年齢は、二人ともたぶん僕よりも少し上。けれど、比較対象は、幼い頃の栄養状態が悪かったせいでヒョロヒョロの僕しかいなかったから、その見当に自信は無かったけど。
一人は眩いばかりの黄金の髪を背の中ほどまで伸ばした、琥珀色の瞳をした少年で、初めて外の世界を見た時の太陽のように、あまりに眩しくてすぐに目をそらしたくなった。
彼が纏った黒いジャケットに同色のベストとズボン、それに一点のシミもない真っ白なシャツとタイは、どうやらこの学校の制服らしい。
この部屋に来るまでに見た少年たちが、皆同じものを着ていたことを僕は思い出していた。
他の生徒たちが制服に着られている感が否めないのに対し、この黄金の髪の少年は、貴族のように気どった制服ですらも良く似合っていて、まるで絵本の中に出てくる王子様みたいだと僕は思った。
彼の制服で、他の少年たちと違う点はといえば、ベストのボタンの間から、ベストのポケットにかけて、繊細な金色のチェーンが延びていたことくらいかな。
あとで知ったことだけど、あのチェーンの先には学校から与えられた懐中時計が付いていて、それを身に着けることが許されるのは、各学年の成績優秀者五名だけなんだそうだよ。
その五名は、生徒たちが学校で規則正しい生活を送れるよう監督する役割を持っている、特別な生徒だということだった。
懐中時計を一目見れば、その持ち主が監督生だとわかるという仕組みさ。
もう一人の少年も、同じように懐中時計のチェーンを付けていた。彼は、雪のように美しい白銀の髪を耳の下あたりで切りそろえていて、その瞳は夜空に浮かぶ月のような銀色をしていた。その色も相まって、彼はとても静謐な、冴え冴えとした月のようだった。
太陽と月、世界を照らす二つの光が目の前にあり、僕は逃げ出したくなっていた。眩すぎて、眩暈がしそうだったからね。
その僕の肩をグッと掴み、じいちゃんは僕を横に並ばせ膝を折らせると、自身も片ひざをついて、黄金の髪の少年に頭を垂れた。
「王太子殿下に王立騎士団第十士団長アンゼルム・アインホルンがご挨拶申し上げます」
そう恭しく挨拶をするじいちゃんに、僕は目を丸くした。黄金の髪の少年は、本当に王子様だったのか、とね。
「非公式の場だ、そう堅苦しくしなくていいぞ、アンゼルム。そちらが其方の孫か?」
まだ声変わりしきっていない、やわらかな声で王太子が言った。
「はい。今年十一歳になりました、リュドガーと申します。ほら、リュドガー、ご挨拶を」
そう言ってじいちゃんは僕の脇腹を肘で小突いたが、僕は何を言えばいいのかわからず、黙り込んだ。
じいちゃんは慌てて「リュド、ほれ」とか言って、王太子の前で僕を普段呼んでいる愛称で呼んだけれど、そもそも僕は挨拶の仕方なんて習っていないし、王太子に会うことだって知らされていなかったんだから、どうしようもない。
「気にするな。さあ、二人とも立つが良い」
そっぽを向く僕と、どうにか僕に挨拶をさせようと躍起になるじいちゃんに、黄金の髪の王太子は朗らかにそう言い、僕たちを空いていたソファーに座らせた。
「なるほど、この髪は確かに闇の精霊の守護を受けている者のそれだな」
王太子の言葉に、じいちゃんが頷く。
「はい。しかしこの子はとても聡明で、決して力を悪用したりはいたしません。リュドガーも再来年にはこちらに入学いたします。どうか殿下の思うように使ってやってください」
じいちゃんの言葉に、僕は目をひん剥いていたよ。勝手にこの堅苦しい場所に入ることを決め、この眩い人間に仕えることにされているんだからね。
「じいちゃん!僕はやだからね!」
僕が声を上げると、じいちゃんは「お前は黙っとれ!」と声を大きくした。それを手で制した王太子が、僕をまっすぐ見つめて口を開いた。
「お前のその力は、いずれこの国に必要となる。どうだ、リュドガー、私に力を貸してくれないか?」
王太子は僕に微笑んだ。……とても、胡散臭い笑顔だった。
「やだ」
僕が再びそっぽを向くと、じいちゃんのゲンコツが降ってきた。
「ばかもん!殿下に何という口の利き方を――」
「よい、アンゼルム」
そう言う王太子の肩は小刻みに揺れていた。どうにかこらえようとしているらしいが、ついにこらえきれなくなった彼は、声を上げて笑いだしていた。
王族って、声をあげて笑ったりするんだ、と僕はじいちゃんにゲンコツを貰った頭をさすりながら、どうでもいいことに感心していた。
「魔法使いとは本来、誰にも縛られない自由な存在だ。このジークフリートもそうだ。私を敬うということを失念していても責められまい」
王太子は楽しそうに、ジークフリートと呼ばれた白銀の髪の少年をチラリと見遣った。
ジークフリートは表情を変えることなく、僕をじっと見つめて口を開いた。
「敬う気持ちとは自然に湧きおこるもの。誰にも強制されることではない。敬われないというのであれば、それはその者の資質に問題があるというだけのことだ。君は間違ってはいない」
僕が驚いてジークフリートを見つめ返すと、彼の横で再び王太子が声を上げて笑っていた。
不敬とも取れる僕たちの言葉にも腹を立てることが無いのは、器の大きさが違うからなのかもしれないと、僕は王太子をちょっとだけ見直した。
「まいったな、ジーク。それでも君のその媚びのない姿勢は気に入っているよ」
愉快そうな王太子は、一頻り笑った後、僕を見つめた。
「リュドガー、君も君らしくあればいい。アンゼルムの孫だ、私は君が素晴らしい魔法使いだと確信している。だからどうかそのまま、アンゼルムにだけは恥をかかせぬように成長してくれ」
「……はい」
僕は小さく頷いていた。この王太子も、ジークフリートも、僕が闇の魔法使いと知っていても恐れず目を合わせ、僕に僕らしくあればいいと言う。
それに彼らはじいちゃんが素晴らしい魔法使いだと認めてくれていて、しかも、僕がそのじいちゃんの孫だからという理由で、僕のことまで信じてくれているのが素直に嬉しかった。
僕は、じいちゃんがなぜ僕をこの二人に会わせたいと思ったのかが分かった気がした。
……これが、僕と王太子レオンハルト、それから後にメアラント侯爵となるジークフリートとの出会いだった。




