表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/36

お届け物とカシスソーダと(3)


「気づいていると思うけど、俺も、半分異国人の血が入っているんだ」


 エルンストはそう言って、茉優に笑いかけた。先ほどの疑うような問いかけを、職務上しなければならなかったことを悔やんでいるような、ぎこちない笑い方だった。


「俺のこの細い目も、彫の浅い顔も、母方の血を色濃く映していてさ。……母はここより遥か東にある国の出身で、この国に流れ着いた流民だったんだ。

 この国は流民に対する風当たりがきついからね。騎士団が実力主義を貫いているおかげで、ここまで這い上がって来られたけど、やはり見た目で損しているよ。

 あの門番が厳しかったのは、君が異国人の外見だからというわけでもないんだけど、それでも、俺のように見た目で苦労する人を見ると放っておけなくて。これも何かの縁だから、もし今後困ることがあれば、いつでも俺に言ってくれれば力になるよ」


 エルンストの申し出はとてもありがたいものだったので、茉優はその様に伝えた。ただ、そこには申し訳ない気持ちも交じっていた。

 エルンストはきっと、その外見でとても苦労したのだろう。這い上がったという彼の言葉は、きっと並大抵の努力では無かったことを示しているのだ。


 それに対して、自分はといえばどうだろう。言葉の壁や、文化の違いに戸惑うことはあったけれど、結局、多くの人に助けられてきた。もちろん、嫌な思いをすることが全く無かったわけではない。

 ハンス夫妻の店では、流民が運んだ飯なんて食べられるかと怒鳴られた事もあるし、街を歩けば容赦ない視線に晒される。けれど、それは心ない一部の人がそうなのであって、良識のある人たちに恵まれた茉優は、エルンストのように、異国人だからと疎外感を感じずに済んできた。

 王立公園で二人組の若者に絡まれたこともあったけれど、あの時だって、ディートリヒに助けられたのだ。


 異国から流れ着いた流民たちは、茉優と同じような境遇であるにも関わらず、住む場所や食べる物に困っている人も多い。

 それなのに、自分はハンス夫妻に助けられ、住む場所も働き口も用意してもらえた。今の店も、レオンの援助があったからこそ開店できたのだ。

 そのことに、どこか後ろめたさを感じていたからこそ、エルンストの気遣いに、申し訳ない気持ちになったのだ。


 ただ、運が良かっただけで、エルンストのように自力で這い上がった人から見たら、軽蔑されてもおかしくない。


 エルンストは押し黙った茉優の感情を誤解したようだ。


「茉優の場合は、困ることがあればルーベンシュタイン副団長に相談した方がいいに決まってるよな。余計なお世話だったな」


 そう言って頭を掻くエルンストに、茉優は慌てた。


「いえ、気にかけていただけて、とてもありがたいです」


 茉優の言葉に、エルンストははにかむように笑った。


「そっか、それなら良かった。そうだ、こんど君の店に飲みに行ってもいいかな?ルーベンシュタイン副団長の行きつけの店だなんて、気になって仕方がない」

「はい。ぜひいらしてください」


 茉優はおどけたようなエルンストの言い方に思わず笑いながら、彼に簡単に店の場所を教えた。


「ありがとう。あ、ほら、もうすぐ練兵場だ。馬の脚音が聞こえるだろ?」


 エルンストがそう言うのと、馬の高い(いなな)きが聞こえてきたのは同時だった。




 どうやら目の前の巨大な円形の建物が練兵場らしい。

 入り口から足を踏み入れると、中は緩いカーブを描く通路になっていて、通路の左右には上へと延びる階段も見える。

 その通路を突っ切って向かいにあった扉をエルンストが開けると、広い円形の砂地の馬場のすぐ脇、すり鉢状になった観客席の最前列に出た。

 馬場の左右両端にはそれぞれ十数頭ずつ馬がおり、その背には、銀色に輝く甲冑を身に纏った騎士たちが乗っていた。

 まるで物語さながらの光景に、茉優は思わず「すごい」と声をあげていた。


 茉優の背後に控えるように立っていたエルンストが、クスリと笑って、「そうだろ?ここが大会の会場になるんだ」と教えてくれた。


「今練習しているのが近衛のはずだ。どこかにルーベンシュタイン副団長もいるはずなんだけど」


 そう言って、エルンストはあたりを見回している。どうやら馬たちに乗っているのが、近衛の騎士たちらしい。

 だが、皆一様に、頭部全体をすっぽりと覆う兜を被っているせいで、顔の判別はできない。

 馬に乗った彼らは、一方の手に木製の盾を、もう一方の手に長い棒を持っている。あれが馬上槍術に使われる槍だろうか。

 馬場の中央には、馬の脚の付け根くらいまでの高さがある木製の柵が一列、左右へと延びるように配置されていた。

 その柵を、まるで道路の中央分離帯のように挟んで、左右両端から、一頭ずつ騎馬が歩み出た。

 そうして対戦相手が出そろったところで、中央に立つ騎士が旗を振った。それを合図に、ドドドっという地響きにも似た蹄の音を立てながら二頭の馬が同時に中央へと駆け出した。馬は訓練されているのか、柵に沿って走っている。

 騎手は槍を斜め前に突き出したまま馬を走らせ、馬と馬が交差するその瞬間、槍で相手の盾を突いていた。

 パーンと盾に槍がぶつかる音が場内に響き、馬の勢いの劣っていた方の騎手が、手にしていた盾を弾き飛ばされていた。


 その瞬間、馬場の外、観客席から女性たちの黄色い悲鳴があがった。

 驚いてそちらに目を向ければ、美しいドレスを身に纏い、扇を手にした貴族らしき女性たちがそこここにいて、近衛の練習を優雅に眺めていた。女性、といっても皆年若く、十代後半くらいの年齢だろう。

 これだけの女性が詰めかけているのだ、門番の衛兵が近衛へ近づこうとする女性をあれだけ牽制していたのにも納得がいくし、同時に、彼らの働きが意味をなしていないように思われた。それとも、貴族は特別なのだろうか。


 先ほどの対戦は、盾を失った方の騎手が負けとなったようで、負けた方の騎士が馬から降りると、後ろに控えていた別の騎士に場所を譲った。

 次に現れたのは、黒い馬に乗った騎士だった。彼も他の騎士と同様、銀色の甲冑を纏っており、兜には青い羽根飾りが付いている。

 よくよく見れば、どの騎士の兜にも様々な色の羽飾りが付いているので、それが甲冑で顔がわからない騎士たちを見分ける目印なのかもしれない。先ほど勝った騎士には緑色の羽飾りが付いている。


 黒馬の騎士が現れたところで、一際大きな女性たちの黄色い声援が上がる。どうやら、彼女たちのお目当てはこの黒馬の騎士のようだ。

 先ほどの勝者である緑の羽飾りの騎士と、黒馬の騎士とが馬を向かい合わせる形で左右に構えた。そして中央で旗が振られた瞬間、両者が一斉に駆け出した。

 だが、先ほどの二人と異なり、黒馬の騎士は一切の躊躇のない速さで馬を駆っていた。そして二頭の馬がすれ違う瞬間、激しい音とともに緑の羽飾りの騎士の盾が割れ、騎士はその勢いにバランスを崩して馬から転げ落ちていた。


 黒馬の騎士の強さは圧倒的だった。その後も入れ代わり立ち代わり別の騎士が馬に乗って現れるが、皆黒馬の騎士に盾を砕かれ、馬から突き落とされてしまう。その度に、女性たちから歓声や拍手が起きた。

 黒馬の騎士は、対戦が終わるごとに負けた騎士に馬を寄せ、何か言葉をかけているようだ。強い彼が、何かアドバイスでもしているのかもしれない。

 そうして十人ほどを倒したところで、黒馬の騎士は休憩を取るためか、馬から降り、馬場を他の騎士に譲った。


 黒馬の騎士が馬場の端に馬を繋げると、従騎士らしき少年が、タオルを持って彼に近寄った。黒馬の騎士は青い羽根飾りのついた兜を取り、その下に付けていた汗を抑えるためのものと思しき頭布を脱いだ。

 その瞬間、茉優は息をするのも忘れて、騎士の横顔を見つめていた。

 汗に濡れた銀色の短髪をかき上げたその騎士こそ、茉優が忘れ物を届けに来たディートリヒだったのだ。

 お店で見る時とはまた違ったディートリヒの姿に、茉優は目が離せなくなっていた。

 銀色の重そうな鎧をものともせず、黒馬を恐ろしいほどの速さで疾駆させていた彼は、とても精悍で、紳士然とした普段の彼とはまた違った魅力を放っている。


 ディートリヒは従騎士の少年と言葉を交わしながら、受け取ったタオルで顔の汗を拭っていた。

 そんな彼の元に、観客席で観戦していた女性たちが詰めかけた。

 声はこちらまで聞こえないが、女性たちの顔が一様に上気していて、熱い視線を彼に送っているのが良く見えた。

 その中の一人、赤いドレスを纏い、輝くばかりの金髪を綺麗に結った一際美しい女性がディートリヒに近づくと、彼はその女性に向き合う形で、茉優に背を向けてしまった。

 女性はとても楽しそうに笑顔でディートリヒに何かを語りかけ、ディートリヒの腕に自身の腕を絡めた。

 その光景に、茉優の胸はなぜかチクリと棘が刺さったように痛んだ。茉優はそれ以上見ていられなくなって、馬場に背を向けていた。


 そんな茉優の様子に、後ろに立っていたエルンストが訝しそうに近づいてきた。


「あそこにルーベンシュタイン副団長殿がいるよ。忘れ物を渡して来たら?」

「いえ、やはり練習の邪魔になってはいけないので、後でレーヴェ様からお渡ししていただけないでしょうか。せっかくここまで案内してくださったのに、本当に申し訳ないのですが」

「それは構わないけど……」

「お願いします」


 困惑するエルンストに茉優が手提げを渡そうとしたとき、彼はいいことを思いついたというように笑った。


「その代わり、俺のことはエルンストって名前で呼んで欲しいな」

「え?」


 今度は茉優の方が困惑し、手提げを持った手をそのまま戻してしまった。


「そんなに畏まらなくていいよ。役職こそ付いているけど、俺だって平民だし」

「それは……」


 茉優が答えあぐねている時だった。


「――茉優!」


 茉優の名前を呼ぶ声がして、振り向けば厳しい表情をしたディートリヒがこちらに歩いてくるところだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ