王太子のオールドパル(2)
院長室がある職員棟が、流民たちに提供されている建物とは別棟だということは、事前の報告書で把握していた。
しかし、実際に訪れた職員棟は清潔で、手入れが行き届いており、流民用の建物と明らかに差があった。そのことに、三人はまたしても顔を顰める。
貧窮院そのものに金が回っていないのではなく、貧窮院に頼らざるを得ない貧しい者たちにだけ、金が回っていないようだ。
両開きの院長室の扉の前に立った王太子は、そのまま中に入ろうとしたが、ラルフがそれを止めた。
「殿下、本日はお忍びですし、いきなり王族が来たと言っても警戒され、簡単に話を聞かせてくれるとは思いません。うちの部下が関わっていそうですし、今日は私に話をさせていただけませんか?」
「……わかった。お前に任せる」
王太子はしばしの間アルトマンの顔を見ていたが、やがてドアノブを握ろうとしていた手を離し、ラルフの後ろに下がった。
ラルフはそれを確認すると、丁寧にドアをノックする。
中からは低い男の声で「入れ」と返事があった。
「失礼いたします」
ラルフを先頭に三人が入ると、部屋の中央に置かれた執務机でお茶をしている、六十代くらいの男がこちらを見た。
「何かね」
こちらを胡散臭そうに見て、ぞんざいにそう言った男が、ここの院長だろうか。肥満気味で、頭に脂汗が浮かんでいる。
服装は華美で、そんな服装で、いったいどんな仕事をここでしているのかと言いたくなる。
この部屋にしてもそうだ。院長室は、貧窮院には不釣り合いな、高価な調度品で溢れていた。貧窮院の院長職は決して高給取りというわけではないはずなのに。
金ぴかの絵画やら壺やらが所狭しと並べられている様は、決して趣味がいいとは言えない。
ディートリヒが男と部屋へ視線を走らせていると、前に立つラルフがいつもの人のよさそうな声音で挨拶をした。
「ご多忙のところ恐れ入ります。私は、王都で小さな商会を営む家の倅でして、貧窮院に寄付を考えておりまして、こちらをお訪ねしたのですが、お忙しかったでしょうか?」
寄付、という言葉にピクリと反応した男は、もみ手をしながら立ち上がった。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました」
そうして明らかに態度を変えてラルフにソファを勧めた院長は、ドアに向かうと、外に大声で「誰かいないか!」と呼びかけた。
するとすぐに気の弱そうな細身の下男が駆けてきて、院長に頭を下げる。
その男に「お客様にお茶を用意しろ」と言づけると、院長はソファに戻ってきてラルフの対面に座った。
ディートリヒと王太子はラルフの後ろに立ち、院長の様子を観察する。
「ご寄付をお考えとは素晴らしいことです」
「ええ、私も善行を積みたいと思っておりまして」
ラルフがニコリと微笑むと、釣られたように院長もニコニコと笑った。
「お若いのに、まことに素晴らしい心がけですな」
そう言いながら、院長はラルフや、連れのディートリヒ達の服装をしっかりと確認することを怠らない。まるで、どれほど金を搾り取れるか考えているかのような不快な視線だ。
だが、商家の倅と名乗った割に、冴えない質素な庶民の服装であるラルフでは、大して期待できないだろうと踏んだらしい。
院長は明らかにがっかりした様子で、面倒くさそうにソファーにもたれかかった。ラルフはそれに苦笑する。
「ありがとうございます。ですが、私の心がけなど、院長様の日頃のご苦労に比べれば、取るに足りないものですよ。
流民街は治安も良くないですからね、こんな格好でもしていないと、周りから浮いてしまって危険だと、後ろの護衛たちに言われましてね。いちいち準備をするのが大変でした。
そんな場所で貧しい者たちを支援なさっているなんて、本当に頭が下がる思いですよ。
まあ、それ故に何かとご入用でしょう。寄付をする前に、院長様のお話もお聞かせいただければと思いましてね」
こうして足を運んだわけです、と続けたラルフの話し方は、さも、ちょっと良い所のお坊ちゃんが、社会見学がてら寄付を考えているかのような、そんな絶妙なもので、ディートリヒは内心で舌を巻いた。
ラルフの話を途中まで投げやりに聞いていた院長は、どうもラルフが見た目と違って金を持っていそうだと考えを改めたらしい。
現に護衛を引き連れているし、立ち居振る舞いは文句のつけようがない完璧さだ。
商会の倅というのもどうやら本当のようだと思い直した様子の院長は、再び喰いつかんばかりに身を乗り出した。
実際、アルトマン商会は王都でも指折りの大商会なのだが。
「こちらのことまでご案じくださり、ありがたいことにございます。国費が当てられているとはいえ、なかなか運営も厳しく……」
「なるほど、やはり国費だけでは足りていないということですね」
「言いにくいことですが、その通りでございます」
ならば、この部屋の趣味の悪い調度品を売り払ったらどうか、とディートリヒは思っていたが口にしない。隣では、王太子が微動だにせずに二人の話を聞いていた。
そこへ、先ほどの下男がお茶を運んできた。だが、お茶は一人分しかなく、院長が声を荒げた。
「お客様は三名だぞ。何を考えてるんだ!」
「すみませんっ」
慌てたように細身の男が出て行くと、院長が三人にわびた。
「申し訳ありません、気が利かないやつで」
「ああ、どうかお気になさらず。お話をお伺いすることができましたし、我々はもうお暇しますから」
そう言ってラルフが立ち上がると、院長が引き留める。
「ぜひ、お茶だけでも召し上がってください」
「いえ、お心遣いだけで十分です」
ラルフがドアの方へ向かおうとすると、院長がすかさず先回りし、ドアを開けた。
「寄付の件、何卒よろしくお願いしますね」
そう言って念押しすることを忘れずに。
部屋を後にした途端、ラルフが先ほどまでの笑顔をスッと消した。
三人は無言のまま、貧窮院を後にした。
「黒だな」
貧窮院の敷地を出たところで王太子がそう呟けば、ラルフが頷く。
「院長は明らかに横領をしていますね。こんなにあからさまなのに、これまで気づかなかったとは、第三士団の恥です。
院長と、それから報告書を偽造していた見回り役の二名は泳がせて、確実な証拠を掴んで処分します。他に関わっている者がいないかも徹底的に洗います」
「そうしろ。それから、金の不正使用は貧窮院と第三士団だけではなく、財務部の役人も関わっているかもしれない。
国庫から出た金を使う事業であれば、収支報告が義務付けられているし、年に一度、役人が事業評価をしているはずだが、流民用の建物の老朽化をみれば、もう何年も正当な役人の評価を受けていないのは明らかだ。
単に見逃しているだけでも問題だが、もしグルになって懐を温めている者がいたとしたら、そちらも捕えなければならない。役人の内部監査は第九士団長直属の特務部隊が担当しているから、連携しろ」
「かしこまりました」
「まさか、たった一度の視察でいきなり不正にぶつかるとはな」
王太子は厳しい口調でそう言った。顔がフードで良く見えないために、その表情はうかがい知れなかった。
※ 内部監査を担当する士団を「第二」→「第九」に修正しました。




