第40話 平和って最高
「くそっ、どいつもこいつも」
さて、その問題の王宮はどうなっているのかというと、シャルルは忙しさにイライラとしていた。
あれからドロイヤも大きく軍事行動を起こすこともなく、それどころか新たな通商条約を結ばないかと持ち掛けてきたのだ。しかも、その話はシャルルに相談される前に、ベッドの中にいる父・国王に先に相談されていた。
父のピエールも、このままでは国難を招くと思ったのか、ベッドの中から積極的に政務を執り始めた。これはレオナールの時にはなかったことだ。やはり、王太子という地位を持っているか否かが、こういう時に自分で判断できるかどうかに関わってくる。
「どうすればいいんだ」
国王が、ベッドの中とはいえ健在な様子を見せれば、わざわざシャルルに付く必要がなくなるのが大臣たちだ。それどころか、レオナールのことを弁明しているのかもしれない。
「大丈夫ですよ。ドロイヤとの条約は取り決めが多い。それで陛下自らが陣頭指揮を執っておられるだけです」
宰相のラオドールはそう言うが、彼の威勢も前ほどよくない。どうやらレオナールが政務を執っている間に、あれこれ見つかって欲しくないものが出てきていたようだ。それが今になって足を引っ張っているらしい。
「ふん。だったらどうするのだ? パウロがいなくなったら王太子になれるかと思ったが、未だに立太子の儀すら話し合えぬのだぞ」
シャルルがそう嫌味を言ったとしても、無理のない状況だ。
「す、すぐに手配いたします」
しかし、ラオドールが焦れば焦るほど、ラオドールに不利になっていく。そういう仕掛けをパウロが仕掛けていたことを見抜けなかった、所詮は二流だったこの男の、どうしようもない部分だ。
「くそっ、何がどうなっている?」
当事者であり、自分が権力を手に入れるためにレオナールを廃嫡にしたはずだったのに。
シャルルはいつしか自分の手を離れていくこの件に、思わず唇を噛んでいた。
順調に進んでいるように見えてそうではない。その思いを抱いているのはパウロも同じだった。
「もうちょっとシャルル殿下が間抜けを演じてくれると思ったんですけどねえ」
そう独り言を呟いてしまうほど、世の中が再び落ち着きを取り戻していた。その原因がハッブルの国王にあるというのも、不思議な話だ。だが、この国のジョゼフ公爵が動いている結果かもしれない。意外にも、ハッブルの国王はこちらに思念を送ってくれなかった。
「まあ、平和的解決を望むのがあの方ですが」
どうしたものだろうと、パウロも首を傾げるしかないのだった。
「今日は豚肉の塊が手に入ったから、煮込み料理にしましょう。キキからこの辺りは安全だってお墨付きも出たし、時間を掛けて料理が出来るわ」
「おおっ。って、何で煮込むんだ」
あちこちが政治的駆け引きで頭を悩ませていようと俺には関係なく、俺はマリナが作る料理に興味津々だ。
「野菜と一緒にまずはじっくりと煮込んで、その後にワインと煮込むという二段階を踏んで煮込むのよ」
「おおっ」
「そうなると、しっかり石を組んだほうがいいな」
マリナの料理計画に、シモンがそう言うとさっさと石を探しに行く。こういう時、大工としての知識が役に立つのだ。
「ワイン煮込みは王宮でもあったでしょ」
「まあね。とはいえ、マリナが作るほうが美味いに決まってるよ」
「もう。ハードルを上げないでよね」
言いつつ嬉しそうなマリナに、俺もにこにこと笑ってしまう。
ああ、やっぱり平和って最高だよね。
俺はその横で先ほど釣ってきた魚を小さな壺に入れて塩漬けにしつつ、すでに楽しみで仕方がないのだった。
それからも敵襲はなく、俺たちはハッブル王国で最も大きな川の傍へとやって来た。
「すげえ」
「俺も初めて来た」
「俺も」
雄大な川を眺めて、俺だけでなくピーターもシモンも、初めて見たと感動している。
「私はこの川で船旅をしたことがあるわ」
そんな三人に、シュリは懐かしいわと笑い
「私は最初の巡礼の時に来たかな」
マリナも昔の話だわと遠い目をしている。
「あのぅ、二人の年齢って」
俺が思わず確認すると
「あらあら。女性に年齢を訊くなんて失礼よ」
「そうよ」
と、二人揃って反撃してくれる。
「ええっと、はい。すみません」
俺は何だか凄い圧を感じて、すぐに引き下がった。
「今日は近くの宿に入ろうよ」
で、そこまで我関せずにいたキキが、ベッドで寝たいと主張。川の傍には船宿を経営しているところが多くあり、そこに泊まりたいというわけだ。
「いいなあ。俺も久々に……ああ、でも、問題は噂だなあ」
俺もベッドで寝たかったが、王子様の噂話を聞くことになるんだよなあと、渋い顔をしてしまう。
「まあまあ。ちゃんと情報収集もしないと駄目だよ」
こちらもそれまで黙っていたアンドレが、丁度いいじゃんと主張する。
「うっ、そりゃあ、まあ」
見て見ぬふりは出来ないよなと、漁師たちがのんびり網を投げる様子を見ながら、この生活を守れるかどうかにも関わるんだよなと、俺は納得するしかないのだった。




