第39話 チーズ最強
「おっ、羊の群れがいる」
「本当だ。放牧地に出たみたいだね」
俺が羊の群れを発見すると、ピーターもだいぶ進んだなとそちらに目を向ける。この時期の羊はもこもこではないが、それでも黒い顔は特徴的だ。
湖を出発してから二日。途中は雑木林をずっと進むだけだったが、ついに開けた土地にやって来ていた。
「ううん。気持ちいい」
しばらく歩くとだだっ広い草原に出て、俺はうんと身体を伸す。
「いいよな」
シモンもたまにはいいもんだと頷いている。
「ああ、ここで寝転びたい。でも、ここで寝転んだら起きれなくなりそう」
そしてキキは、寝たいなあと草原を見つめていた。
「キャンプ地を早く決めて、ゆっくりしましょう」
そんなのんびりしたいという空気を出しまくる俺たちに、シュリはやることをやってからよと苦笑している。横にいるマリナもシュリの意見に大きく頷いていた。
「ほうい」
ピーターは適当に返事を返すが
「でも、こんなに広い場所だと、どこでキャンプできるんだ?」
俺は今まで山の中や林の中でのキャンプしか経験していないので、こんな場所でもいいのかと悩んでしまう。
「兵士の野営とかだと、むしろこういうだだっ広い空間だよ」
しかし、アンドレがやりようだよねと俺の肩を叩く。
「ああ、そうなのか。でも、俺は逃げている立場だからさ」
「まあまあ」
アンドレはそう言うと、きょろきょろと辺りを見回す。この男の異能、千里眼はあらゆることを見通す力だ。その中には数キロ先を見るというのも含まれる。
「農村はまだまだ先みたいだから、この辺でキャンプしても大丈夫だね。今のところ敵もなし」
アンドレの報告に、じゃあここでいいじゃんとピーターが言い出す。
「ここは駄目よ。アンドレ、放牧地を抜けた先は?」
すぐにマリナが駄目といい、そう確認する。
「羊飼いの一家が住む家があるね。その先が、うん、丁度いいかもね」
アンドレはマリナの意図に気づいてそう言うが、俺は何で駄目なのかと首を傾げる。
「だて、ここは羊を飼うのに必要な草原だもの。万が一のことがあって荒らしちゃ、羊と羊飼いの人たちに迷惑が掛かるでしょ」
それに対してマリナの答えは明確だ。確かに開けた土地でもキャンプは出来るが、迷惑を掛けるかもしれない相手がいるのならば、出来るだけ避けたいというわけだ。
「なるほどね。たしかにあいつらのご飯を汚しちゃ悪いな」
「もう、レオったら」
俺の言い方がおかしかったようで、シュリがくすくすと笑うのだった。
「こういう時、修道女ってのは得だな」
「あら、そんな言い方ないでしょ」
夜。俺が思わずマリナにそう言ったのには訳がある。俺たちがキャンプ地としているのは、なんと羊飼いの人たちの家のすぐ傍。さらにはその一家から、チーズや野菜を分けて貰っている。
これもそれも、マリナが一家のためにお祈りをしたおかげだ。さらに村の外れに住んでいる一家の体調をマリナとシュリが診断し、適切に薬を渡したこともあって、俺たちに不審の目が向くことはなかったのだ。
「あそこの旦那さんは喉が弱っていたのよ。しばらくあの薬湯を飲めば、元に戻るわね」
シュリは薬の知識って役に立つのよと笑っている。
「それなのに魔女扱いして弾圧するってこともあるから、人間って怖いよな」
薬の知識は時として異能と同じ扱いを受けることがあるという。俺は久々のチーズの味を堪能しつつ、世の中、何かが間違っているよなと思ってしまう。
「まあ、自分に理解出来ないことを相手が知ってるのが気持ち悪いってのがあるんだろうな」
シモンは簡単に答えの出ない疑問だよと苦笑しつつ、焚き火で炙ったチーズを俺にくれる。
「おおっ、ちょっととろっとしている」
「パンに掛けると最高だぜ」
「ほほう」
王宮ではチーズは固いまま出てくるので、溶かしたチーズ自体が初めてだ。俺は言われるまま、固いまま乗せていたチーズをどけて、溶けたチーズを掛けてみる。
「美味っ、何これ」
「いや、レオの反応を見ているとさ、どれだけ王宮の料理が不味いのってなるよね」
俺の反応にピーターは呆れ、本当に王太子だったのと今更な疑問をぶつけてくれる。
「王太子だったよ。そして王宮はびっくりするくらいここの料理と違う」
何度も言わせるなと俺はむすっとしたが、アンドレがしっと指を立てた。近くに羊飼いたちがいるのを忘れてはいけなかった。
「その話題はなしだよ」
「だったね」
首を竦めたピーターだが、そうやって警戒する時が一番王子様らしいよね、と付け加えるのを忘れないのだった。
その後も俺たちはゆるゆると旅を続けた。農村部を歩いていると、戦争の話も、また王子様たちの話も耳に入って来ず、俺は気楽にキャンプを楽しめた。
「このまま何事もなく、うやむやになってくれればいいんだけどな」
最初の羊飼いに出会ってから一週間。俺は草取りに勤しむ人たちを眺めながら、そんなことを思っていた。




