第32話 トラブル発生
「レオナールの捜索だけでなく、パウロも捜索するとなると、ドロイヤ国境の兵をいくらか呼び戻す必要があります」
シャルルはそう報告してきた騎士団長に、思わず舌打ちをしていた。あいつらは戦争を起こさせることさえ、邪魔するつもりか。そんな怒りが湧き上がってくる。
夜通し行われた捜索をもってしても、王宮神官長の姿を見つける事は出来なかった。となると、捜索の手を広げる必要がある。しかし、兵の数には限りがあるのでどするかという相談だ。それにシャルルは頭を掻き毟りたい気分になる。
「ドロイヤの動きはどうなんだ?」
しかし、こちらが動揺すればするほど、大臣たちの心はレオナールに傾いてしまう。シャルルは自制心を総動員して、冷静な振りをして訊ねた。
「今のところ、大きな動きはありません。やはり大規模な戦闘を起こすとなると、隣のミッドランド連邦国の動きが気になるようです」
「ふむ。ならば、少しの間、パウロの捜索に割けるということか」
「ええ」
騎士団長のビルドは頷きつつ、これで戦争も諦めてくれればいいのにと内心思っていた。
どちらも兵に損害が出たからと言って、ここで安易に戦争をするのは間違っている。もしも廃嫡騒動がなければ、戦争なんて単語は出てこなかったはずだ。
総てはこのシャルルのせいなのに。騎士団長の目から見れば、そうとしか映らない。
とはいえ、レオナールが絶対的に慕われていたかというと、そうではないのが実情だ。彼は誰にでも分け隔てなく接する事が出来るという美点を持っているが、それだけに、上位のものを上手く煽てることが苦手だった。
そういう点が、シャルルがいいって奴を生むんだよな。
シャルルの場合は必ず身分を重視している。今、騎士団長の自分の言葉にのみ耳を傾けているのがいい例だ。
「よし。一部を呼び戻してパウロを追わせろ。早急に連れ戻すんだ」
今も、逃げた王宮神官長を蔑ろにしないしね。騎士団長はそんなことを考えながら、敬礼してシャルルの前を辞したのだった。
俺たちが酒場に行くと、中から怒鳴り合う声が聞こえた。
「何だ?」
「酒場っていうのは、たまに仲裁所としても働くからな。何か揉め事だろう」
驚く俺とは違い、シモンにしてもアンドレにしても慣れた光景らしい。そして、何で揉めているんだと普通に酒場の中に入っていった。
「ほら、行くぞ」
困惑する俺を引っ張って、ピーターも中へと入る。
「さっさと金を返せ、この野郎! 嫁が産気づいたなんて嘘を吐きやがって」
「嘘じゃない。本当だったんだ。でも」
中に入ると、体格のいい大男が細っこい男に掴み掛かっているところだった。それを酒場の親父のメルロが止めに入る。
「おいおい。冷静に話し合えよ」
「こいつが嘘を吐いた上に金を返さないのが悪いんだろ! いっつも金にだらしなくて、少額の金をちまちまちまちま借りていたんだぞ。あんただってツケにしている酒代、かなりあるんだろうが!」
怒鳴る男はメルロにまで食って掛かる。しかし、その言い分を聞く限り、細い男の方が悪いようだ。
「金銭トラブルか」
「まあ、よくある話だな」
首を竦めている俺に、シモンはよくある話だと肩を叩いてくる。俺だってそれが一番揉めることを知っているが、こうやって怒鳴り合っている場面というのは見たことがなかった。
なんていうか、怖い。
剣や銃を向けられるのとは違う怖さがあると、俺はますます首を竦める。
「そりゃあ、溜まってるけどな。けど、金貨五百枚なんて、そう簡単に使える額じゃねえぞ。おい、ケイル、何があったんだ」
メルロは細い男、ケイルというらしい、に事情を言えよと詰め寄る。しかし、男はおどおどとするばかいで、一向に事情を話そうとはしなかった。
「何かあるのかな」
言えない事情があるのか。俺は帽子の中からこっそりケイルを覗き見る。不健康そうな顔は、メルロにまで詰め寄られて、さらに真っ青になっている。
「どうせ碌な事には使ってねえよ。酒癖の悪さだけじゃねえだろ、こいつの悪事は」
大男、こちらはビルという名前だ、はケイルを睨み付ける。しかし、ケイルはぎっと睨むだけで事情を話そうとしない。
これはますます奇妙だ。
「さっさと返せよ。いい加減にしねえと、てめえの家の中身を全部売っちまうぞ」
「や、止めてくれっ!」
この時初めて、ケイルがビルに掴み掛かった。それをメルロが慌てて止めに入る。
「落ち着け。だが、お前もビルが出せる金の大半を借りているようなものなんだぞ。こうなったら、嫁さんを呼ぶしかないぞ」
「それは駄目だ!」
「やぱり産気づいたってのは嘘だったんだな」
「違う!」
「あのぅ」
そこで俺は堪らずに二人の間に出てしまった。シモンはおいっと肩を掴んできたが、このままでは話が平行線だし、問題のお嫁さんにまで害が及んでしまう。
「なんだ、吟遊詩人! 世間知らずは引っ込んでやがれ!」
ビルは俺に向けてそう怒鳴ってくる。俺は怒鳴られるというのに慣れていないのでビックリしたが、それでも、このままでは問題が解決しないのだ。




