第30話 王宮神官長
「町の中は王子様の話題で持ちきりだね」
夜。あちこちで噂を集めていたアンドレは、宿に戻るなりそう報告してきた。久々のベッドを堪能していた俺は、嫌だなあと顔を顰める。でも、寝転んでいる姿勢から変えるつもりはなかった。
「レオナールだけでなく、シャルルも話題になっているようだな」
そんな俺に苦笑しつつ、シモンはどういう噂が多いんだと訊ねる。
「シャルルって、レオを追放した奴だよな。そいつって好き勝手にやってるんじゃないのか?」
しかし、ピーターがそう口を挟んできたので、アンドレはどうだろうねと肩を竦めて俺を見てきた。
「知らないよ。廃嫡を決定したってことは、すぐに立太子するものだと思っていたけど、そうなってはいないみたいだし」
俺は枕に顔を埋めたまま言う。現在、この国は次の王が決まっていない状態になっているのだ。つまりは空白。このまま俺もシャルルも次期国王になれないとなると、他の王族から適任を探すことになるだろう。
「どうやらその辺は、王宮内の色んな勢力の思惑が絡んでいるみたいだね。シャルルは一応、レオの仕事を引き継いでいるみたいだけれども、それは王宮内に動ける王族がシャルルしかいないからってだけみたいだ。廃嫡の決定に対してサインをした大臣たちも、袖の下ありきってところで、すぐに立太子の儀が行われないとなると、動揺しているみたいだよ」
アンドレが俺の様子を窺いながら、そう報告してくる。しかし、俺はまだベッドでごろごろしたまま、関心のない振りを続けた。だが、心の中は大いに乱れている。
あれほどのことがあったのに、すぐにシャルルが次期国王として認められないのはどうしてだろう。この疑問は大きい。
しかし、王宮にいるシャルルには打つ手がたくさんある。おそらく、味方に付いているラオドールも色々とやっているに違いない。その一つが、状況を利用しての戦争だ。
慣習を変えることは難しいが、切迫した事態になればそんなことは言っていられないだろう。となれば、このままシャルルとラオドールは戦争の準備を急ぐことになる。
「そういう状況だから、どうしても戦争はしたいんだろうな」
シモンが俺と同じ考えを披露する。俺はやっぱりそう思うよなと、ベッドに寝転んだまま頷く。
「変なの。ここで王子様はごろごろしているだけだぜ。それなのに、色んな奴が色んな理由を付けて利用するんだな」
ピーターの不満そうな声に、俺も本当だよと同意してしまう。
「要するに、書類だけの廃嫡には納得出来ない人が多いってことだね。宰相の根回し不足と、レオを軽んじた罰でしょ」
しかし、アンドレがそうまとめるのを聞いて、俺はますます不機嫌になってベッドに潜り込むのだった。
逃げた王宮神官長の姿は、なんとオーロランド公国にあった。すぐに公爵との会談が実現し、現在、パウロはジョゼフと話し合いの最中だった。
「まさか王宮神官長が国を脱出するとはね。それも部下全員を引き連れてとは」
こそこそと動き始めていたジョゼフだが、こんな大物が乗り込んできたとなれば多少緊張する。しかし、目の前のパウロはにこりと笑ってみせた。
「それはもちろん、オーロランド公爵様がすでに我が国の王の秘密をご存じですからね」
そしてさらっと懸念事項を口にしてくれる。
「私を消すつもりか」
そんなことはないと知りつつ、確認しなければ落ち着かない。国王と王族の一部が能力者である。これは他国に知られるわけにはいかない秘密だろう。その秘密をミッドランドに漏らしたとなれば、国王と親族関係にあるなんて無意味なことになるかもしれない。
「まさか。私はあなたにご助力頂きたく、ここまで参上したのですよ」
「ほう」
助力ね。やはりこのパウロは国王と親密に連絡を取り合っているわけかと頷いた。
「今回の謀反ですが、私はあえて動きませんでした。レオナール殿下には悪いですが、あの方があのまま国王になるには、少しばかり汚さが足りませんからね」
さらにパウロは意外なことを口にする。しかし、確かに王宮神官長の地位にありながら、謀反に気づけなかったというのは奇妙な話だ。
「ええ。知っていましたよ。あのラオドールという男がその身に不相応な野望を抱いていることも知っていました。知っていて、宰相になることを許可したのです」
「ふうむ」
なるほど、ある程度のことはこの神官長の手の上だったということか。ジョゼフはますますややこしいことになったなと顎を撫でる。
「我々神官の役目は、ハッブル王国を正しく導くことです。それは過去に魔女と取り引きした時から始まっています。大きな力を御す役割を我々は担っているのです」
パウロはそのためには謀反を容認することもありますと、目を鋭くして断言する。




