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第29話 酒場の店主

「ふうん。つまり問題はドロイヤとハッブルの国境か」

 シモンは知っているくせに、そんなことを微塵も感じさせずに思案する振りをする。

「いざこざはそうらしいけど、ミッドランドやオーロランドも動いているって噂だな。このままだと、さらに北のリビトも動くんじゃないかってひやひやしてくるよ。ハッブルは国境を接している国が多いから、ちょっと変なことがあると、すぐあちこちから狙われるんだ。困ったもんだよ」

 メルロは情報通らしく、したり顔でそう付け加えた。言っていることは間違っておらず、俺は酒場の店主でもこのくらいのことは考えるんだなと感心していた。

 政治というとどうしても王族や貴族の特権と思ってしまうが、考えるまでもなく国民に影響することだ。話題にしないわけがない。俺は不安なんだろうなと、ちょっと胸が苦しくなった。

「まあ、そうだろうな。ハッブルは海に面している上に肥沃な大地もある。資源がでかいからな」

 シモンは魅力的だろうよと、メルロに話題を合わせてくくっと笑っている。しかし、目は心配げにこっちを見ていた。戦争のきっかけになるかもしれない俺に、一応気遣ってくれているわけだ。

 俺は頷き、話題を続けてくれとシモンを促す。

「そうそう。町で王子様がどうこうっていう話を聞いたが、これについては知っているか?」

 俺の許可を得ると、シモンはさらにそう話題を振ってみる。すると、メルロはよく解らんと肩を竦めた。これは意外だった。

「知らねえのか。ここに来るまでに、かなり色々と言われていたが」

「だからだよ。話があちこちから出てて、意味不明ってところだ。どうやらハッブルの上の連中と、他の国とで情報合戦でもやってるようでよ。毎日違う話題が出てくる始末だ。ぶっちゃけ、その王子様自身は何もやってねえんじゃないのか? そうじゃなきゃ、ここまで話題が真逆になることもないだろう」

 メルロは頭のいい男だった。俺は目深く被った帽子の中で驚いた顔をしてしまう。

「なるほどな。つまり、ハッブルと他の国も、王子様を利用しているってところか」

 シモンはにやっと笑ってメルロに訊く。

「そうなんじゃねえの。俺は戦争を起こしたい奴は別にいると思うね。今までの国王様だったら、兵士が殺されたからって、短絡的に戦争なんて言わないだろうしさ。この国がドロイヤと戦争しなきゃならんほど困ってるなんて話は、聞いたことがねえしな」

 ほいよと、俺の前に切ったハムを起きながら、変な話だねえと同意を求めてくる。

「そうっすね」

 俺はあえてピーターの口調を真似つつ、こくこくと頷いておいた。そして、出されたハムを手で掴むと、ぱくりと食べた。

「美味っ」

 これがまあ、胡椒がぴりっと利いていて、びっくりするくらいに美味かった。

「ははっ、だろ。うちの自慢の一品だ。そのハムがこの酒場で普通に出せているうちは平和だろうよ。胡椒は海の向こうから手に入れるもんだし、ハムを熟成する時間だっているからな」

 がははっと笑うメルロに、俺は終始感心させられっぱなしなのだった。




「宰相様」

「どうした?」

 夜。ようやく一日の仕事が終わったと思っていたラオドールの元に、ばたばたと駆け寄る男がいた。そいつは王宮神官長を見張らせていた者だ。おかげでラオドールは一度解いた緊張をすぐに取り戻すことになる。

「はっ。それが、姿が見えなくなりました」

「は?」

「で、ですから、急にいなくなったのです。今日は一日教会にいたので、俺はずっと外で見張っていました。しかし、夜になっても一向に出てきません。これは妙だなと思い、万が一にもいたら適当に話せばいいかと中に入ったのですが」

「いなかったのか?」

「はい。どこにも姿がありませんでした。それだけでなく、一緒にいた神官たちの姿もありません」

「何だと。すぐに教会を捜索しろ! 騎士団長を呼べ!」

 ただ王宮からいなくなったはずがない。ラオドールはパウロの憎たらしい顔を思い浮かべ、こちらが不利になるように動くはずだと、大声で捜索を命じていた。

 それから数時間後。

結論から言うと、王宮神官長の姿はどこにもなかった。それどころか、神職の総てがいなくなっていた。

「一体どういうことなんだ?」

 騒ぎを聞きつけたシャルルも教会にやって来たが、そこにはいるべき人が誰もいない。

「私にもさっぱり解りません。しかし、奴はレオナールの方を持ち、シャルル様の立太子を邪魔しておりました。これはもう、謀反を起こそうとしているに違いありません」

 戸惑うシャルルに、ラオドールはここぞとばかりにそう主張する。だが、それはシャルルを一層不安にするものだった。

「立太子の儀には神官の立ち会いが必要なのだぞ。誰もいなくなってしまっただなんて、どうすればいいんだ?」

 シャルルの怒鳴り声が教会にこだまする。それに、捜索活動をしていた騎士団たちは首を竦めた。

「お、落ち着いてください。これは奴らの職務怠慢なのですよ。全員をクビにし、新たに神官を入れれば良いだけです」

 二人きりの時ならばいざ知らず、多くの人がいる場所で取り乱した姿を見られるわけにはいかない。ラオドールはまあまあと宥めるのに必死だ。

「落ち着いていられるか。お前はパウロの影響が少ないとでも思っているのか?」

 しかし、シャルルは我慢の限界だった。簡単に手に入るという甘言に乗ってしまったがために、今、多くの苦労を背負い込んでいる。とてもイライラしていた。

 一方、ラオドールもパウロの影響力を持ち出されると、すぐには反論できなかった。王宮神官長という地位は、この国では軽くない。むしろ重たいものだ。普段は政治の場に口出すことはないが、国王の信頼は絶対的であり、いざとなれば大臣たちの決定を覆すことが出来てしまう。

「パウロを探せ! 何としてでも!」

 仕方なく、ラオドールはそう騎士団長に命じるのだった。


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