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第23話 藪蛇

「それは無理だろ。結局のところ、お前の追放は謀反の結果だ。正当性に欠けた状態だったわけだろ? 何かがあればすぐに結束は綻ぶ。それが、今の状況だろうな」

 そんな俺に向けて、シモンは逃げるだけでいいのかと見てくる。しかし、俺には戻るという選択肢がなかった。

「そんなの、同意しておいて勝手すぎるよ」

 ぎゅっとズボンを握り締め、裏切られた時のショックがどれほどのものだったか考えていないと俯いてしまう。

 生きるのにいっぱいいっぱいで前ばかり見ているけど、ふとした瞬間に浮かぶのは、あの廃嫡決定が書かれた紙だ。それに同意した人たちの名前だ。

 何でもないように振る舞っているけど、心には大きな傷を負ったままだ。死ぬほどの目に遭わされたのは、まだ一か月と少し前なのだ。二度と王宮には近づきたくない。

「悪い。山を下りたら少し東寄りに進む。湖まで抜けてから北に向うぞ」

 シモンは俯いた俺の頭をぽんぽんと撫でて、今後の進路を告げたのだった。




「元にいた場所に帰してやるべきってのは俺たちのエゴなのかな」

「どうしたのさ、急に」

 夜。みんなが寝静まってから、火の番をするシモンはぽつりと呟いていた。それに、アンドレは変な物でも食ったのと酷いツッコミを入れてくれる。

「レオだよ。あいつは王子様だ。しかも、ここでふらふらしているべき奴じゃないって、直感で解ったほどの男だ。でも、あいつは凄え傷ついているんだよな」

 シモンは唆したお前は、あの反応をどう見たんだよと睨む。

 苦しそうな表情を見せたのは僅かだ。しかし、今日の反応は一段と傷の深さを見せつけられた。それだけに、戻るための背中をちょっとずつ押し続けるのはいいことなのかと悩む。

「傷ついているのは仕方ないよね。王子様は純粋すぎたんだから。あまりに色んなことを信じすぎていて、暗い部分が見えてなかったんだよ。でも、王子様が戻らなきゃ、この国は消えるだけだよ」

 アンドレは千里眼を舐めないでよねと、遠くを監視しながら断言する。アンドレの目にはあまりに多くの事象が映る。だからこそ、レオを手放しては駄目だと付き従ったのだ。

「それは解ってるんだが、何だろうなあ」

 シモンは溜め息を吐きつつ、俺が眠るテントへと視線を向ける。

 謀反がなければ、こんな無駄な生活を送ることもなく、真っ直ぐに国を引っ張っていたことだろう。それだけに、謀反がレオナールにどんな影響を与えてしまっているのか、シモンは心配だった。今は何でもないように振る舞うことが多いが、宿敵となった宰相が目の前に現われた時にどんな反応をするのか、これが怖い。

「能力が暴走しなきゃいいけどな」

 シモンは一番懸念していることを口にする。

「それはそうだね。っていうか、王子様はまだ自分が能力者だなんて思っていないんだよね。どうしてそういう部分は鈍感なんだろう」

 アンドレは遠くを見張ったまま笑ってしまう。

 無駄に長い道のりを使って移動したのは、その間に死ぬのを狙ってのことだ。しかし、異能者ならばぎりぎり死ぬことはない。

 たぶん、王族に近い連中はそれを知っているはずだ。知っていて、その方法を宰相に進言したに違いない。この辺りはアンドレの千里眼でも見えなかったことから、異能で覆い隠されていたことになる。

「この国って、意外と多くの異能力者がはびこっているんだよねえ」

「はっ、そのおかげで俺たちはお目こぼしをもらっているんだ。藪蛇にならないようにしてくれよ」

 アンドレの呟きに、暴走するなよとシモンは思わず注意をしてしまう。とはいえ、このまま政変が続くようならば、いずれレオナールが異能を発揮してしまうだろう。厄介な問題だ。

「藪蛇にしたのは宰相だよ。彼は権力に目がくらんで、何も見えていないんだから」

 それに対してアンドレは、この事態を巻き起こした張本人に苦情を言ってよねと、肩を竦めるしかないのだった。




 一方の王宮では、一連の出来事の報告を受けてシャルルが顔を青くしていた。

「どういうことだ。兄・・・・・・レオナールを捕まえられないだけでなく、ドロイヤと戦うことになるだと」

「申し訳ございません、殿下。こちらの不手際でございます」

 周辺が騒がしくなってきたことで、シャルルは不安になっていた。それをつい宰相のラオドールにぶつけてしまうが、あっさりと躱される。

「不手際で許されるのか?」

 イライラとシャルルは足を踏み鳴らす。それにラオドールは、やはりレオナールより扱いやすいと心の中で笑っていた。こうやって感情を外に出してくれる方が取り入りやすいというもの。

「大丈夫です。ドロイヤに後れを取るようなことはありません」

「戦争なんて起こしてみろ。今度こそ俺は、大臣どもから見捨てられるんだぞ」

「おやおや。弱気になられますな。レオナールは逃げているものの、方々から追われてボロボロでございますぞ。守っている奴らも、そのうち愛想を尽かすでしょう。そうなれば、王族直系男子はシャルル様のみ。王位がシャルル様のものになるのは当然でございましょう」

「ふん」

 おべっかにシャルルは鼻を鳴らす。しかし、ラオドールが言っていることは事実だ。

「早急にレオナールを捕まえ、ドロイヤにその首をくれてやれ」

 こうなったら戦争になるかもしれないという緊迫状況もレオナールに押しつけるまでだ。シャルルは非情な命令をいとも簡単に下す。

「承知しております」

 もちろんそのつもりだと、ラオドールはにやりと笑うのだった。

 着々とドロイヤ王国との戦いの準備を進めるラオドールの企みは、至って単純だった。

 総ての責任をレオナールと王宮神官長のパウロに擦り付ける。今ある不満を戦争によってうやむやにする。これだけだ。

「どうせ日和見をしている奴らが多いのだ。レオナールが戦争の引き金を引き、それによって殺されたとなれば、もう反論の余地はない。ドロイヤの兵士を唆し、こちらの兵士を殺したのだとすでに流布してある」

 後は御しやすいシャルルを王として、権力の総てを頂くまで。

 あの男は感情が表に出やすい。すぐにお飾りの王様に仕立てるのは簡単だ。

「くくっ。少々トラブルはあったものの、概ね順調だ」

 ラオドールはにやりとあくどい笑みを浮かべるのだった。


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