第8話
こんばんは!遅い時間に失礼します。
8話目の更新になります。
城から帰る馬車の中、ティファニーは興奮で鼻が膨らむのを感じた。
「アルベール見た? 私の外交術! 」
「ええ、1番の特等席から拝見していましたよ」
「レオン様と自然と仲良くなるだけじゃなくて、城で魔力を習わせてもらえるという成果まで上げるなんて! 」
「まあ、今回は偶然ではないですか? チョコレートの皿からの話題の移り方も、ティファニー様の意図した展開ではないでしょう? 」
「……あなた、ここ最近随分言うじゃない。どんな心境の変化かしら? 」
冷静なアルベールにティファニーのテンションも急落する。
それにしても、前世の記憶を取り戻してから妙にアルベールの言葉端がひっかかる。こんな物言いをする人だっただろうか?
しかし、怪しむティファニーをおいて、アルベールはいいえ、と首を振った。
「以前からこのような感じでしたよ」
「……そうだったかしら? 前はこんなにあなたの言葉にひっかからなかったような気がするんだけど」
「いいえ、今までも何度も意見は申し上げてまいりました」
きっぱり言い切るアルベールになんとなく気圧されて口をつぐむ。
「私はいつでもティファニー様の賛同者という訳ではありませんでした。時にはあなたの1番近くにいる人間として厳しく意見したこともあります」
そうだっただろうか。いまいち思い出せないが、アルベールの口調が真実だと語る。
「ですが、私どもの意見など、ティファニー様が否と言えば無かったことになります。我々が二度意見することはありません」
「つまり……私はあなたの意見にまともに耳を貸してこなかった、ってこと? 」
「はい。私がティファニー様にとってどんなに耳の痛いことを申し上げても、ティファニー様にとってはなんの意味もないのです。ただ一言、嫌だと言えばそれで終わる。ティファニー様にとっては、私の言葉なんぞ受け流しておけばよかったのです」
そんなに自分はアルベールの発言を無視していただろうか。
前世の記憶が戻る前のアルベールを思い出そうとしてみる。しかし、ほんの何週間か前のことなのに、アルベールに何を言われていたのか、何を話していたのか、そもそもアルベールは普段何をしているのか、いまいちよく思い出せない。
間違いなく自分の1番近くにいる人なのに。
「……私、周りの人間に興味がなかったんだわ」
「そうですね。ただ、他の人の意見を聞かなくとも生きてこれた環境があったのも確かです」
しかしいずれはそうも行かなくなります、というアルベールの言葉に、無言で頷く。1番のお姫様でいられるのは、この"トラヴァーズ家の娘"である間だけだ。
そんな簡単なことも、ついこの間まではまったく頭になかったが。
「これまでも私のことを思って意見してくれていた、ってことね」
「当然でございます」
力強く頷くアルベール。
「……だとしても、言い方に少し棘を感じるんだけど? 」
「どうにかしてティファニー様に私の言葉を届けようと試行錯誤した結果、今のような言い回しになってしまいました。大変申し訳ございません」
少しも心のこもっていない謝罪だ。けれども、以前私だったら「心のこもっていない」ことにも気が付かなかっただろう。
ですが、とアルベールは続ける。
「ここ最近のティファニー様は、私の言うことに反応してくださるようになりました」
「……そうね」
「これは大変喜ばしいことです」
私も言い続けた甲斐がありました、と感動するアルベールには悪いが、これは間違いなく前世の記憶を思い出したおかげだ。かと言って「あなたのおかげじゃないわ」と言うこともできず、ティファニーは会話を続けた。
「あなた、なんだか私の保護者みたいね」
「ほぼそのようなものです」
「ほぼって……。私たち、2つしか違わないじゃない」
「そうかもしれませんが、これが私の務めなのです。昔は物理的にしか盾になれませんでしたが」
「昔って……。そういえばアルベール、あなたいつから私の従者をやっているの? 」
「ティファニー様が7歳の頃、つまり私が9の頃からでございます」
「あなたそんなに幼かったの!? 」
思わず立ち上がる。危ないですよと慌てて手を掴まれて座らされた。
記憶の奥底を必死に探る。母に連れてこられた応接間、ドレスのスカート越しに見た固い表情の少年は、ソファの背もたれ程の背丈も無かったような。
「どこも同じようなものだと思いますよ。そのくらいの年齢からでないと、色々身につきませんから」
「そうなのね……」
前世での生活を思い出してしまった以上、この「従者」という存在は異質に映る。
従者とは、上級貴族の女性につく専属の秘書のような人だ。基本的にはボディーガードと秘書の役割を兼任し、面倒ごとを避けたいパーティーでのエスコートや成長すると同時に増える政治的な場面まで、ありとあらゆるサポートを行う。
その為には主人の性格や好み、動きの癖までも把握している必要があるとされており、下級貴族の家から幼いうちに養子として上級貴族の家に出されることが多い。
アルベールも母の従兄弟の子爵家の末息子である。
「しかし最近は、ティファニー様のことが分からなくなり始めました」
「え? 」
「今までのティファニー様も、勿論一流のレディでした。立ち居振る舞いやマナー、雰囲気、すべてが他のご令嬢を圧倒しています」
「……それはそうね」
「はい。ティファニー様は幼い頃から一流の教育を一身に受け、それを余すことなく吸収されました。数多のご令嬢を見てきた私から見ても、間違いなくこの辺りではティファニー様に敵う方はいらっしゃいません」
……少し恥ずかしい。今までアルベールにこれほど褒められたことがあっただろうか?
思わず視線をそろりと逸らしたティファニーに向かってアルベールは尚も口を開く。
「ですが、これまでのティファニー様は……」
「……言っていいのよ」
「ティファニー様は、すべてがつまらなそうでした。すべてが当然で、すべてが予想通り、すべてが思い通り」
返す言葉がない。前世を思い出してからしばらく忘れていた、あの仄暗い優越感を包み込む絶望的な感情が胸に迫る。ああ嫌だ、苦しい。
「けれども、昔は違いました。覚えておいでですか? まだ家庭教師をつけたばかりの頃のことなど」
覚えてる。と言うより、今思い出した。なんでいままで忘れていたんだろう。
広い屋敷を駆けずり回って、胸いっぱい若草の香りを吸い込んで、ほこりっぽい屋根裏に隠れて。
これ、本当に私?
「幼い頃は一緒に屋敷を抜け出して、夜の庭を探検したりしたこともありました。最近のティファニー様は、あの頃の瞳に近い」
……そうだった。いつからだろう、すべてが手に入ると分かってしまった気になったのは。あの頃どこに行くにも連れていたクマのぬいぐるみは、今どこにあるのだろう。
無意識のうちに封じていた記憶が、洪水のように流れ込んでくる。
何がきっかけかは私には分かりませんが、という声は穏やかだ。
「私は、嬉しいです」
アルベールの真っ直ぐで穏やかな瞳が刺さる。
久しぶりに見た、アルベールの瞳はとても綺麗な琥珀色をしていた。
全然占いのパートが来ません!!