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第7話



 絶好のティータイム日和、と言うには少し暑いくらいに晴れている。

 今日は登城日だ。朝早くからピカピカに全身を磨かれ、華やかに、しかし華美になりすぎないように着飾る。

 勝手知ったる庭を、城の使用人の後に続いて静かに歩く。周囲には色とりどりのバラが咲き乱れており、一輪一輪が今にも落ちそうなほどに大きい。甘くて爽やかで少しほろ苦い、バラ特有の香りが辺りを漂う。

 やがて視界に入ってきた大きな楕円形のテーブルと山ほどのスイーツ、そしてその前に立つ炎のような赤い髪に深紅の瞳の青年。白いジャケットとパンツがあまりにも眩しい。

 目を細めそうになったところをぐっと堪えてティファニーは口を開いた。


「お久しぶりです、レオン様。お招きいただきありがとうございます」

「久しぶり。こちらこそ、来てくれて嬉しいよ」

「お変わりはありませんてしたか? 」

「ああ。ティファニーも元気そうで何よりだ」


 気の強そうなアルトボイスが響く。

 笑顔を浮かべてはいるが、なんの感情も篭っていない形式的な挨拶だ。毎回やっていたはずなのに、記憶が戻ってからだと改めてその空っぽ加減に気がつく。

 自分で言うのも何だが、冷めた関係だと思う。私はレオンに興味がなかったし、レオンもおそらく私に興味がないーーそれどころか今までの私の態度なら"何の面白みもない冷めた高慢令嬢"くらいには思われているだろうーーので、会話が弾むわけがない。

 こんなんでよく(ゲームでの私たちは)婚約したなと思う。

 しかし、とりあえず今はそんなことはどうだっていい。逸る気持ちを抑えて、優雅に椅子に腰掛ける。


ーああ、素晴らしすぎる! 完璧よ!


 目の前に広がる絶景に息とよだれを飲む。

 テーブルに広がる沢山のチョコレート菓子や焼き菓子、一口大のケーキにフルーツにサンドイッチ、そして紅茶。甘い香りがそよ風に乗って鼻をくすぐる。一種の迫力すら感じる光景だ。

 先月までの記憶の数倍輝いているその光景に、ティファニーは鼻息が荒くなりそうなのを感じた。が、ゆっくり深呼吸をして誤魔化す。


「今日は天気が良かったから外にしたんだ。暑かっただろうか」

「いいえ、そんなこと。お気遣いありがとうございます」


 笑顔で返しつつも意識は手元のスイーツに飛んでいる。

 さあ、会話はもういいわ!


「今日は東方のスパイスを使用した菓子も用意したんだ。遠慮なく食べてくれ」

「まあ! それは楽しみですわ! 」


 思わず本気の声が出た。一瞬レオンの表情が止まる。

 いけない、はしたなかったかしら。

 しかし、すぐに自然な表情に戻り、レオンは手で食べるよう促した。

 初夏の陽射しを浴びて輝くチョコレートを一粒つまむ。

 では。


「〜〜っ! 」


 美味しい!!

 声にならない感動で目が大きく開く。

 チョコなのにスパイシー! これはコショウかしら、少しシナモンの香りも、あ、この味はカルダモン……!?

 もぐもぐと口を動かすティファニーを、レオンは少し意外そうな顔で見つめる。


「そんなに美味いか」


 話しかけられるとは思っていなかった。

 ごくっと飲み込んで、澄ました顔を取り繕う。


「ええ。こちらでいただく食事はいつも美味しいですわ」

「今の反応は明らかにいつものと違っただろう」


 こちらに聞かせるつもりはないであろう、君もちょっとは感情があるんだな、という呟きにカチンと……来ない。目の前のスイーツが美味しいと多少のことはどうでもよくなるらしい。

 あら、あの焼き菓子は何かしら?初めて見る形ね。あ、向こうにあるあのクッキー、あれって美味しいのよね……なんで今までがっつかないでいれたのかしら?

 このアフタヌーンティーでは、メイドは最低限しか近づかない。そのため基本的なサーブは自分で行う。それを良いことに、ぽいぽいと菓子を皿に持っていく。

 と、後方から妙な圧を感じる。

 アルベールだ。

 今日の城へ向かう道中で言われたことを思い出す。


「ティファニー様、入学まで1年を切ったので言わせていただきますが」

「なによ」

「そろそろ、レオン王太子殿下との仲を深めてください」

「仲を? 」

「はい。学園に入学する前に関係を深め、王家との結びつきを強めておくべきです」

「私にレオン様と入学前に婚約しろって言っているの? 」


 思わず責めるような口調になる。

 王子はいつか自分のものになると信じていた以前に引き続き、記憶を取り戻してその考えを改めた今も、いまいち王子に興味が持てないのだ。

 なんでそんな人と結婚を全体に会わなきゃならないのかしら……というのは、恋愛結婚が当然だった前世の価値観の影響だ。


「いえ。ただ、将来ティファニー様がどんな未来をお望みでも問題ないよう、地盤は固めておくべきだと申し上げているのです」

「そう……」


 私とレオン様が仲良くしておくことは、私だけでなくトラヴァーズ家の為になる。

 将来魔力を失ってポンコツになるかもしれない私にとって、家族に貢献できる重要で数少ないチャンスだ。

 

「分かったわ」

「お願いしますよ」


 ……という会話を交わしてから数時間。

 ロイヤルスイーツに気を取られてすっかり忘れていた。少しは王子と交流を図らなければ。

 幸いにも、今日のレオン様は機嫌が良さそうだ。私に対してもいつもより柔らかい態度である。

 何か会話……の前に、チョコを1つ。この天気で溶けてしまってはもったいない。

 大義名分のもと、ティファニーはつやつやのチョコに指を伸ばした。

 ……ん?


「このチョコ……」

「どうかしたか? 」

「なぜこんなに冷たいのですか? この陽射しなのに氷のように冷たい……」

「ああ、それか! よく気がついたな」


 レオンの表情が驚きと喜びで明るくなる。

 この人こんな表情もできるのね? と驚いている間にレオンはこれはだな、と説明を始める。


「チョコじゃない。皿だ。」

「皿? 」

「ああ。触ってごらん」


 言われるがままに、チョコを並べている皿に人差し指でチョンと触れる。


「っ冷たっ! 」

「そうだろう。その皿には薄い氷の膜が張ってあるんだ」

「氷の膜? そんなこと……」

「できるんだよ。優秀な水魔力を操る人間が護衛に1人いてね。今回外で茶会をやると決まったとき、どうやったらチョコが溶けないか考えた料理人が思い付いた案がこれ、という訳なんだ」

「水魔力なのに氷? 」


 水魔力は水を操る魔力のはずだ。


「そう。水魔力は、本人の力が強いと操る水を氷に変えることができるんだ」

「そうだったのですね」


 知らなかった。水を氷に変える……きっと美しいのだろう。

 うっとりと想像するティファニーに、レオンは意外だという風に話しかけた。


「ティファニーは魔力操作に興味があるのか」

「え、ええ。学園に入る前に魔力について習えないかと、今父に相談しているところなのです」

「ならうちに来て習えばいい」


 え? うちに来て?

 困惑するティファニーを他所に、それがいいと納得顔のレオンは続ける。


「実は僕もね、もう既に魔力操作を習い始めているんだ」

「まあ、そうだったのですね」

「ああ。毎週先生を呼んで、基本的な操作と知識を教えてもらっているんだ。よかったら来るか? 」

「い、いいんですの!? 」


 これは大チャンスだ。己の魔力に対するミーハーな興味が満たされるだけでなく、王家との繋がりも強くすることができるかもしれない。


「もちろん。来週からどうだ? 」

「ええ、ぜひ! 」

「詳しい話は人を通しておくよ」

「ありがとうございます。このような機会をいただき感謝致します」


 立って礼を言おうとすると、いや、と手で制される。


「しかし意外だな、ティファニーは魔力に興味があったのか」

「はい。意外でしたか? 」

「いや。何というか君は、どちらかと言うと読書や刺繍などに興味があると思っていたからな」


 なるほど、「自発性皆無の面白みのない奴だと思っていた」はこのように言い換えられるのか。

 その対応力に関心しつつ、思いがけない収穫を得たティファニーは極上の笑顔で「そうなのですね」と返した。




こんばんは!

最近ブクマと評価をいただけるようになってきており、大変感激しています。この場を借りてお礼申し上げます!本当にありがとうございます!


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