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第6話



 庭から部屋へ戻る途中、ふと思い出したようにアルベールが口を開いた。


「そう言えば、明日は月例の登城の日ですが、覚えておいででしたか? 」

「当然すっかり忘れてたわ」


 やれやれとでも言いたげに息を吐くアルベールを無視して、前回の登城を思い出す。

 登城、というとまるで家臣が王の命令を受ける為に向かうような印象だが、その実態はただの顔合わせである。

 誰と誰のって、私とこの国の第一王子ーーレオン・マクシム・ヴァレリーとのだ。

 簡単に言うと、将来の為の布石だ。我が国有数の資産家であり、国の中枢部である財務省の大臣を務めるトラヴァーズ家の一人娘と、この国の第一王子が同い年なのである。当然、周囲の大人たちはこう考えるーー将来この2人は結婚する、いや、すべきだろう、と。

 正式な婚約は結んでいないが、特に不都合がなければいつかは婚約者となるだろう。と言うか、婚約者になることを今の私は前世の記憶で知ってしまった。

 その為に現在月に1回顔合わせという名のティータイム、お互いのことを知る期間が設けられているのだが。


ーまっったく前回が思い出せないわ……。


 前回は何を話した? 場所は室内だったか、それとも庭だったか?

 いくつかのぼんやりとした記憶のかけらがない混ぜになり、何が前回のものだったか分からない。

 これも前世の記憶を取り戻した影響だろう、と思いたいが、それは違うことは自分が1番分かっている。

 単に興味がなかったのだ。内々定が出ている未来の婚約者。いつかは自分のものになると決まっている人間なんて、どうでもよかったのだ。

 ……ちょっと待って。


ー私、随分と傲慢ね?


 自分のものになるって、本やなんかと違うんだから。それにしてもこの考え方、いかにも「悪役令嬢」らしい。引き攣るように片頬があがった。

 けれども、今この傲慢さに気がつくことができたことはラッキーだ。考えの変化は前世における「常識的な感覚」を思い出したおかげかもしれない。きっと他にもあるであろう傲慢高飛車成分をこうやって少しずつ矯正して、自分を悪役から遠ざけなければ。

 それはそうとして、前回の会話を覚えていないのは良くない。明日あって先月と同じ話をしては老化を疑われてしまうだろう。

 あの清廉潔白な黒い瞳で疑いの眼差しを向けられるのはなかなか堪えそうだ。


「アルベール、前回の会食で私たちがどんな会話をしていたか、あなた覚えてる? あなたの控えていた位置なら聞こえていたわよね? 」

「はい。前回は王城の庭のバラがもうすぐ咲きそうな件、来年入学する学園の寮の件、王太子殿下が弓の大会で準優勝なさった件についてです」

「そう……そういえばそんな話をしたような記憶があるような気がしなくもない感じがするわ」

「覚えてらっしゃらないんですね」

「そんなことないわよ? 」


 ほんの少しだけ思い出した気がする。永遠のような沈黙の中でぽつりぽつりと交わした言葉が、確かバラがどうだとか、そんなだったような気がする。

 それにしても退屈な時間だ。よく我慢できたなと思う。

 そんな退屈な会が明日に迫っているのかと思うと、自然とため息が出た。

 何かモチベーションが欲しい……沈黙の時間の救いになるような何かが……


「あっ! 」

「どうされました!? 」


 アルベールの大きな悲鳴に耳を押さえる。クールぶっていて案外リアクションの大きい男だ。

 気を取り直して、負けないように声を張る。


「そうよ! スイーツがあるじゃない! 」

「はあ? 」

「明日はディナー? それともアフタヌーンティー? 」

「明日はティータイムに伺う予定です」

「ということは、スイーツが食べれるじゃない! 」

「はあ……いつも召し上がっていらっしゃいますよね? 」

「そうだけど、今と前では違うのよ! 」


 3段のケーキスタンドに所狭しと乗った、チョコやフルーツの焼き菓子。飽きが来ないように用意されたサンドイッチのベーコンの味。

 ……めちゃくちゃ美味しいじゃないあれ! なんで今までの私は平然と食べていられたのかしら!?

 記憶を思い出す前と後では、価値観だけでなく舌の感度まで違ってくるらしい。思い出しただけで頬によだれがたまる。

 急激に空いてきたお腹をさすりたいのを我慢して、アルベールの方を振り返る。


「お腹が空いたわ。ランチまであとどれくらいかしら? 」

「もうすぐですよ。ああほら、あそこでメイドが……」


 大階段の上をアルベールが指さした、と思った次の瞬間、どん、と体に強い衝撃が走った。そのまま体が後ろへと傾く。

 え、なに!?

 倒れる、と咄嗟に目を瞑った瞬間、体が床に叩きつけられる。それと同時に金属が大理石の床に叩きつけられるけたたましい音がすぐ側で鳴り響いた。

 遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。その声に恐る恐る瞼を開けた。


「……え、なに……、重っ! 」


 視界に入って来たのは散乱したナイフとフォーク。一拍置いて、アルベールの重みを体に感じた。


「申し訳ございませんお嬢様! お怪我はございませんか!? 」


 階段の上からメイドが走り降りてくる。その姿をぼーっと見ていると、ようやく体が軽くなった。


「お怪我はございませんか? 」

「……ええ、大丈夫よ。今何がどうなったの? 」

「メイドが手を滑らせてワゴンを階段の上から落としたんですよ。ほら 」


 アルベールの指す方向を見ると、確かにそこには銀のワゴンが転がっていた。

 差し出された手に捕まって立ち上がる。アルベールは庇ってくれたのだとようやく理解が追いついた。


「そうだったのね……。私はてっきり、あなたに下剋上でもされたのかと思ったわ」

「そんな訳ないじゃないですか。私はただ、ティファニー様が鋭利な刃物に当たらないよう、」


 そこまで言って思い当たったらしい。はっと息を飲むアルベールに微笑みかけながらも、自分の心臓がばくばく鳴っているのを感じた。


「まあ、"剣"では無かったわね」


 ソードの10。今回のリーディングは、「降ってくる刃物に刺されないように」が正解だったらしい。




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