第5話
青空にもうじき夏が来ることを予感させる雲が浮いている。こんな天気の日は庭でタロットの勉強をするのにうってつけだ。タロットカードと大きめのチーフ、そしてノートを持ってアルベールを伴い庭へ出た。
前世と思われる記憶を思い出してから1週間。あれからティファニーは毎日タロットの練習をしている。
正直、魔力を失うことは諦めている。原因が分からない以上抗いようがないからだ。それならばせめてタロットを上達して、家族のお荷物にならないようにしたい。
あてもなく庭を歩いていると、遠くに白く小さな建物が見えた。吸い寄せられるように近づく。
「まあ、こんな所にガゼボがあったなんて。知らなかったわ」
シンプルだが上品な趣味のガゼボだ。中に入ると白いガーデンテーブルと揃いの椅子が置いてある。タロットを広げるのに丁度良さそうだ。
ご機嫌でクロスを広げ始めるティファニーをアルベールが不審げな様子で見つめる。
「ティファニー様はここ最近、毎日のようにカード遊びをなさっていますね」
「これはタロットって言うのよ」
「タロット、ですか。どちらで見つけられたのです?」
どちらで、と言われても。私が知りたいくらいだ。
「……図書室でたまたま見つけたのよ」
「そうでしたか。一体なぜ異国のカードなんてものが図書室に」
「さあー」
クロスを整え中央にタロットを綺麗に置いて、ティファニーは椅子に座る。午前中の瑞々しい光を受けて、カードがキラキラと輝いているように見えた。
「しかし、非常に美しいカードですね」
「そうでしょう! 私もとても気に入っているの」
テーブルの山から1枚手に取る。カードの裏面は夜空のような深い青に金の幾何学模様が施されている。
アルベールに手渡すと、興味深そうにじっくり見つめた。
「ああ、トランプより少し大きいのですね。だからここまで複雑な絵が描ける」
「そうなのよ。よく気がついたわね」
カードの山からもう何枚か取って、絵柄を見る。
タロットは「大アルカナ」と「小アルカナ」の2種類から構成される、全78枚のカードだ。「大」「小」とあるが、カードのサイズは同じである。
0〜21までの数字がついた「大アルカナ」は「太陽」や「皇帝」といった象徴的なものがそれぞれにあしらわれている。
一方、「小アルカナ」はワンド(棍棒)、ソード(剣)、ペンタクル(金貨)、カップ(聖杯)の4種類に分けられ、それぞれが1〜10の数字カードとペイジ・ナイト・クイーン・キングの4人の人物カードで構成されている。
この小アルカナからトランプが生まれた、なんて話もあるんだけど……とここで言ったら更なる不審の目を向けられることが確定するので、ぐっと飲み込む。
「それで、このタロットで何をしていらっしゃるんです?」
手品でも練習なさってるんですか?と言うアルベールにふふんと胸を張る。
「占いよ!」
「占い……って、あの星占いとか水晶占いの占い、ですか?」
「そうよ。カードをめくって占いができるの」
「カードで。それはまた新しいですね」
やはりこの世界にはタロット占いはないらしい。
もしかして私がカード占いの創始者になってしまうのかしら……!? とワクワクするティファニーの前に、アルベールが手にしていたカードをそっと置く。
そういえば、こっちの世界ではカードの復習ばかりでまだ何も占っていない。
「せっかくだし、何か占ってみようかしら」
「良いですね。しかし、ついこの前練習を始めたばかりでは?」
「そ、うね。でも、タロット占いってそこまで難しく考えなくていいと思うの」
まあ見てて、と言ってティファニーはタロットの前で居住まいを正した。
「今日はどんな1日になるかしら」
ほんとは声に出さなくてもいいけど。アルベールにも分かるように、何について占うか宣言する。
そしてぐしゃっとカードの山を崩した。目を丸くしたアルベールを横目に、かき混ぜるようにカードをシャッフルする。
心が静まるのを感じてから、広がったカードを再び集めてまとめた。
とん、とテーブルで整え、クロスの中央に静かに置く。
山の上から1枚カードを引き、絵柄の面に返した。
「うわっ、なんですかその不吉な絵は!」
ティファニーが反応する前にアルベールが悲鳴をあげる。
カードにはうつ伏せに倒れた1人の男。その背中には10本の剣が刺さっている。
「ソードの10、逆位置ね」
「完全に刺されているじゃないですか! これはどういう意味なんです!? 」
「落ち着いてアルベール。別に今日私が刺されるって訳ではないわ」
「そうなんですか? 」
「ええ。1つのカードに色々な意味があるし、自分なりに解釈してもいいのよ。それにこのカード、逆さまでしょう? 逆さまのカードは意味が違ってくるの」
「なるほど……そうなんですね」
タロットは絵柄がある以上、めくったカードが上下逆さまに出てくることがある。その場合、正位置とは意味が異なったり、捉え方が変わることがある。
ソードの10の逆位置は、正位置の意味「望まぬ終了」の逆や別の捉え方ーーつまり「新たな始まり」や「起死回生」と言った意味で読まれることが多い。
しかし結局のところ、タロットの解釈は読み手に委ねられる。向きを考えないのも良し、カードの絵をそのまま捉えるのも良し。
「……ということだから、もしかしたらナイフが降ってくるかもしれないわ」
「結局可能性は残っているじゃないですか! 」
「まあまあ。あまり深刻に捉えすぎないことよ」
あたるかどうかは今日この後のお楽しみだ。カードを片付けようと手を伸ばしたとき、アルベールの視線を感じて手を止める
「……なにかしら」
「楽しそうですね」
「……え? 」
唐突な言葉に聞き返すと、アルベールはいえ、と笑った。
「失礼を承知ですが、これまでのティファニー様はなんと言うか、あまりご自身から何かに興味を持つ方ではありませんでしたから」
「……そうだったかしら」
「はい。ですがここ最近は瞳が生き生きとして、まるで人形に命が吹き込まれたようです」
「あなた今、私のことを人形だとおっしゃって? 」
「言葉の綾というやつでございます」
さらりと交わすアルベールを問い詰めようかと思ったが珍しく嬉しそうな笑顔をしていたので、それに免じて不問とすることにした。