第31話
痛いくらいの視線を手元に浴びながら、1枚1枚、静かにカードをめくっていく。3枚目をめくり終えて、ティファニーはうーんと唸った。
未来を表す3枚目に出たカードは、ワンドの3、逆位置である。これは。
「どうどう? どんな感じ? 」
「そうね……結論から言うと、今のままだと失敗するかもしれないわ」
「あーやっぱりそうか! 」
エイミーはピンクの髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
ワンドの3。正位置だと「待ち望んだ結果」や「念願が叶う」といった意味だが、今回は逆位置である。このままだとチャンスを逃すことになるかもしれないわね、とティファニーは呟いた。
「でも印象としては、『完全なる失敗』って雰囲気でもないわ。どちらかと言うと、『あと少しで成功のところ、惜しくも失敗』ってイメージかしら」
「あと少し? ってことは、失敗の要因はいくつもあるって訳じゃなさそうね」
ふむ、とエイミーは顎に手をあてる。
「今挙がっている不安要素は、私が鳥と仲良くなっていないこと、そしてシリルが闇を抱えていないことの2つよね? 」
「ええ」
「てことは、この2つのうちどちらか一方だけが原因で失敗する、って考えてもいいんじゃない? 」
「そうね、今はこの2つから検討するしかなさそうね」
小鳥が来なくて失敗か、闇を抱えていないシリルがエイミーにほんの少しも心を動かされず失敗か。どちらもありそうな気がする。
と、エイミーが、あ、と小さく呟く。
「……もし、『闇を抱えていない状態のシリル』は私にまったく魅力を感じないんだとすると、このイベントはどうあがいても絶対に成功しないわよね? 」
「……そうね」
「でも、占いの結果は『あとちょっとのところで失敗』って感じなんでしょ? だとしたら、やっぱり鳥の方じゃないかしら」
私失敗のパターン見えたかも! とエイミーは続ける。
「偶然通りかかった庭の片隅、花咲き乱れるあずま屋に、美少女が静かに座っている。その光景の美しさにシリルは目を奪われるも、まあそこまで。みたいな? 」
「確かに、『小鳥と戯れる』という神秘的な美しさが加わっていないと、声を掛けるまではいかないかもしれないわね」
「となると、今の一番の課題は『どう鳥を呼び寄せるか』かあ」
あのクッキーかなり美味しいんだけどなあ、とエイミーはベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「もしかしたら、この世界の鳥はクッキーとか食べないのかもしれないわよ? 」
「え、そんなことって……でも確かに私、この世界で鳥が餌を食べているところって見たことないかも」
「各々この世界の鳥の餌を調べて、また明日報告し合うのは? 2人で調べるより色々な情報が集まると思うの」
「それいい! 」
ベッドからぴょんと飛び降りたエイミーは、よし! と手を打った。
「さ、そうと決まれば私は今から図書室に行くから、今日はこれでお開きよ」
「あなたもの凄い早さで生きているのね」
エイミーに背中を押されるようにして部屋を出る。じゃあまた明日、と跳ねるように消えていった彼女の背中を見送ってから、ティファニーは自分の部屋へと戻った。
「……わっ、びっくりした」
自室のドアを開けると当然のように人がいて、思わず声が出る。
「おかえりなさいませ」
「……ただいま」
簡易的なティーセットでも、アルベールは美味しくお茶を淹れられる。揺れる湯気を前に満足気に、アルベールはこちらに笑顔を向けた。それにしてもなぜ、こんなにもタイミングよくお茶が入るのだろう。昔からの疑問である。
ティファニーが椅子に座ると、アルベールもその向かいにすっと座る。最近は同じテーブルにつくことも慣れてきたようだ。
「……あ、美味しい。この茶葉、初めてじゃない? 」
「そうなんです。よくお気付きでしたね」
この茶葉は品種はこれまでの物と同じですが土の成分が違いまして〜、と始めたアルベールの声をBGMに、ティファニーはクッキーを1枚手に取る。
先程エイミーの部屋で食べたものよりしっとりもしたタイプだ。バターの香りはそれほどしない。
「ねえアルベール、鳥って普段何を食べるのかしら? 」
「……鳥、ですか? 」
目を丸くしたアルベールは、そうですねえ、と考える。
「やはり木の実とかでは? 」
「木の実ねえ……、もうちょっと引きのあるものとかない? 」
「引きのある……また難しい注文ですね」
木の実の他ですと乾燥フルーツ、パンくず、花の蜜でしょうか、といくつか並べ立て、そういえばこういうのもありますよ、と思い出したようにアルベールは言った。
「羊肉のワイン漬けです」
「ひ、羊肉? 」
「ええ。羊肉のワイン漬けを使って、獲物である鳥獣を誘き寄せることもあるそうです」
「なるほどね……」
肉なんて考えてもみなかった。確かにクッキーや木の実と違って匂いも強そうだし、鳥もそれに釣られてふらふらと飛んで来そうである。
頭にメモしておかなくちゃ、と瞳を輝かせたティファニーに、アルベールははあ、とため息をついた。
「しかし、またどうして急に鳥の餌など? もしかして、エイミー様と何か企んでおられるのでは? 」
「あら、違うわよ? たまたまそういう話になっただけよ」
「そうですか」
そうですか、と言いつつアルベールの眉は不振そうに顰められたままである。
「あなた、エイミーのことを何か疑っているの? 」
「そうですね、正直に言うと変だと感じます」
手にしていたティーカップを置き、アルベールは真面目な顔をした。
「ここ数年で実家の会社は莫大な利益を挙げ、ついには庶民から男爵になり、学園に入学してからは国内で唯一の公爵令嬢とお近づきに。あまりにとんとん拍子に政治の中枢へと近づいています」
「政治の中枢って……まあそうかもしれないけど」
アルベールの大げさな言い草に反論しようとしたが、実際エイミーは国の中枢に食い込もうとしていることを思い出し、口を閉じる。
しかし、このままアルベールのエイミーに対する悪い印象を放っておくこともできない。
「……彼女のご実家の事業が上手く行ったのは努力あってのことだと思うし、私と仲良くなったのも同じ級友なのだから変ではないと思うわ」
「そうかもしれませんね」
意外にもあっさりと認めたアルベールは、先程のはあくまで私の妄想ということにしておいてください、と続けた。
「しかし、ティファニー様もエイミーさんの影響には気をつけなくてはありませんよ」
「気をつけなくてはならないこと? 」
「先日レオン様とお話されていたときのことです。会話の途中、ティファニー様はレオン様に『あ、そっか』と言っていました」
「え!? 」
手で口をばっと抑える。彼とは長い付き合いだとは言え、あくまで王族である。軽率な口の利き方をしていい相手ではない。
流石にひやっとしました、と追撃され、ティファニーはごめんなさい、と項垂れた。
「レオン様ももちろん気がついていらっしゃいましたが、特に気に留められた様子ではありませんでした。少し驚いていたようですが」
「……それは驚いて当然よ。そんな言い方、今までしたことなかったもの」
「まあしかし、お二人の仲ですので。レオン様もそのようなことを一々ご指摘されるような方ではありませんし」
真っ当なフォローが居心地悪い。
「しかし、あのような言い方はエイミーさんの口調の影響では? 」
「そうかもしれないわ。公の場でやらないように気をつけるわね」
ただでさえエイミーの部屋に行くときはアルベールを置いてきているのである。これ以上ティファニーに悪影響があると判断されれば、アルベールはエイミーが近づいて来るのを良しとしないだろう。
本当にごめんなさい今後は気をつけるわ、とティファニーは再度謝った。




