第3話
「ティファニー、今日はまた随分と素敵な髪にしてもらったのね」
朝食を始めるとすぐにお母様が話しかけてきた。瑞々しい生野菜を飲み込んで、そうなの、と答える。
「15歳最初の朝だからってミラがしてくれたのよ」
「それは良いわね。髪の色と花が良く合っているわ」
そう言って満足気に微笑むお母様の髪も私と同じ黄金だ。豪華なそれを今日はいつもよりざっくりと纏めている。よく見ると服装もいつもより落ち着いている。今日は1日休みなのだろうか。
「ところで、昨夜は良く眠れたのか。あれだけ疲れていると返って眠れないものだ」
そう気遣わしがな声のお父様自身は、いつも通り豪快にパンを食べている。がっしりした体格に似合わず、財務省の大臣という頭を使う仕事をしている。
昨晩は私の誕生日パーティーがあり、何十人もの人が全国から私(と大臣であるお父様)に会いに来たのだ。その全員、しかも多くが高い地位にいる人たちと挨拶するとなると、いくら偉い人間に慣れている私でもへとへとである。
宝石がこれでもかと散りばめられたドレスの裾を何度も持ち上げた腕が、今朝になってじんわりと痛む。一点の曇りもなく磨かれた銀のナイフとフォークがずしんとくる。
「平気よ、お父様。いつもよりすっきり起きられたくらいだわ」
「と、言う割にはフォークを持つ腕が震えているようだな」
「それをひっくるめて平気だと言っているのよ」
馬鹿にしないで、という意思を込めて目をやると、それはすまなかった、と大口を開けて笑われた。行儀が悪い。
「来年の誕生日は学園の寮で迎えることになるのかしら」
「そうね、でも夏の休みには帰ってくるつもりよ」
「それじゃあ誕生日をとっくに過ぎてしまってるじゃない」
どうしても寮に入らなくちゃいけないのかしら、と頬に手を当てる母をたしなめる。
「決まりなんだからしょうがないわよ、私だけって訳にもいかないし」
「そうよねえ。それにしてもさみしくなるわ」
「ほんの数年のことだし、まだ入寮まで1年くらいあるのよ? 」
1年……そうだ、あと1年もあるのだ。
この世界では、貴族の子供は16になると学園に入学する。学園では主に魔力の操作練習と、基本的な勉強を習う。入学するまでは家庭教師に教養やマナーを習うのだ。
それまであと1年。その1年を私はこれまで通り、ピアノやバイオリンや、とっくに身につけたマナーを復習しつづける日々を送り続けるの?
将来失うかもしれない魔力の練習を、あと1年も待つの?
「……ごちそうさま」
「ティファニー、今日のレッスンは全部キャンセルしてあるから、ゆっくりしてていいのよ」
「分かったわ。ありがとうお母様」
黙って未来を受け入れるような私ではない。早速魔力の練習を、そしてタロットの感覚を思い起こさなければ。