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第29話

前回の会話の続きからです



 感慨深い顔をして、エイミーはたった1年よ、と言った。


「たった1年で、社員は爆発的に増えたわ。家風呂の宣伝をする人、実際に設置をする人、修理や点検をする人、そしてお金や人の管理をする人。多分、50人は下らなかったと思うわ」

「あなたのお父様、前世は大企業の社長だったんではなくて? 」

「ね? 私も、お父さんの天職は間違いなく経営者なんだと思ってる。そんなある日、隣の町にある大きな孤児院から依頼が来たの」

「孤児院? 」

「そう。子供たちを入れるための大きなお風呂を作ってくれないかって。その子たちの命を救うために」

「命を救う? 」


 聞こえてきた単語に違和感を覚えて、思わず聞き返す。エイミーはそうよ、と頷いた。


「子供たちって、汗とか泥とかでとにかく肌が汚れるでしょう?しかも孤児院の夏はとにかく暑い。そのせいで、これまでは体を清潔に保てなくて皮膚をひっかく子が多かったの。何が問題かって、そのときに出来た傷口から菌が入って、感染症に罹って亡くなってしまうことが頻繁に起きていたことよ」

「傷口から菌が入って死ぬ? そんなことって……。私だってきっと、これまでに沢山傷を作ってきたけれど」

「でも、あなたは次の瞬間には手当てをしてもらえたでしょ? 」


 すぐに切り返される。それだけじゃないわ、とエイミーは続けた。


「悲しいことだけど、そもそもの衛生環境や栄養状態も違うわ。私も知らなかったんだけど、孤児院の子供たちはちょっとした怪我や傷、そこから入り込む菌が大きな打撃となることがよくあるらしいの。そのためにも、まずは病気にならないことが大切だって、そこの孤児院の院長は考えたってわけね」

「そうなのね……」


 傷が出来ただけで死んでしまう人がいるなんて、考えもしなかった。やっぱりここは、"ファンタジー"ではない。


「まあでも、その風呂作戦が相当上手くいってね。その孤児院で感染症が原因で亡くなった子供は、風呂ができてからは1人も出なかったの」

「1人も!? それってすごいことじゃない! 」

「ね。私もとっても嬉しかった。それからは、沢山の町の孤児院から依頼が来たわ。お父さんは孤児院の子供たちにはいつもちょっとした仕事を手伝ってもらっているからと言って、無償で風呂を建てたのよ」


 当時を思い出すように優しく微笑んだエイミーは、で、こっからよ! と急にテンションを上げた。


「孤児院の子供の死亡率を大幅に下げた上に、膨大な利益から来る多額の税金を納めている。……もう分かるわね? 」

「……褒賞ね? 」

「その通りよ」


 ヒロインがスカートの裾を摘まみ上げる。それは間違いなく、平民の普段着ではないものだった。


「そんなこんなで、私たち一家は爵位を貰い男爵になりました、とさ! 」


 おどけたように語尾を跳ね上げる。エイミーは軽く締めたが、ずいぶんと中身のぎっしり詰まった話だったように思う。

 ティファニーはふう、と大きく息を吐いた。


「今の話だけで、一冊の本ができそうだわ。『異世界風呂屋~転生したら衛生環境最悪だったので、入浴の楽しさを知ってもらいました~』みたいな感じで」

「確かに、我ながら結構ストーリーとしては悪くないと思うわね。ああそう、その緑茶も男爵になってから仕入れるようになったの。私にとってのちょっとした贅沢なの」

「そうだったの……」


 急に緑茶の味が香り高く奥深いものになった気がする。我ながら現金な舌だ。

 そんな感じで男爵になってしばらく経ったある日魔力が突然発露、あとはだいたいシナリオ通りって感じでここにいるわ、とエイミーは後半を雑にまとめた。


「あなたは? この1年、どんな感じで過ごしてきたの? 」

「私は……、私は、タロットをして過ごしてきたわ」

「タロット? てあの、占いの? 」

「そうよ。……タロットが占いに使うものだって知っている人に会うのも、この世界では初めてね」


 これまで自分がしてきたことをつらつらと話す。気が付いたら前世で使っていたタロットを握りしめていたこと、既にシリルやヴィクターと交流があることなどなど。

 粗方聞き終えたエイミーは、なるほどねえ、と納得したように呟いた。


「やっぱり入試のあれは、あなたが関わっていたのね」

「入試のって、あなたが首席合格しなかったこと? 」

「そうよ。私ね、自分で言うのもなんだけど、入試に向けてだいーぶ勉強してきたのよ」

「そ、そうなのね」

「実際、本番もほぼ満点に近かったと思うわ。なのに彼が首席合格だったでしょ? だから変だと思って彼に聞いてみたのよ」

「なんて? 」

「『シリルさんって首席合格だったんですよね? すご~い! 受験勉強とかってどうやってしてたんですか~? 』って」

「げふっ! 」


 突然「うるうる子犬モード」に入ったティファニーを受け止めきれず、緑茶が気管支に入る。ゲームのヒロインに寄せているのだろうが、そんな分かりやすいぶりっ子で果たして何千もの貴族令嬢を見てきた彼らに通用するだろうか。

 こちらの反応を意に介さず、エイミーは続ける。


「そしたらあの人、お母さんが学者さんで、家庭教師が帰った後も分からない問題とかはお母さんに聞いていたんですって。そのときおかしいと思ったのよ、ゲームだとシリルはお母さんと上手くいっていないっていう設定だったから! 」


 でも今ので分かったわ、とエイミーはすっきりした声を出した。


「結果的に、あなたがシリルとお母さんの仲を取り持っていたのね」

「取り持ったって言うか……。私は、占いの結果を伝えただけよ」

「まあ確かに、さっきの話を聞く限りだとそうなるわね。ふーん、占いかあ……。じゃあ、ティファニーの夢は占い師? 」

「夢? 」


 夢、と聞かれるとよく分からない。そういえば、自分はこの世界で何をしたくて、何になりたかったのだろう。


「私の夢はね、国中に学校を建てることよ! 」


 ティファニーの返事を聞かずに、エイミーは高らかに宣言した。


「学校? 」

「そうよ。もちろんここみたいな高尚な感じじゃなくていいから、村の子供たちがみんなで読み書き算数を学べるような、そんな学校よ」

「……今って、村の子供たちはどうやって勉強をしているの? 」


 貴族の子供たちは、基本的には家庭教師をつけて勉強をする。しかし、村の一般家庭にそんな余裕はないだろう。


「基本的には両親に教えてもらったり、あとは親の手伝いをしているうちに自然と学んだりとかかしら。そんな感じだから、計算力や読解力は人によって差があるわ。でも一つ言えることは、貴族の子と比べて、全体的に学力が低いということよ」


 私、孤児院に風呂を建てるうちに思ったの、とエイミーは静かに言った。


「お風呂のおかげで、確かに死亡率は下がったわ。でも、そこで終わりじゃない。物語なら"病気にならずに済みました"でちゃんちゃんってなるけど、現実の人間は風呂が設置されてからも、むしろ、されたからこそ生き続けるわ」


 生きていくには仕事が必要、そして就ける仕事を増やすには教育が必要、とエイミーは明快に筋立てた。


「だから、私の次の目標は学校を建てることなの」


 別に責任感とかじゃないけど、と付け加えたエイミーにティファニーもこくこくと頷く。


「とっても分かりやすかったわ」

「でも、国中に学校を建てるって大変なことだと思うの。いくらうちの会社が利益を出そうとも、無謀な話だわ」

「そうね。しかも学校からは利益なんてほとんど出ないでしょうし」

「そうなの。だから私、ゲームと同じように力を持ちたいの」

「力……っていうのは、」

「もちろん、光魔力のことじゃないわよ? 私が行っているのは、国中に学校を建てられちゃうような魔力、つまり権力のこと。私もゲームの私と同じくらい権力を持つつもりよ。で、ここからが本題なんだけど」

「え? ここから? 今までのは前振りなの? 」

「私、あなたに協力してほしいの。ゲームと同じように、私が国の中枢に入り込めるように。ねえ、協力してくれる?」


 そう力を込めた瞳は、とても"可憐なヒロイン"とは思えないほどギラついていた。


「協力って……ゲームと同じようにってことは、私にあなたを虐めろって言ってるの? 私滅びない? 」

「虐めろなんて言ってないわよ! 確かに私たちがゲームの彼女たちと同じように動けば、上手くいったかもしれないけど。もうゲームの設定とはだいぶ違っちゃってるしね」


 肩をすくめて見せたエイミーは、ねえ、どう? と続けた。


「私としては、前提を共有できるあなたが協力してくれたらとっても心強いんだけど。それにあなた、どうやら凄腕の占い師みたいだし」


 ふざけた様子で言ったエイミーは、それでも本気なようだった。

 どうしよう。自分の危機を回避するためにこれまで行動してきたのに、ここに来てヒロインに協力する? ヒロインが順調に行ったら自分だって順調に悪い方向へ行く可能性だって否定できない。


ーー……でも、自分の占いが彼女の夢の役に、引いてはもっと大勢の人の立つかもしれない。


「……占いっていったって、何でも視える訳じゃないわ。それに、私は多分あなたほどゲームをやり込んでいない。今日のシリルとのイベントだって、子供と魔獣を見てもまったく思い出せなかったわ。……それでもいいかしら? 」

「ううん! むしろ、私からは感謝しか返せないんだけど」


 ついに手を握られる。エイミーの情熱がまっすぐ伝わっているような体温を感じる。

 じわりとその熱が、ティファニーに移った。


「……いいわ。でも、あんまり占いを宛てにしすぎないでちょうだい? 」

「本当に! 嬉しい、ありがとう! 」

「っわ! 」


 ガチャン、と食器を鳴らしてエイミーがテーブル越しに抱きついてきた。耳元でうふふと笑われて、少しくすぐったい。


「ねえ私、どうやらあなたとすっごく仲良くなりたかったみたい! だってこんなに嬉しいんだもん! 」


 ガンガン響く声が、うるさいのにずっと聞いていたいような気分になる。


「……私もね、あなたといると、身分も何もない、ただの高校生だった頃を思い出すわ」

「あら、それを『ワクワクする』って言うのよ」


 ティファニーなんかよりずっとワクワクと弾んだ声が耳元ではじける。ぎゅっと強く抱きしめられると、ぱっと両肩を掴まれて正面から顔を見合わせた。


「よろしくね、ティファ! 」

「ティファ……」

「だって、ティファニーはちょっと長いわ。咄嗟に名前を呼んだときに噛んじゃいそう」


 ティファ、と口の中で呟いてみる。もしかしなくとも、この世界での初めてのあだ名かもしれない。

 彼女のワンテンポ早いペースに巻き込まれていくのを感じながら、ティファニーはくすっと笑った。


「だったらあなたはそのままでいいわね、エイミー! 」



逆ハーのはずが百合の花が咲きそう

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