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第28話



 エイミーの部屋に入って最初に感じたのは「強烈な既視感」だった。

 そりゃそうでしょ、とエイミーは言う。


「だってここはセーブポイントだったじゃない。毎回ゲームを切る前に見てたんだから、既視感もあって当然よ」


 小さな丸テーブルの前に置かれた椅子に腰かけたティファニーに、そっとティーカップが置かれる。中を覗いて、思わず声が出た。


「嘘、これ……緑茶!? 」

「に、見えるでしょ? ちょっと飲んでみて」


 そう楽しげに言うエイミーは、ティファニーの正面の椅子にクッションを抱いてぽすんと座った。手で促されるままに、一口飲む。


「……やっぱり緑茶、よね!? 」

「そう、見た目も味もほとんど同じなのよ。名前は"緑茶"じゃないんだけど、私は緑茶として飲んでいるわ」


 エイミーも一口すする。今日もおいしい、と呟いた彼女は、どうやらハーブティーの一種らしいの、と続けた。

 確かに緑茶と比べて鼻に抜ける爽やかさが強いかもしれない、と味を吟味するティファニーに、さてと、とエイミーは向き直った。


「もはや確認でしかないんだけど。あなたも、"この世界"以外の記憶があるのよね? 」


 正面から投げかけられた言葉に、分かっていたとはいえどくんと心臓が音を立てる。

 真剣な視線に、ティファニーもティーカップを置いて、ええ、と頷いた。


「昔私がいた世界で、私はこの世界を"ゲームの舞台"として知ったわ」

「"光の乙女が祈る時"ね? 」

「その通りよ。私はそれで"あなた"を操作して遊んでいたわ」

「……うん。私も同じ」


 同じよ、と噛みしめるように呟いたエイミーの言葉が、じわりと胸に広がる。

 この世界で、自分と同じ境遇の人間が他にもいたなんて。私、一人じゃなかったんだ。

 はあっと感極まったようにエイミーが息を吐き出す。


「ねえ、私、話したいことがいっぱいあるんだけど! 」


 クッションをぎゅっと抱きしめて身を乗り出してくるその瞳は、うるうると水分を湛えていた。ティファニーもつられて身を乗り出す。


「私もよ! この1年、誰かに話したくても話せないことが沢山あったわ! 」

「1年!? 」


 エイミーが驚いた声を出す。


「ええ。1年くらい前に突然思い出したの。あなたは? 」

「私は物心がついたときから、別の世界の記憶があったわ」

「えっ!? 」


 となると、4歳くらいだろうか。幼くして二つの記憶を持つ少女。……天才の香りがする。


「でも、それって相当幼い頃よね? 混乱とかなかったの? 周りの人に言ってしまって、変なふうに見られたりとかは? 」

「ううん。小さい頃は、周りの大人にも"ここじゃない世界の記憶がある"ってことは話したことがあるけど、夢を見ていたのね、って片づけられていたから。それに、成長するにつれて"自分が主人公のゲームを遊んだことがある"なんて言わない方がいいってことにも気づいたしね」

「そう……」


 10歳にも満たない頃から自分の特異性と向き合わなければならなかった幼いエイミーを想像して、自然と気遣わしげな声が漏れる。別にそこまで深刻な感じじゃなかったのよ? とエイミーは否定するように両手を振った。


「私は、とにかく嬉しいって気持ちが大きかったのよ? 碌な前世じゃなかったしね。大好きだったゲームに"ヒロイン"として生まれることができるなんて、なかなか無いじゃない? 」


 そう言って、エイミーは自分の髪の毛を両手でふわりと流して見せた。そのいかにもな"美少女"感に、思わずふふっと笑みがこぼれる。

 クッキーを一つ摘まんでから、まあでも、と口を開く。


「年齢が上がるにつれて、前の世界と比べちゃうことも増えたわ。教育、衛生、医療……前世の基準と比べて、"あり得ないでしょ"って思うものも結構あったし」


 確かに、今エイミーが言ったことはティファニーも感じていたことだった。貴族であるティファニーが感じるくらいなのだから、平民出身のエイミーは肌で感じていただろう。

 ……ん?


「待って! そういえばあなた、なんで"男爵"なの!? 」

「……ああ、それね! 」


 それまで少し愁いを帯びた顔をしていたエイミーだったが、ぱっと表情が変わった。そして、実はね、といたずらを打ち明けるようにそっと顔を寄せる。


「私、"風呂"を作ったの」

「……風呂? 」

「……あれ、あんまり響いてない? 」

「だって、お風呂はあったもの! 」

「嘘! 」


 ひと際大きな声を上げたあと、あーやっぱ侯爵レベルになるとあるのかー、となぜか悔しそうに、しかし納得した顔でエイミーは椅子の背もたれにもたれ掛かった。


「さっきの話と関連するんだけれどね。この世界の平民家庭って、風呂がないのよ」

「そうなの!? 」

「そう。あるのは共有の体を洗う施設だけ」


 し、か、も、と眉間にしわを寄せて、ぐっと身を乗り出してくる。


「湯舟なし」

「湯舟なし!? 」

「なんと言うか、お湯をくみ上げて使う……そうね、シャワーみたいなものはあるわ。でも、なぜか湯舟に浸かる文化はなかったの」

「寮にはあるじゃない! 」

「それは多分、ここの寮が貴族の文化基準で作られているからね。あんな感じの大浴場のようなものでさえ、無かったのよ」


 実家の風呂を思い出す。大理石でできた広い湯舟に浸かる時間は、昔と変わらない心の安らぎを与えてくれていた。


「……それ、地味に辛いわね」

「まあ、一応私もこの世界では生まれたときから湯舟なしの文化だったから、平気と言えば平気だったんだけど。……何年か前に、すっごく寒い冬が来た年があったの覚えてる? 」

「ええ、覚えているわ。国中の流通が大雪で止まっちゃって、大変だった年ね」

「そう! あの年、私我慢できなくなっちゃって、お父さんに言ったの」

「……なんて? 」

「人が入れる大きさの、おっきな桶を作って! 私そこにお湯溜めて入るから! って」

「それは……」


 びっくりしただろう。大きな桶に浸かるなんて、"湯船"の常識が無ければ可笑しなことを言っているとしか思えない。


「ちょっと戸惑っていたけど、私のお父さんは大工だからパパッと作ってくれたわ。久しぶりのお風呂は気持ちよかったし、私の家族もすぐに虜になった。そして、"湯船"の話はすぐに村の人に広まっていったの」


 恐るべし母親のネットワークよね、とエイミーは思い出すように言った。


「そこからお父さんは"ただの桶"だった湯船を改良してちゃんとした"家風呂"の仕組みを作って、今の家に増築する形で売ったのよ。それが評判になって、次々と依頼が来るようになって。段々手が回らなくなってきたから、人を雇って会社にしたのよ」

「……なるほど? 」

「そうしたらこれが、びっくりするくらい上手くいってね。そこからは早かったわ」


 感慨深い顔をして、エイミーはたった1年よ、と言った。



変なところで切ってしまった自覚はあります

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