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第26話



 連れて来られたのは、入学式を行った講堂の裏だった。

 それまで一心不乱に走っていたエイミーだったが、突然、腰の高さほどの生垣の後ろにしゃがみ込んだ。手をつないだままだったので、ティファニーも引っ張られるように生垣の影に倒れ込む。

 2人して芝生に両手をつく。ぜえぜえと苦しい呼吸の合間でなんとか声を出した。


「はぁっ、あなた、急に、なんなんですの! 」

「しっ! 静かに! 」


 エイミーにぱっと口を塞がれる。口の前でしーっと人差し指を立てた彼女は、あれ見て、とティファニーの口を塞いでいた手を外して、そのまま肩を引き寄せた。

 エイミーに言われるがままに彼女の視線の先、生垣の向こうを見る。そして、目に入った状況に息が止まった。


「っ! そんな、どうしてこんなところに子供が……! 」

「どうして? ……確かに、それは考えたことがなかったかも。でもとにかく、今はこの状況をなんとかしなきゃ」


 どこから入ってきたのか、6歳くらいの男の子が泣きながら木の幹にしがみついている。地上からは2メートルくらいのところだろうか。あそこまで登ったのだろう。そしてその木の根元では、中型の野犬の魔獣が今にも飛びつかんばかりに唸り声をあげていた。

 空気中の魔素は、良くも悪くも様々な影響を生物に与える。その「良くも」の最たるものが、一部の人間に魔力という特別な力をもたらしたことだろう。そしてその反対の「悪くも」の代表的な例が、この魔獣の存在である。

 この世界の一部の動物は、何等かの原因で魔素を過剰に体内に取り込むと、”魔獣”と呼ばれる存在に変化する。魔獣になってしまうとどんなに大人しかった動物でも突然気が狂ったかのように狂暴になり、誰かれ構わず襲いだしてしまうのである。

 理性を失って唾液をだらだらと垂らした魔獣の横顔が、ここからでもはっきりと見える。ゲームではあり得ない近さだ。

 どうにか息を整えたエイミーが、改めてティファニーの方に向き直った。


「お願い、あの子を一緒に助けてほしいの」

「助けるって……私とあなたで!? そんなの無理よ! 今先生を呼んでくるから、」

「そんな時間無いって! 校舎まで遠すぎるもの! 」


 本来だったらシリルがここへ来るはずだったのに、とエイミーが呟く。シリル?


「あなた、シリルと知り合いなの? 」

「違うけど、今日知り合うはずだったのよ! なのに過去最高得点だとかで入試を首席合格しちゃったせいで、校長との面談が入ったらしいの! 」

「はずだった? って、どういうこと? 」

「だから、ゲームのストーリー上ではってことよ! 分かるでしょ、私が何を言っているか! 」


ーーうそ。


 息が止まる。まさか、そうなのか。彼女も。

 フリーズしたティファニーに、エイミーは露骨に今言うんじゃなかった! という顔をした。


「その話は後で! 今はこっちが優先! 」

「あ……そ、そうね。でも、助けるって言ったって……」

「何言ってるのよ、私たちには魔力があるじゃない! 」


 驚いたような表情のエミリーに見つめられ、はっとする。

 そうだ。確かに今の私たちには魔力がある。上手く使えば下手な武器よりよっぽど使えるだろう。魔力を武器にするなんて考えてもみなかった。


「まずは私が光で魔獣の目を攻撃するから、あなたは男の子と魔獣の間に水の壁を作って! 」

「水の壁? そんなもの作ったことないわ! 」

「あなたならできるでしょ!? 強力な水魔力の持ち主なんだから! 」


 ティファニーの返事を待たず、エミリーはすっと片手を上げる。途端に光の粒子がどこからともなく現れた。光の粒子は吸い寄せられるようにぐんぐんとエイミーの手の周りへ集まってきて、すぐに大きな渦となる。

 光の中で、エイミーの額から一筋の汗が流れ落ちるのが見えた。そのままゆっくりと右手を握り込む。


「行くわよ! 」


 言うと同時に、魔獣の方へ向けてドンッと手のひらを押し出す。光の渦は一つの筋に纏まり、レーザービームのように魔獣の目に一直線に向かった。

 瞬間、ギャウ、と魔獣の叫び声が響く。


「早く! 」


 エイミーの鋭い声にはっとする。今度は自分の番だ。

 いつも通り、右手を前に出す。


ーー魔獣と子供の間に、分厚い水の壁を入れるイメージで。大丈夫、水なら氷より簡単に出せる。


 一気に集中力を高める。身体が空気中の魔素と共鳴した瞬間に、ありったけの力を右手に込めた。

 自分の背後から現れた水が、帯になって一直線に走る。波はのたうち回る魔獣と子供の間でざぶんと大きな音を立てて、水流の壁となった。

 光の光線を切り上げたエイミーが、キープ! と言い残して子供の元へ駆け寄る。そのまま強引に幹から引きずり下ろし、両手で抱えて突っ込むように戻ってくる。

 こちらに走ってくるエイミーの動きがスローモーションに見える。絶え間なく水を放出するのと同時に、体力もどんどん削られていくのがひしひしと分かる。


ーーキツい。……早く。


 バキィッ! とすぐ横の生垣が派手な音を立てたのを聞いて、すぐに水流の壁をほどく。そのまま大きな球を形成し、未だに光の影響で暴れている魔獣に思い切りぶつけた。

 ギャイン! とひと鳴きした魔獣は、球の勢いに押されたように背後にある学園の塀をぴょんと飛び越えて行った。

 水魔力を収めると、途端に辺りは静かになる。二人の人間の荒い息遣い、そして大量の水のせいで少しひんやりとしたその場の空気だけが、さっきまでの出来事を物語っていた。


「はあっ……、良かった……」


 怒涛の展開。時間にするとほんの十数秒くらいなのに、尋常ではない量の汗が顎を伝って落ちる。

 何が起きたか解らず呆然とする子供を立たせて、エイミーはよし、と呟いた。


「とりあえず、この子を職員室に連れて行かないと」

「あ……、そう、ね」

「で、それが終わったらゆっくり話しましょう」


 何を、なんて言う必要はない。お互いに聞きたいことがたっぷりあるのは分かりきっていた。

 

普通の逆ハーレムものを書こうとしていたのに、何故かバトルものに寄ってきてしまっている……軌道修正します

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